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エディット・ピアフ ~愛の賛歌~ [2007年 ベスト20]

エディット・ピアフ ~愛の賛歌~」(2007年・フランス/イギリス/チェコ) 監督:オリヴィエ・ダアン

 僕は何の情報も持たずに映画を観るのが好きだ。

 理由は「先入観を持たずに映画を楽しみたい」だけなのだが、今回魚河岸おじさんが「ゆる会に相応しい映画」として選んだ本作を観るにあたっては、そのスタイルを変えてみてもいいか、と思っていた。
 それはこの作品が伝記映画であるからだ。
 
 エディット・ピアフは僕ですらその名前を知っているほどの世界的な有名人である。そんな人物の伝記映画の描き方は間違っても「エディット・ピアフとは何者か?」ではあるまい。まったくの無名の人物を描く作品なら予備知識は必要ないが、世界的大スターの伝記映画ならば、少なくとも広く知られる彼女の歴史だけは知っておいた方がいいだろうと思ったのだ。
 それが正しいか正しくないかは、作り手の立場に立つと良く分かる。
 「誰もが知る彼女の生涯をどう描くか」
 疑うまでもなく、これが最大のテーマだろう。
 だから僕は公式HPを開き、主だった記事はすべて読んだ上で劇場へ向かった。これは作品に対する理解力を深めるために必要な予習だったと思う。

 知ると残念に思うこともある。
 彼女の年表に名を残す著名人たちの大半がその名も姿も見せないからだ。
 ジャン・コクトー、イヴ・モンタン、シャルル・アズナブール、ジョルジュ・ムスタキ。
 しかし唯一登場するマレーネ・デートリッヒとのシーンもただのワンシーンに留めたことから想像するに、彼女の人脈を見せることが本意ではない、と判断したのだろう。適正尺にするためにもこれは重要なジャッジだったと思う。
 いずれにしても予習のせいで残念だったのはこれだけ。どちらかと言うと「予習のおかげで迷わずに済んだ」感がある。というのも本編は時系列ではなく時代を激しく交錯させた編集を施していたからだ。
 ファーストシーン。
 伝記映画だからとのんびり構えていたら、いきなり晩年のピアフが登場して驚く。そして、ここから140分後まで見事にカットバックの連続だった。
 「時系列(の伝記映画)って実は中だるみするんですよね」
 “ゆる会”に参加したクリスさんが、アフターのビアホールで言った。
 全く同感。
 ピアフの歴史を知る圧倒的多数の観客を飽きさせないためには、このスタイル以外に方法はなかっただろう。ただし、幼少時代の主なエピソードを紡いだあとの後半、療養中のピアフを登場させた辺りから、幾分カットバックし過ぎたんじゃないかと思う。多くの観客はピアフの行く末を知っているし、たとえ知らなかったとしても想像のつく範疇にまで到達しているわけだから、後半は時系列に戻してスムーズにゴールを目指す方法もあっただろう。

 しかし、本作にはそういった細かい注文を相殺してしまう“絶対的存在”がいる。
 ピアフを演じた女優、マリオン・コティヤールだ。
 僕がピアフのことを良く知らないという幸運はあったにしても、マリオン・コティヤールの演技は似ているとか似ていないの次元を完全に超えていたと思う。少なくとも僕にとって彼女はエディット・ピアフそのもので、時折見せるあまりに見事な“演技”が「そうだ。彼女は役者なのだ」と再認識させた。
 “壮絶”なピアフの生涯を演じたコティヤールは“圧巻”だった。

 その“壮絶”と“圧巻”が凝縮されたシーンがある。
 生涯最も愛したとされる恋人のプロボクサー、マルセル・セルダンが亡くなったと知らされるシーン。
 アメリカ公演中だったピアフは、その夜もニューヨークの「ヴェルサイユ」で歌っていたという記録があり、監督のオリヴィエ・ダアンはこれをワンカットに収めようとした。それに応えるべくプロダクションデザインのオリヴィエ・ラウーはアイディア賞モノのセット図面を引き、カメラマンの永田鉄男は抜群のカメラワークを発揮し、そしてマリオン・コティヤールはもはや“神がかり的”としか言いようの無い演技を披露した。こうしてピアフの劇的な一夜は見事ワンカットに収められた。
 「あのシーンだけでもこの映画を観た甲斐がありましたよ」
 とビールジョッキを手に魚河岸おじさんは、2度同じことを言った。

 ラストも意外な締めくくりだった。
 気持ちいいくらい、まったく引きずらないエンディングだったのだ。ビアホールで僕がそう言うと、
 「そう、私もあそこはイイと思ったのよ!」
 とちょっと高い声をミックさんが上げた。

 エピソードが断片的で箇条書きだとか、ピアフの生涯を語る上で避けては通れないはずの人が出てこないとか、脚本を悪く言う人もいるようですけど、僕はそう思いません。近年の伝記映画の中では実に良く出来た秀作だと確信しています。
 この映画をきっかけにしてピアフの生涯に興味を持った人たち、あるいは再び振り返ってみたい人たちが、さらに復習をすればそれでいいのです。
 見どころ満載、鳥肌必至の傑作。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~ (2枚組)

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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2008/02/22
  • メディア: DVD



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コメント 21

ミック

流石、kenさん!すばらしい!圧巻です!
そして、私達がカットバックされて出てくるところは
あの夕方のビアホールに引き戻されましたよ~(●^∇^●)
期待して見に行っても充分満足出来る映画でしたし、
やはり、映画館でみるべき映画でした。
最初のシーンから最後のシーンまでに渡って何度も出てくる
赤いルージュが映像的にも印象的で素敵な映画でした。
TBかけさせて、下さいネ!
by ミック (2007-10-16 21:39) 

きりきりととと

TAXIで知って以来注目していた女優さんなんですが、素晴らしいみたいですね。
by きりきりととと (2007-10-16 22:32) 

ken

>ミックさん
 「赤いルージュ」は女性らしい視点でしたね。逆nice!です。
 ありがとうございます。

>hyperbomberさん
 失望しないよう先にお話しすると、歌唱の大半はピアフ本人の声を
 使っています。でも口パク芝居も見事なのです!必見です。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-17 00:22) 

ジジョ

なるほど!カットバックって言うんですね〜。
わたしはアレが、ピアフの“激しさ”と重なって見えたので、
すごく良かったです♪
軽い気持ちで行ったのに、まったく気が抜けない映画でした(^-^;
by ジジョ (2007-10-17 00:50) 

ken

気が抜けない感じは良く分かります。
用意周到で行った僕でさえ、ちょっと身構えましたから(笑)。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-17 00:53) 

魚河岸おじさん

スバラシイ文章
相変わらず脱帽です
恥ずかしながら、TBさせてください
いい作品でした
by 魚河岸おじさん (2007-10-17 09:15) 

ken

今回は「ゆる会」オマージュにしてみました(笑)。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-17 11:34) 

eklady

 私も、感動で涙が出ちゃって、単純です。恥ずかしながら、エディットピアフを知らないで、この愛の賛歌を観賞するなんて、無謀かもと思いましたが、その日、題名のない音楽会で歌われた曲に惹かれてみた映画でした。
 あの歌を歌ったラストのシーンに、涙してしまいました。kenさんの批評に
は、いつも参考にさせていただいてます。久々の感動物に嬉しくてコメントしちゃいました。良かったですゥ~^^
by eklady (2007-10-18 17:22) 

ken

映画をみるきっかけはどんなことでもいいと思いますよ。
それをどう受け止めるかが大事ですよね。
たとえ無謀だったとしても、感動できたのならそれでOKでしょう!w
by ken (2007-10-18 19:24) 

クリス

kenさんの記事を読ませてもらって、また感情が盛り上がってきました!
今作を観るきっかけを作って頂いて、ほんとうによかったです。
by クリス (2007-10-20 22:32) 

ken

同じ映画を、同じタイミングで観て、その日語り、
後日ブログの記事で再確認する。
いや~「ゆる会」っておもしろいですねえ(自画自賛)w
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-20 23:49) 

Sho

いい映画でした。ピアフを演じた女優さんは、「のり移ってる」感がありました。構成は、私はすごく気持ちよかったです。
とっても好きな映画になりました。
by Sho (2007-10-23 19:57) 

ken

この構成は本当に賛否両論ですね。
好き好きなんですけど。
Shoさんにとって気持ちいい映画で良かったです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-23 22:20) 

カオリン

素晴らしい映画評ですね。
私は「愛の賛歌」を歌っていた人くらいしか予備知識がなかったのですが、こんなに壮絶な生涯だったのですね。
映画の構成に賛否両論だということですが、私はこの描き方はとてもいいと思います。
140分という長編ですが、この構成が長編映画にありがちな中だるみをなくしたのではないでしょうか。
それにこの映画の成功は何と言ってもマリオンの熱演だと思います。
いい映画に巡り会えて本当に良かったと思います。
by カオリン (2007-10-25 22:11) 

ken

「ピアフの生涯を知る世代は、めまぐるしい編集についていけない年齢」
とは、一緒に映画を観たクリスさんの解釈でしたが、まさにそうだと思います。
それ以下の世代にとっては、決して悪くない構成でしたよね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-25 22:20) 

初めまして!
私は自伝読んでたんで、あのカットバックにも
問題なく付いていけたけど、あれには賛否両論
出ているようですね。

でも久しぶりに歌声に鳥肌を感じて、自然に涙を
ぽろぽろ流した映画です。
映画館で観て大正解の映画でしたね(^-^*)
by (2007-11-15 01:24) 

ken

yuki_yuki7さん、ようこそ!
自伝を読んだら完璧ですね。
監督の思惑を最大限理解できたに違いありません。羨ましい…。
エディットがマリオンに乗り移って歌っていたかと思うと
また感動もひとしおです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-11-15 01:54) 

coco030705

こんばんは。だいぶ前に見ていたのですが、ようやくレビューが書けました。
本当に素晴らしい映画でしたね。特に主演のマリオン・コティアールが本当になりきってましたよね。見てよかったと思いました。
映画の過去と現在がカットバックされる手法も良かったと思います。
TBさせていただきます。
by coco030705 (2007-12-17 01:45) 

ken

いい映画ほどレビューって書き難いですよね。
そういう理由でしょうか?ようやく書けたというのは?w
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-12-17 20:20) 

てくてく

kenさんの記事からも映画の熱さが伝わってきます。
マリオン・コティヤールの熱演に拍手を送りたい!
この映画は劇場で観るべきだったと、鑑賞後ちょっと後悔。
大きな画面と音で、あの歌に酔いしれたかったです。
by てくてく (2008-02-22 17:55) 

ken

映画館の魅力って、音もありますよね。
ゆる会で堪能させてもらいましたw
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-02-23 00:15) 

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