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黒い画集 あるサラリーマンの証言 [2010年 レビュー]

黒い画集 あるサラリーマンの証言」(1960年・日本) 監督:堀川弘通 脚本:橋本忍

 「松本清張を観る」第10弾(おひさー)。
 映画を観る時間はないものの、映画雑誌を眺める時間はあったある日。2009年に購入した「文藝春秋SPECIAL 季刊夏号 映画が人生を教えてくれた」を久しぶりに手に取ったら、中にみうらじゅんさんの「清張映画見て、わがフリ直せ」という未読のコラムがあった。彼は年に1度必ず「ゼロの焦点」を観るのだと言う。

 「自分への戒めとして。煩悩に負けると破滅する、地獄に落ちるって教えてもらうんですね。やっぱりたまには戒められないと、人生ナメてかかりますんで」

 みうらじゅんさんは以前、松本清張原作の映画にハマり、昼間からカーテンを閉めて真っ暗な中で清張映画を観まくったそうだ。そして出した結論が「清張映画はホラー映画」。ただし誰もが理解できるホラー映画じゃないらしい。

 「若い人に清張映画を勧めても、未婚者はいまひとつピンと来ないんです。既婚者は大概わかります。だから清張映画を本当に楽しむためには、結婚していただかないと(笑)。結婚したらまず『ゼロの焦点』ですね、これで二重生活の重苦しい気分を味わってもらいたいと思います。(中略)子供ができたり、不倫したりするようになったら『影の車』はぜひ観ていただきたいです。これは子供を描いたホラー映画としてナンバーワンだと思いますね」

 清張映画を何本か観た人に、このコラムは頷けることがいくつもある。究極は清張作品に共通する登場人物についての考察。

 「清張さんの作品ではいつも、後ろめたい気持ちが仇になって事件が起きる。登場人物はみんなどこか気が弱いんです。不倫は文化だって言ってしまえば何でもないんだけど、そこに何か仏教的な、良心の呵責みたいなものが入ってきて、結果的に犯罪に向ったり、トラブルに巻き込まれたりするわけですから」

 いちいち仰るとおり(笑)。こんな調子でいくつかの作品を語り倒しているのだが、さていよいよ本題。本作を観ようと思ったのも彼の解説がきっかけだ。

 「どんなに用心してもどこで何があるか分かりませんから。『黒い画集・あるサラリーマンの証言』の主人公は悲惨です。愛人のアパートから一緒に出てきたところで顔見知りに会っちゃって、その顔見知りに殺人の容疑がかかる。そこで会ったことを証言すればアリバイが成立して無実が証明されるんだけど、そうすると自分の不倫がバレてしまうんです。キツイですよね。神様はそこまで罰を与えなくてもいいんじゃないかと思うくらいキツイ二者択一ですね(笑)」

 ここまで言われて素通りできる人間もなかなかいないと思う(笑)。
 と言うわけで観てみたら、想像以上に面白くて驚いた。市井の人間が運命の悪戯で、どっちに転んでも十字架を背負う選択を迫られる。まさに行くも地獄、戻るも地獄。僕の素直な感想もみうらじゅんさんのそれと同じなので、さらに引用してしまう。

 「この主人公なんて普通の真面目なサラリーマンですよ。まあ少しは悪いことしてるんですけど、そんなに悪いですか、って言いたくなる。この世の中、もっと悪い奴はたくさんいるのに。でも、ちょいワルな人が地獄に落ちるというのが、めちゃくちゃリアルですよね。普通に生きてる人にも降りかかる恐怖ですから。決して他人事じゃない」

 清張映画は今まで10作観て来たけれど、僕の中では「霧の旗」に次いで面白かった。何より役者の力が大きかったと思う。
 まずは主人公の石野課長を演じた小林桂樹。会社での顔、自宅での顔、そして若い愛人に執着する中年男の顔を、実に巧く演じ分けていた。
 石野の部下で愛人役の原知佐子には、中年なら誰もが惹かれるだろうハツラツとした美しさがあった。何があって石野との関係が始まったのか、そこだけは想像の域を超えていたが、中年の観客には「もしもこんな女がいたら、絶対に手放したくない」と思わせるだけの存在感があった。
 余談だが、僕が原知佐子さんを初めて知ったのは「赤い疑惑」で、そのときの意地悪な役柄が印象に強く、まさかこんなに可愛らしい役柄をやれる人だったのかという驚きもあった。
 そして石野の証言如何で無実の罪を着せられてしまう保険外交員を演じた織田政雄。彼の芝居を観ながら僕は、失礼ながら足利事件の菅谷利和さんを思い出してしまった。つまりそれほどリアルだったのだ。このバイプレイヤーによって本作は大いに締まった、と言っていい。見事だ。

 一方で本作は「映画の中の東京」も愉しめる。渋谷駅周辺の空撮に始まり、虎ノ門や新大久保あたりのロケーションが見もので、個人的には道行くクルマにも目を奪われそうになった。牧歌的な時代の空気を背景に、しかし人生がいかに綱渡りであるかをとつとつと語りかける秀作。

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黒い画集 (新潮文庫)

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コメント 2

coco030705

こんばんは。
松本清張は、映画は「ゼロの焦点」をおもしろくみました。小説は「黒皮の手帳」と「短編集 張込み」を読みました。どちらかというと暗いのですが、すごくおもしろくて、最後まで引きずられるように読みました。
「黒い画集」もいつかみてみたいです。(小説の方もね。)
by coco030705 (2010-05-07 22:06) 

ken

読者や観客と変わらない“市井の人”が、
考えもしなかった犯罪に巻き込まれていく、
というのが清張作品の面白さであり、怖さですよね。
「暗い」のは、きっと誰もが身につまされるからでしょう。
しかも、だから、おもしろいんでしょうけどね。
nice!ありがとうございます。

by ken (2010-05-08 10:59) 

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