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第81回アカデミー賞 [映画にまつわるエトセトラ]

 「アカデミー賞ほど豪華なショウはこの世に存在しないんじゃないか」
 子どものころ僕はそう思っていた。
 司会者もプレゼンターも観客もすべてがハリウッドスター。
 ま、司会者はそうじゃないときもあるけれど、お気に入りだったビリー・クリスタルはジョークも抜群で、「今年もビリー」と聞いただけで嬉しくなったのを覚えている。
 振り返れば、僕にとってアカデミー賞とは「スピーチを愉しむショウ」だった。
 司会者、プレゼンター、そして受賞者。
 ショウとしての完成度はすべて彼らにかかっている、と思っていた。
 しかし。
 今年はある演出に目を見張った。

 それが助演・主演俳優の候補者を、過去の受賞者5人が紹介するというものだ。
 錚々たる顔ぶれが一気に5人も登場するのはもちろんのこと、そんな先人たちから候補者へ送られるスピーチは、聞いている僕たちにも感動的な文言だった。
 想像するに、スピーチライターはいるだろう。けれど20人のプレゼンターは全員、最終的には自分の言葉で語っていたと思う。仮に一言一句が用意されたスピーチのままだったとしても、オスカー俳優がそれを気付かせるはずもない。
 と、同時に「人を褒める」という行為は、「褒める人」も「褒められる人」も、また「それを見ている人」もすべての人を幸せにする行為なのだと知った。
 テキストにしてそれがどれほど伝わるか分からないけれど、この見事な演出に敬意を表して、すべてのスピーチを採録しようと思う。


【助演女優賞】
 スクリーンに歴代受賞者のスピーチがフラッシュで上映される。やがてスクリーンは縦に五分割され、エヴァ・マリー・セイント、ゴールディ・ホーン、アンジェリカ・ヒューストン、ウーピー・ゴールドバーグ、ティルダ・スウィントンの写真が、それぞれ受賞時に名前を呼びあげられた瞬間の音声によって紹介される。
 五分割されたスクリーンが上昇して現れる5人のプレゼンター。認めてまっさきに立ちあがったのはメリル・ストリープだった。スタンディング・オベーションが終わり、センターに立つティルダ・スウィントンが口火を切る。

 「私たち5人はこれまでに助演女優賞を受賞した70人の代表です。今夜また一人の女優が選ばれます。才能豊かな5人を讃えましょう」

 ▼エヴァ・マリー・セイント(1954年「波止場」で受賞)
 「短い出演時間で強烈な印象を残すのは難しいことです。その役でアカデミー賞にノミネートされるのはさらに大変です。それを成し遂げたのがヴィオラ・デーヴィスです(拍手)。「ダウト」のあなたは登場のたびにその才能で強い存在感を発揮し、真に迫った母親の愛情を感じさせました。あなたをもっと見たかった。ヴィオラ・デービス、おめでとう」

 ▼アンジェリカ・ヒューストン(1985年「男と女の名誉」で受賞)
 「『それでも恋するバルセロナ』のペネロペ・クルスは、英語とスペイン語でしゃべり続けます。言葉の意味は分からなくても彼女の感情がありありと伝わります。奔放さと力強さが融合されています。美しい容姿の下に真のコメディエンヌが見えました。おめでとう」

 ▼ウーピー・ゴールドバーグ(1990年「ゴースト/ニューヨークの幻」で受賞)
 「修道女役は大変です(爆笑)。私も演じたのでわかります。第一に顔が太って見えます。衣装はいつも同じだし、憧れの相手は天にいるので映りません。そんな中、エイミー・アダムスが演じた経験の浅い修道女は、勇気をふりしぼって深い闇にひそむ道徳ミステリーに立ち向かいます。心動かされる演技はダウト<疑い>の余地がありません。神のご加護を」

 ▼ゴールディ・ホーン(1969年「サボテンの花」で受賞)
 「『ベンジャミン・バトン』でブラッド・ピットが旅から戻り母に会うシーンがあります。観客も母親役の彼女に会いたくてたまらなくなります。素晴らしい演技の成せる技です。タラジ・P・ヘンソン、あなたは教えてくれました。愛は無条件であり、永遠に続くかけがえのない贈り物だということを。あなたもかけがえのない存在です。ありがとう。おめでとう」

 ▼ティルダ・スウィントン(2007年「フィクサー」で受賞)
 「『レスラー』に登場する心優しい女性は多くのことを教えてくれます。一生懸命働く女性がプロとして身に付けた滑らかな動き。働く母親に必要な勇気と犠牲心。ストリッパーでも尊厳まで脱ぎ捨てる必要はないのです。尊敬します。マリサ・トメイ。
 アカデミーはあなたたち全員を讃えます」

 この演出は以下、助演男優、主演女優、主演男優と3回繰り返されるが、この夜一番重要な役目を担っていたのはティルダ・スウィントン。冒頭彼女の「才能豊かな5人を讃えましょう」と、「アカデミーはあなたたち全員を讃えます」というコメントが、この演出で最も重要なワードだったからだ。凛としたティルダ・スウィントンの言葉には重みがあった。そしてその表情は英国女王のように威厳に満ちていた。この役にスウィントンを抜擢したのは大正解だったと思う。


【助演男優賞】
 この段階で観客はこの日の演出が読めたと見え、しかもプレゼンターの顔触れのせいか、スタンディング・オベーションにはならなかった。確かに以下の顔触れでは豪華さに欠けると言わざるを得ないだろう。

 ▼アラン・アーキン(2006年「リトル・ミス・サンシャイン」で受賞)
 「“俳優の中の俳優”とは、演技や自身にたゆまぬ努力を注ぎ、それを誇示せずに真実を追求する人々です。フィリップ・シーモア・ホフマンがそうです。映画「ダウト」では観客に“真実とは何か”を問い続けるフリン神父を演じました。真実を追求する彼の姿に、私たちは指標を見失わずにすむのです。迷いに捕らわれたときさえも。その功績を今年も讃えます」

 ▼ジョエル・グレイ(1972年「キャバレー」で受賞)
 「昨年の受賞者は悪魔のように荒野をさまよい、次の候補者を撃ち殺そうとしました。ですから「ミルク」のジョシュ・ブローリンの見事な演技は賞賛すべきでしょう。俳優は道徳心の強い役を演じたがりますが、彼が演じたダン・ホワイトは恐れや弱さに支配されました。彼に学んだのは“恐怖心”を“理解”に、“弱さ”を“強さ”に変えることです」

 ▼キューバ・グッティング・ジュニア(1996年「ザ・エージェント」で受賞)
 「今までの話は僕も同意見です。もちろんさ。問題は“リスク”を払ったあの人です。ロバート・ダウニー・ジュニアは『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』で、奇妙な“白人の俳優”を演じ、ノミネートされました。顔を黒くして“黒人”を演じる“白人”のオーストラリア人俳優です。(ロバートに)イカれちまったのかい?“役”に挑戦したい気持ちは分かるけど、黒人の仕事を取り上げないでよ!わかったらやめてくれ。ノミネートおめでとう。新作は黒人が主役の刑事モノかい?」

 ▼クリストファー・ウォーケン(1978年「ディア・ハンター」で受賞)
 「マイケル・シャノンは今まで優れた演技を見せて来ました。今回の作品も例外ではありません。思ったことを率直に口にする男を演じました。俳優は演技に真実を求め、平凡な外見に隠れた真の姿を表現します。彼は見事に成し遂げました」

 ▼ケヴィン・クライン(1988年「ワンダとダイヤと優しい奴ら」で受賞)
 「数多くの印象的な役の中でも、忘れ難い人がいます。ピエロの化粧をして上機嫌で車から乗り出し、ゴッサムシティの街で夜風と自作した“恐怖”を楽しんだ男。恐ろしく、鋭く、おどけた残忍な悪魔。『ダークナイト』のヒース・レジャーは次にどんな悪事を行うか、観客をくぎ付けにしました。その華麗な演技で独自の存在感を築き、ヒース・レジャーは独創的で不朽の伝説を残しました」


【主演女優賞】
 なんとゴージャスなプレゼンターたち!とくにシャーリー・マクレーンとソフィア・ローレンの存在感が圧倒的。もちろんスタンディングオベーション。そんな大女優を従え、センターに立つマリオン・コティヤールはまるで太陽のように眩い笑顔を見せている。

 ▼シャーリー・マクレーン(1983年「愛と追憶の日々」で受賞)
 「時には王女として、時にはプラダを着て、私たちを魅了してきたアン・ハサウェイ。今年は『レイチェルの結婚』で麻薬中毒に苦しむ役を演じました。自分の影と光の両面を恐れずさらけ出し、若い女優の手本となってくれました。候補になったのは初めてですが、これから何度も名前が挙がるでしょう。それに素晴らしい声だわ。これからもぜひ歌い続けて下さい」

 ▼マリオン・コティヤール(2007年「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」で受賞)
 「常に新しい役に挑んできたケイト・ウィンスレット。『愛を読むひと』の演技にその才能がすべて発揮されていました。情熱も、弱さも、その奥深い感性も、時代に翻弄され、愛と苦悩の中を生きる主人公の姿に私たちは最後まで惹きつけられました。今を代表するすぐれた女優の、記憶に残る、そして勇気を与える演技の一つです。ありがとう」

 ▼ハリー・ベリー(2001年「チョコレート」で受賞)
 「私は幸運にも小さな独立系の映画に出演しオスカーを手にしました。今年「フローズン・リバー」のメリッサ・レオに同じ幸運が来ました。あなたはすべてを失いながら、希望を忘れない女性を見事に演じました。あなたの本物の演技は不運な恵まれない人たちだけでなく、あなた自身にもスポットライトを当てました。おめでとう」

 ▼ソフィア・ローレン(1961年「ふたりの女」で受賞)
 「次の候補者をどう紹介したらいいでしょう。彼女の名前そのものが比類なき才能を示します。そう、メリル・ストリープです(大拍手)。『ダウト』で厳格なカトリックの尼僧を演じ、激動の時代、彼女の抱える葛藤を私たちに実感させてくれました。これで15回目のノミネートですね。すばらしいメリル・ストリープです」

 ▼ニコール・キッドマン(2002年「めぐりあう時間たち」で受賞)
 「1928年に行方不明となった息子を、警察の陰謀の中で必死に探す母。そんな難役を見事に演じきったのがアンジェリーナ・ジョリーです(拍手)。『チェンジリング』では強い決意のもと、真実を追求する姿は、私たちに母の愛の強さを思い起こさせました。息子を忘れさせないために戦った母。あなたの演技も忘れられません」



【主演男優賞】
 主演女優賞のプレゼンターたちが“ゴージャス”なら、主演男優賞のプレゼンターたちは“威風堂々”。映画での共演は絶対に実現しないだろうこの5ショットは、観客に「瞬きすることすら惜しい」と思わせる。もちろんスタンディング・オベーション。

 ▼マイケル・ダグラス(1987年「ウォール街」で受賞)
 「有名な歴史的人物を演じることの難しさは数え切れないほどあります。だからこそフランク・ランジェラ演じる新たなリチャード・ニクソン像に驚かされました(拍手)。映画が始まってすぐに頭からすべての雑念が消え去り、墜ちてなお体面を気にする大統領の内面の葛藤に引き付けられます。フランク。この作品での君の演技はずば抜けていました。敬意を表します。ブラボー」

 ▼ロバート・デ・ニーロ(1980年「レイジング・ブル」で受賞)
 「信じられません。ショーン・ペンがストレートの役ばかり演じて来たなんてね(大爆笑)。彼はスターであることにとらわれず、どんな役にもなりきります。「アイ・アム・サム」、「ミスティック・リバー」、「初体験/リッジモンドハイ」、「デッドマン・ウォーキング」、そしてハーヴェイ・ミルク(大拍手)。映画以外の活動にも彼は全力を注ぎます。人権運動に尽力し、世界の指導者に提言したり、穏やかにパパラッチを諭したりします。(爆笑)。人生においては偉大な俳優であることより、偉大な人間であることのほうが大事です。それこそが我が友人ショーン・ペンです」

 ▼エイドリアン・ブロディ(2002年「戦場のピアニスト」で受賞)
 「自分の名前がグーグル検索されるのは嫌ですが、リチャード・ジェンキンスを検索してみると、過去25年間で60本以上の作品に出演したことが分かります(拍手)。幅広いレパートリーの持ち主です。主役を演じた「THE VISITOR」では経験のみがもたらす、巧みで説得力のある演技を見せてくれます。実力のあるあなたが、改めて正当な評価を受けたことを祝福します。ブラボー」

 ▼アンソニー・ホプキンス(1991年「羊たちの沈黙」で受賞)
 「『ベンジャミン・バトン』でのブラッド・ピットは開始から3分の2でようやくおなじみの姿を見せました。それまでに我々が目にしたのは、真の性格俳優の見事な演技でした。これは主演男優賞候補にふさわしい役柄でした。見事な映像技術はもちろんですが、本作は彼の見事な演技力によって成立しているのです。かつて共演もした友人に賞賛を贈ります。実に素晴らしかった」

 ▼ベン・キングスレー(1982年「ガンジー」で受賞)
 「『レスラー』の主役ランディはリング上でも人生でも再起を果たします。ぼろぼろの金髪男が、なぜこんなに気になるのでしょう。理由はひとつ。ミッキー・ロークが演じるから(大拍手)。非常に正直な俳優だけが、これほどの印象を残せます。苦労こそしましたが、チャンスの重みをしっかりと学んだのです。戻ってきてくれてうれしいよ。復活したチャンピオン。ミッキー・ロークです」


 僕は受賞式を見ながら、「アメリカは自信を失っているんだな」と思った。「世界と協調しなければ、孤立しないとも限らない」という危機感を持っているんだなと。
 9.11で世界最強の看板は地に落ち、イラク戦争で世界を敵に回し、リーマンショックで世界恐慌まで引き起こす。もはやアメリカは誰からも褒めてもらえない国になり下がったのだ。
 バラク・オバマを大統領に選んだのも、アメリカは世界から褒めて欲しかったからだと思う。
 そんな中で行われた今年の授賞式。
 「ハリウッドこそ世界一」を再確認するため、「誰も褒めてくれないから自分たちで褒めた」と見るのは偏見だけれど、少なくともアカデミー会員たちは自分たちで自分たちを鼓舞していたように思う。それが茶番に映らないところが、彼らのスゴイところなんだけど。
 感動の裏返し。
 余計なところまで想像が及んでしまった。
 いずれにしてもここ数年では最高の部類に入るショウだったと思う。


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コメント 7

tomoart

褒め言葉の素晴らしさ。読ませてもらってワタシもお裾分けを戴いた気分です。ブラボーw
by tomoart (2009-03-13 01:35) 

Sho

他者を褒める言葉というのは、自分が言われているわけでもないのに本当に気持ちの良いものですよね。
褒められることは、その人に力をもたらしますね。
しかし上記のメンバー、すばらしいですね。
by Sho (2009-03-13 05:58) 

satoco

それぞれの讃辞がまた、それぞれの役者の個性に合っているところが素晴らしかったですね。誰が誰を紹介するか、という人選も注目でした。ソフィア・ローレンの相手なんてメリル・ストリープくらいしかできそうにないし、大先輩から褒められるのも感動的だけれど、マリオン・コティヤールが苦手そうな英語で一生懸命語っている姿もけなげで素敵でした。

by satoco (2009-03-13 10:09) 

漢

ブラボー!
by 漢 (2009-03-13 11:18) 

ken

>tomoartさん
 「おすそわけいただく」という表現がスバリです。
 nice!ありがとうございます。

>Shoさん
 「褒める」ことがいかに人に力を与えるかを痛感したイベントでした。
 nice!ありがとうございます。

>satocoさん
 ソフィアがいてくれたおかげで、メリルも立った、という感じでしたね。
 マリオンはホント可愛かった~!
 nice!ありがとうございます。

>漢さん
 ブラボー以外、言いようがありませんw
 nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-13 17:53) 

u_yasu

それぞれの言葉が本当に素晴らしいですね♪
“言葉”の持つ力を改めて感じさせられました!
by u_yasu (2009-03-14 00:32) 

ken

言葉は偉大です。
その人を有頂天にもすれば、地獄に突き落としたりする。
もっと大事に使わなければいけませんね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-14 01:07) 

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