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旅人(邦題「冬の小鳥」) [2009年 ベスト20]

旅人」(2009年・韓国/フランス) 監督:ウニー・ルコント

 東京国際映画祭6本目。「アジアの風」部門作品。
 
 1970年代の韓国。父親に捨てられ、孤児院に入れられた9歳のジニ(キム・セロン)が、その事実を受け入れて精神的自立を果たすまでの物語。女流監督の長編デビュー作にして、自身の体験を基にした自伝的作品なのだそうだ。
 
 観ればすべての人がキム・セロンに驚くと思う。と言うのも、およそ演技とは思えない言葉、素振り、そしてまなざしに観客は心を鷲づかみされるからだ。
 僕は途中これがドラマであることを失念しそうになっていた。僕はあわや「キム・セロンという少女の物語」を肉眼で観ているような錯覚に陥るところだったのだ。
 しかし、本篇は目の前の現実でもなければ、ましてやドキュメンタリーでもないことを、他の登場人物が簡単に教えてくれる。そして改めて驚くのだ。キム・セロンのそれは紛れもなく演技なのだと。
 これは「初恋のきた道」ではじめてチャン・ツィイーを見とめたとき以上の衝撃だった。

 オープニングからしばらくは、父と共に洋服を仕立てに行き、帰りに父とプルコギを食べ、父のために歌い、そして父の自転車で帰宅する“ありふれた幸福の断片”を通して、ジニの愛らしい笑顔が紡がれていく。ここまでは僕も純粋にドラマとして観ていた。しかし翌朝どこに出かけるのかと思いきや、新調したばかりの洋服を着て、父とともにやって来たのは孤児院。大好きな父はジニに別れを告げることなく逃げるように去って行き、ここからジニの激しい葛藤が始まるのだが、序盤の愛らしい笑顔から一転、自身を防衛するためにまとった鎧のようなジニの表情が美しい。
 クールビューティである。
 9歳の少女といえど自身を奮い立たせる姿はかくも美しいのかと僕は感動をしてしまった。その瞬間から僕はジニに感情移入をし、ドラマを超えて彼女にエールを送る“近所のオジサン”になってしまったように思う。そのクールビューティが時折、自分の境遇を呪って、あるいは自分の過去を反省して独白し、さめざめと泣くのだ。“近所のオジサン”は完敗である。「よしよし。じゃあウチの子になんなさい」と何度思ったか分からない。
 
 子どもに親は必要だ。しかし「親は無くとも子は育つ」と言う。
 その「育つ過程」をそっと覗くのが本作である。
 心を閉ざしていたジニは、やがて心を閉ざしていては自分の未来は無いと悟る。そして里親を見つけるための写真に収まるとき、ジニはそれまで見せたことのなかった笑顔を見せる。この笑顔をどう解釈するかは観客によるが、僕は女のしたたかさを認めると同時に、最愛の父との訣別を見た気がした。
 ちなみにジニの父親役をソル・ギョングが演じている。ところが顔出しするのは孤児院で別れ際のワンカットのみ。ここでのソル・ギョングの表情が抜群で、このワンカットが本作に圧倒的な厚みをもたらしている。
 
 キム・セロンの演技は必見。
 ウニー・ルコントの丁寧な演出が随所に光る、今年最高の掘り出し物。
 ぜひ日本でも一般公開して欲しい。

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コメント 12

Sho

ポスターを見て、すみません「好みの顔だ」などと思ってしまいました。
よく「子どもだからこんなことを言ってもわからない」などといいますが、それは違いますね。子どもは大人と同じく、自分を守るために必死に考え、困難な状況にも立ち向かうと思います。
見てみたいと思いました。
by Sho (2009-11-07 15:45) 

ken

僕も彼女の顔は好みでした。
映画ってその要素も大きいと思います。
「もうちょっと主役が可愛けりゃ、面白いのに」
と思った映画、何本あるか分かりませんw
ホント、日本でも観られるといいんですけど。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-11-08 00:24) 

魚河岸おじさん

ボクも、ど真ん中ストライクですね
コレは見たい!見たくてしょうがないです!
行くのをあきらめたときに限って
コンナ作品が出てくるんですよね
日本公開希望します!
by 魚河岸おじさん (2009-11-08 07:51) 

non_0101

こんにちは。
見たかったのに都合が付かなかったのです~
監督さんの自叙伝的作品ですね。凄く気になります。
一般公開して欲しいです☆

by non_0101 (2009-11-08 09:52) 

snorita

日本にもこんな子がけっこういるよ。
ときどきばったり出会うことがあると、みんなとてもよく頑張ってる。
大人のダメさ加減をひしひしと、感じます。
おばちゃんも、うちのこになんなさい、と何度言いたくなったか分かりません。
by snorita (2009-11-10 10:54) 

ken

>魚河岸おじさん
 僕はこの1本を観られただけで、今年のTIFFに行った甲斐がありました。
 でも、もう一度観たいし、DVDも欲しいです。
 nice!ありがとうございます。

>non_0101さん
 TIFFの上映スケジュールに自分のスケジュールを合わせるのは
 至難の業ですよねw でもこの1本は是が非でも観たかったので
 とても良かったです。nice!ありがとうございます。

>snoritaさん
 親がダメだといい子が育つんでしょう。
 となると、ウチに子どもが出来ると、こんな子になるかも。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2009-11-10 13:12) 

shu

すごいよかったですね〜。
『ミツバチのささやき』(ヴィクトル・エリセ)のアナや、『ポネット』(ジャック・ドワイヨン)のヴィクトワール・ティヴィソルを思い出しました。
少女映画の金字塔です。

ウニー監督のアフタートークもよかったです。とても真摯な印象でした。

日本公開が待ち遠しい。
by shu (2009-11-28 22:17) 

ken

ティーチ・インに参加されたんですね。うらやましい。
とにかく今は、日本公開されるのを待つばかりです。
by ken (2009-11-29 15:46) 

non_0101

こんにちは。
1年過ぎて観ることが出来ました(^^)
本当にキム・セロンちゃんには泣かされました。
観ることが出来て良かったです。
今日は今年の東京国際映画祭の発売日ですよね。
頑張ったけど、またいろいろ取り損ねてしまいました~
by non_0101 (2010-10-09 13:32) 

ken

今年のTIFFではどんな掘り出し物に出会えるか楽しみです。
nice!ありがとうござじます。
by ken (2010-10-09 22:58) 

midori

やっと観ました、DVD買って。
いやあこれは・・・。
監督の自伝的作品だからでしょうね、こんなに淡々と物語を紡げるのは。
余計に観る者の心に迫ってくる感じがします。
この子の演技もすごい。
ビー玉のような眼で「必死に感情を麻痺させようとしている」
感じが伝わってきました。
後半は、強い意志を感じさせる瞳になってきます。
本当に、ドキュメンタリーフィルムを観ているような、
緊張感あふれる1時間半でした。
ご紹介いただかなければ出会えなかった作品だと思います、
ありがとうございました。
by midori (2011-06-28 09:35) 

ken

DVD出てたんですね。僕もあわててAmazonでポチッとしてしまいましたw
先日韓国に行ったとき、キム・セロンの新作ポスターを見つけました。
相変わらずいい顔してて、ソウルでも人気だと聞きました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-06-28 15:58) 

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