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ブロークバック・マウンテン [2006年 ベスト20]

ブロークバック・マウンテン」(2005年・アメリカ) 監督:アン・リー 脚本:ラリー・マクマートリー他

 劇場で観るタイミングを逸した僕にとって「ブロークバック・マウンテン」は“不遇な映画”だった。
 ゴールデングローブ賞の主要3部門(作品、監督、脚本)を獲得したにも拘らず、アカデミー作品賞は「クラッシュ」にさらわれ、また「究極の恋愛映画」と高い評価を得る一方で、大勢の人たちが「ゲイのカウボーイ映画」と吐き捨てた、とも聞いた。
 巷に振り幅の広いニュースが飛び交ったせいで、僕はこの映画のことを気にかけるようになった。
 やがて劇場で観られなかったことを後悔するようになり、「クラッシュ」を観たらその思いはさらに強くなった。そして観てもいないのにリリースと同時にDVDを買い、この映画を観る体制を整えようと時期を待った。さらに、これはただの勘でしかないのだけれど、この映画はきっと僕の心に刺さるはずだと信じていた。
 とにかく、どういうわけだか僕は観る前からこの映画のことが好きだったのだ。

 本編。
 オープニングからまもなく映像の美しさに呆然とする。特にブロークバックの美しさたるやどんな美辞麗句を並び立てても適うものはない。その荘厳さに圧倒されるのみだ。
 金に物言わせたハリウッド映画とは全く違う。これぞアメリカ映画。
 本編が始まって20分足らず。僕は「ハリウッドもその気になればやれるじゃねーか!」と突っ込もうとしたが、「そういや監督のコン・リーは台湾人だった」と気付いて止めた。
 
 ドラマは「強いアメリカ男性の象徴」である“カウボーイ”という設定が効いている。
 “男の中の男”2人はとまどいながら相手を想い、やがてその想いが両親や妻や子供たちを不幸の渦へと巻き込んで行く。
 時代設定もいい。2人の出逢いは1963年。「時代が違えば2人の愛は許されたかもしれない」と今に生きる観客は思いながら、彼らの葛藤に心を震わせる。
 しかし、男2人の肉体的な交わりのシーンでは嫌悪感を覚える観客もいるだろう。女同士のキスは許せても、男同士のキスを許せない理由を僕はうまく説明できないけれど、僕自身も途中何度か冷静になってしまうシーンがあった。どんなに感情移入をしても、ふとした瞬間に作品を客観視してしまうと、映画そのものを純粋に楽しんだとは言い難い。
 それ以外の部分は本当に良く出来ていて、脚本が良いのか編集が巧いのかは分からないが、時間経過の繋ぎは天才的な技だったと思う。どちらかというと説明は足りないくらいの編集なのに、なぜか観客にとっては戸惑いのない展開をしているのだ。これは改めて観てみて研究したいほどの出来栄えだった。

 「もしかしたら、75点くらいの映画だろうか?」
 過度な期待をしてしまったばかりに僕は途中であきらめにも似た気持ちを抱いていた。
 映像は相変わらず美しい。話もまずまず面白い。でもこんなものか?
 そう思いながら迎えたエンディング。
 予想だにしなかった展開に僕は思わず号泣してしまう。
 「映画は始まった瞬間からすべてがラストシーンへと繋がっているのだ」
 遠い昔、誰かに聞いたか、何かで読んだ言葉が、ふと僕の脳裏に蘇えった。

 注:ここからエンディングのネタバレに入ります。
 未見の方はぜひご覧になってからお越し下さい。



 ジャック・ツイストの遺品の中に、血のついたシャツを見つけたイニス・デルマー。
 それは「あの日」の数日後、2人で殴り合いになったときにジャックが着ていたシャツ。…と、もう1枚。重ねてあったのはそのときにイニスが着ていたシャツだった。
 やがてイニスはそのシャツをハンガーごと抱きしめる。
 鈍感な僕は「なぜそのシャツが後生大事に残されているんだろう?」と思った。そして「なぜイニスは泣き出してしまったんだ?」と。
 続くエンディング。
 形見としてもらったジャック(と自分)のシャツは、イニスが住むトレーラーハウスのクローゼットに掛けられていた。そしてイニス最後のセリフ。
 「ジャック、これからはずっと一緒だ」
 ストーリーとして完璧だなと僕が思ったのは、ここにジャックの姿がなかったことだ。どんな形にせよ2人の姿がこのシーンにあったなら、いくらかの観客は結局嫌悪感を抱いたまま終わっていただろう。しかし、ここにジャックが存在しないことによってイニスの言葉は素直に観客の心に届き、彼らの愛の深さを理解するのだ。
 ジャック・ツイストとイニス・デルマー。
 2人の想いはハンガーに掛けられた2枚重ねのシャツの位置関係にも現れていた。
 ジャックが持っているときはジャックのシャツが、イニスの手に渡ってからはイニスのシャツが、それぞれ相手のシャツの上にある。まるで相手を後ろから抱きしめるように。

 それにしても。
 エンディングの余韻に浸りながら、僕はしばらく「どうしてあのシャツだったのだろう?」と考えていた。ジャックはどうしてイニスの血のついたシャツを大切に持っていたのか。
 血。
 僕はこう思う。
 それは男同士の姦通では決して流れるはずの無い処女の血だ。
 ジャックとイニスの初体験の証。2人の愛の出発点。思い出の血。
 
 最後に。
 「すべてはラストシーンのために」
 この言葉を胸にもう一度観直してみようと思う。観る前の何倍も今はこの作品のことが好きだし、きっと2度目のほうがもっと泣けると思うから。

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • 発売日: 2006/09/22
  • メディア: DVD

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コメント 14

蓮花

観る前から好きだった、というのは、
Kenさんの直感だったのでしょうか。
私、ゲイに偏見はないですが、やはり女だからかなー、女同士のキスは
あまり好きではないです。
最初に“交わった”シーン、「ブエノスアイレス」を思い出しました。
ヒース・レジャーのしぐさが、トニー・レオンのそれをと同じだったので。
そして、ブエノスつながりで思ったのは、
“受け”側は肉体的渇きを我慢するのは難しいのかもしれないということ。
ジャックとイニスが“受け”と“攻め”逆だったら、
あんな悲劇はなかったかもしれない、なんて思ったりします。
TBさせてください。

それから、
Kenさん、今年はどうもありがとうございました!
素晴らしいレビューを来年も期待しています。
来年もどうぞよろしくお願いします!
by 蓮花 (2006-12-31 06:41) 

coco030705

おはようございます。ご無沙汰しております。
すばらしいレビューですね。私が読んだ「ブロークバック・マウンテン」の
レビューの中で、最高のものだと思います。
なぜ、男女のベッドシーンは美しく思え、同性のそれは嫌悪感をもたらすのか、これは、やはり私達に植え付けられた偏見かもしれない、とkenさんの
レビューを読みながら思いました。
TBさせていただきます。

今年もお世話になりました。来年も、kenさんのレビューを楽しみにしています。良いお年を。 ココより
by coco030705 (2006-12-31 08:35) 

ken

>蓮花さん
 「ブエノスアイレス」観ていないんです!
 やっぱり観なきゃダメですねえ(笑)。
 女性もやっぱり女同士のキスはダメなんですね。勉強になりました。
 “受け”と“攻め”が逆だったら…。
 おもしろい視点だと思いました。ゆっくり考えてみたいと思います。
 nice!ありがとうございます。良いお年を!

>coco030705さん
 お褒めいただきありがとうございます。
 「気持ち悪いものは気持ち悪い」と僕も思います。
 それが偏見だと分かっていても。
 だからこそ、ドラマになるんでしょうけどね。
 nice!ありがとうございます。良いお年を!
by ken (2006-12-31 13:04) 

Sho

まだ見ていないのですが、最後まで読んじゃいました。
このken さんの記事、すごく胸に迫るものがありました。
とくに、シャツについた血の解釈。
私は女なので、女なりの血の意識、性における血の象徴の意識などはあるのですが、言葉足らずになるのを恐れず言うと、男の人の考える性愛における血の感覚の一端が感じられたような気がしました。(処女云々じゃなくて。むかしいです・・)

今年はkenさんのサイトで、本当にたくさんの、想い出に残る映画と出会えました。そして、こちらのサイトを通じて、いろいろな人と知り合うことができました。感謝に絶えません。心から、ありがとうございます。
どうぞ良いお年を。
by Sho (2006-12-31 13:45) 

ミホ

この映画、わたしも良い映画だなぁ~と思っていたのですが、
今一歩、感情移入が出来ない作品でした。
同性愛にそんな偏見は持っていないつもりでしたが、
kenさんのレビューを見て、なんとなく納得してしまいました。
途中途中で差し込まれる自然の美しさと、エンディングが印象的でしたね。
来年も楽しい映画レビュー、期待しています。良いお年を。
by ミホ (2006-12-31 18:36) 

ken

>Shoさん
 観てないのに最後まで読んじゃうなんて…(笑)
 今年はいろんな映画にコメントを付けて頂きありがとうございます。
 来年も沢山の映画を楽しみましょう!
 nice!ありがとうございます。良いお年を!

>ミホさん
 「究極の恋愛映画」であると同時に、「究極の食わず嫌い映画」かも
 知れませんね。そう言えば「バンジージャンプする」も似たタイプの
 映画だったかも知れません。
 nice!ありがとうございます。良いお年を!
by ken (2006-12-31 22:04) 

po-net

私もこの映画好きですねぇ。途中で織り込まれる美しく厳しい自然や
彼らの純粋さがとても心に響きました。異性の気持ちはよくわからない
にしても、なんだか良かったなぁ。。
ヒースの田舎ほっぺがかわいかったです。
by po-net (2007-01-01 16:52) 

ken

やっぱり自然の力って大きいですよね。
僕は自然の絵の織り込み方が「北の国から」にも似てるなと思ってました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-01-01 19:08) 

kurohani

明けましておめでとうございます。ブロークバック、喧嘩する所から最後迄号泣でした。ある意味少女マンガ的な感もありましたが、、。男性は生理的に駄目な方が多い?と思ってましたが、素晴らしいレヴューですね。「血」の解釈が面白いです。因みに原作ではジャックは全然かっこよく無い男として描かれてるみたいですが。TBさせて頂きました。
by kurohani (2007-01-02 20:08) 

ken

kurohaniさん。
明けましておめでとうございます。
少女マンガ的なところって言われてみれば確かにありましたね。
原作、ちょっと興味が沸きました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-01-03 02:55) 

Sho

観ました。切なかったです。
あの景色、大自然の雄大さには息を呑み、見とれました。自然がいろいろな物事を浄化しているように感じます。
男同士のキスは嫌悪感無いです。むしろ女同士のほうが変な感じ・・

人と人でも、人と物でも、「出会うべくして出会ってしまう」ことってあると思うんですね。たまたま、ジャックとイニスは同性だったというだけで。
逢える回数が少なくても、ままなら無くても、20年に渡って心は結ばれていたと思うんですね。それってすごいことだし、羨ましささえ感じてしまいました。
ラストシーン、ken さんの感想に同意です。
シャツのかけ方、そのシャツと思い出の地の写真のみ。
心に食い込みました。
by Sho (2007-01-03 20:59) 

ken

同性愛の描写は女と男で受け止め方が違うんですね。勉強になりました。
この映画には「運命」を感じずにはいられませんね。
by ken (2007-01-04 10:26) 

デクノボー

こんばんは。
私はクラッシュよりこちらの方が好きでした。音楽と映像は本当に美しかったですね。原作も読みましたが、驚くほどの超短篇でした。あの短い作品をここまで映像として膨らませたのはすごいなと思いました。
シャツのかけ方には気づきませんでした。血の解釈にもなるほどです。

ところで、男性は男性同士に嫌悪感を感じるものなんですね。私は女ですが、女同士には別に嫌悪感を感じないです。女の子はわりと思春期に女の子同士で手をつないだりとかあるからですかね。花とアリスみたいに。女同士より男同士の方が芸術作品に昇華しやすい気がします。
TBさせてください。
by デクノボー (2007-02-02 22:16) 

ken

原作、読んでみたくなりました。短編なんですね。
男同士の恋愛作品って確かに「芸術的」かも。
あんまり頻繁にそんな映画ばかり観たくないけど(笑)。
by ken (2007-02-03 10:08) 

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