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ディア・ドクター [2009年 ベスト20]

ディア・ドクター」(2009年・日本) 監督・脚本:西川美和

 滅多に使わない言葉だけど、僕にこの映画は「待望」という言葉がピッタリだ。
 「ゆれる」の西川美和監督待望の新作は、医者と患者の関係に一石を投じる作品でした。

 とある過疎の村で働くたった一人の医師・伊野治(笑福亭鶴瓶)が、ある日突然失踪した。
 動揺する村民たち。
 警察が捜査を始めると、まもなく意外な事実が明らかになる。
 伊野はなんと、ニセ
医者だった。

 映画として本当に良く出来ています。
 完成度の高さを100点満点で表すなら、99.6くらいまで行ってます。
 残りの0.4が何かはあとで書きますが、少なくとも監督の自責点ではありません。

 完成度を高めているのは編集です。言い換えれば「時系列を崩した展開」。
 僕は冒頭、よもや伊野が失踪した夜から幕開けするとは思いもしませんでした。
 以降本篇は警察の聞き込み捜査を軸にしながら、伊野の日常をインサートする形で進行します。つまり観客は伊野がニセ医者であることを知った上で、彼の医療行為と村民の対応を見ることになるわけです。平たく言えば客観描写ですが、大げさに言えば「神様の立場」。これは大正解だったと思います。
 もし時系列で編集されていたら、観客は終始村民と同じ立場で観ることになったでしょう。そして中盤過ぎまでドラマの向う先は分からないまま、やがて伊野の失踪後「裏切られた」という気持ちを一旦飲み込み、「では彼はどんな思いで医療行為を行っていたのか?」を知るため、余計なシーン(時間)を必要としたはずです。となれば127分には当然収まりきらなかったでしょう。

 観客を「神様の立場」に置く理由はもう一つ。
 「医者と患者」、または「医者と患者の家族」、さらに「患者と家族」
の思いは、どれも一概に重なってはいない、ということを観客に理解させるためです。そのために西川美和はいくつかのエピソードを創造し、「患者とその家族が医師に寄せる期待にはさまざまな側面がある」ということと、「医師には病と向き合うべきか、患者と向き合うべきか、決断を迫られるときがある」ことを訴えます。
 そしてとどめは、「医師は神ではない」ということ。
 ここで「ニセ医者」という設定がボディブロウのように効いて来ます。しかも観客を最後まで楽しませる西川美和はまさに試合巧者。「ゆれる」とはまた一味違ったラストショットで試合を判定に持ち込みます。ジャッジはぜひ各々で。

 キャスティング。
 観る前に「大丈夫か?」と思っていた鶴瓶さん。
 本人が巧いのか、周りが巧いのか分かりませんでしたが、見事に「笑福亭鶴瓶」を消していました。正直ビックリです。
 ただワンシーンだけ「鶴瓶」が出て来るシーンがある。それが研修医の相馬(瑛太)と言い争うシーン。伊野はここで“ある想い”を相馬にぶつけるのですが、この芝居だけがまったく見ていられません。おそらく鶴瓶さんの引き出しに無い芝居を求められたのでしょう。深読みすると「悪党になりきれない善人」を演じていた、と取れなくもありませんが、いずれにしても「演じていた」風に見えてしまったのは残念。0.4ポイントの減点はここでした。

 さて僕の中で一番印象に残ったのは、作品のテーマより何より実は八千草薫さんの存在でした。
 脚本の完成度の高さは非の打ちどころがありません。しかし主人公より半ば重要な「鳥飼かづ子」という役を、誰がやるかによって本作の仕上がりは大きく違ったと思います。
 そんな役を八千草さんに引き受けてもらった西川監督は日本一の幸せ者。中でも、かづ子が伊野に食事を振る舞ったあと、台所に立ったまま背中で話すシーンは、八千草さんの見事な演技のおかげで、日本映画史に残る屈指の名シーンになったと思います。

 「ゆれる」の西川美和監督待望の新作は、前作にも劣らない“考えオチ”の秀作。

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コメント 15

マヌカン☆

八千草さんの存在は確かに大きかったと思います。
脚本の良さ、鶴瓶さん、香川さん他の演技に気を奪われてしまっていたので実は、この記事を拝見してからそれに気づいてのですが・・・・・w
「嘘をついて欲しい」と頼んだその「動機」、八千草さんが話すと「判るわ・・・」と思えましたが、話す人によっては「え・・・でもぉ」と私は思う内容でしたから。
by マヌカン☆ (2009-07-02 22:41) 

snorita

興味ありますが、見たら、痛いかなあ?
by snorita (2009-07-02 23:31) 

ken

>マヌカン☆さん
 他の役者さんも良かったですね。
 香川さんもそうですが、余さんの安定した演技が見事でした。
 nice!ありがとうございます。

>snoritaさん
 この記事はsnoritaさんを思いながら書きました。
 ぜひご覧になってください。ウチはカミサンにも見せようと思います。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-03 00:22) 

江戸うっどスキー

神さまの立場で観ていた!事すら気づけませんでしたが、解説していただいて、更に理解が深まりました。今回も、監督の才能に脱帽です。
by 江戸うっどスキー (2009-07-03 01:08) 

ken

「ゆれる」から3年。待っていた甲斐がありましたね。
前作も改めて観直してみたくなりました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-03 01:56) 

non_0101

こんにちは。
期待通りのいい作品でした~
人の心の奥を描くのが本当にうまい監督さんだなあと思います。
キャスティングも良かったです。
終わる前にもう一度見直してみたいなあと思ってます☆
by non_0101 (2009-07-03 12:54) 

ken

間の取り方も巧いですよね。ここにも編集の巧さが際立っていました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-03 12:58) 

Sho

kenさんのレヴューに脱帽です。
観てみたいと思います。
by Sho (2009-07-04 10:17) 

ken

未見の方に余計な情報でなければ良いのですが。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-05 00:27) 

クリス

村人の目線にも、伊野の目線にもならずに観れたのはよかったですね。ただのある村のできごとではなく、もっと身近な世界に置き換えられました。
山間の村という立地を生かしながら、上空から移したシーンを適時挿入することによって、生まれた距離感だなと。もちろん演出もありましたが。
by クリス (2009-07-10 07:16) 

ken

あえて感情移入させない、という手法もあるのだなあ、と感心しました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-10 16:28) 

midori

観てきましたー.
私は,西川監督の前作「ゆれる」の鋭くあやうい世界にハマって堪能したので,この「ディア・ドクター」は,彼女には少しゆるいテーマのような気がして,あまり期待せずに観たのです.
・・・うーーー.
泣けるような映画ではないのに,周りも泣いてないのに,私は何度も涙ぐんでしまいました.
鶴瓶演じる伊野の揺れ動く気持と一緒に,私もぐらんぐらんに揺れてしまった.伊野の不安が私に投げ込まれたようで苦しかった.
観終わっていろいろ考えてしまいました.すごい映画です.DVDもほしい.
でも一つ残念だったのは,日曜の昼間の繁華街のシネコンで,小さな劇場だったにもかかわらずガラガラだったこと.これではすぐに公開が終わってしまう.みなさん,観に行ってください.これを評価せずに何を評価するんですかっ!(・・・すみません,つい熱くなりました)
by midori (2009-07-13 13:00) 

ken

アクションやサスペンス、あるいはテレビドラマの特別版ばかりが映画じゃない
ということをもっと知ってもらえるといいですよね。
modoriさんが熱くなる気持ち、よーく分かりますw
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-07-14 12:23) 

coco030705

こんにちは。
瑛太と言い争うシーンがマイナス0.4とは厳しい!(^^)
このシーンの鶴瓶は確かにちょっと不自然さがありましたね。
でもご本人はこのシーンが気に入っているようですよ。

西川さん、今度はどんな作品で楽しませてくれるのか、
心待ちにしています。
by coco030705 (2009-08-19 13:10) 

ken

そうかあ、本人があのシーンを気に入ってるんだとしたら、
0.4は監督の自責点ですねw でも次回作も楽しみ!
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-08-19 13:23) 

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