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借りぐらしのアリエッティ [2010年 レビュー]

借りぐらしのアリエッティ」(2010年・日本) 監督:米林昌宏 脚本:宮崎駿、丹羽圭子

 宮崎駿監督が40年ほど前、一度映画化を考えた企画だそうだ。
 原作はイギリスの児童文学。メアリー・ノートン作の「床下の小人たち」。
 
 とある郊外の屋敷の下で、ひっそりと暮らしている小人の家族がいた。
 彼らは人間たちから、いろんなものを“借りて”暮らしている。屋敷の下のほんの小さなスペースをはじめ、電気、水道、角砂糖、クッキー、ティッシュペーパー、エトセトラ。もちろん人間に見つかってしまっては平和な暮らしは営めない。
 ところがある日14歳の小人の少女・アリエッティは、屋敷に病気療養のためにやってきた12歳の少年・翔に見つかってしまう…。

 こんな設定からして僕は当然ファンタジーだと思った。しかし様子は違った。
 1950年代のイギリスという設定を、2010年の日本に置き換えて書いた宮崎駿の脚本は驚くほど展開が早く、想像よりはるかにハラハラドキドキさせられる
。表面上だけを捉えるなら、これは圧倒的にアドベンチャー映画である。
 それを悪いとは言わない。けれど
宮崎駿が自ら監督を勤めていたら、もう少し違った仕上がりになったんじゃないかと思った。
 僕はこの展開の早さは意図的なものではなく、結果的に早くなってしまったんじゃないかと思う。「嵐の前の静けさ」という言葉があるが、この作品には重要なシークエンスに入る前のちょっとした“間”がないのだ。ついでに言えばシークエンスを咀嚼させる“間”も足りない。
 これは脚本のト書きにもセリフにもなっていない、行間に込められた宮崎駿の“思い”を描ききれていないからではないか。

 アニメーション映画はまず脚本が書かれ、それを元に監督が絵コンテを作成する。長編アニメの場合、この絵コンテ作りに3ヶ月程度擁すると言う。
 監督の絵コンテが完成すると、今度はそれを元に動画チームと背景チームが絵を描き始める。ここからが制作本番である。シーンごとの動画と背景が次々と監督の元に届き、すべてにチェックを入れていく。監督は動画(俗に言うアニメーター)出身者が多く、最終的には自身でエンピツを持って直して行くケースが多いと聞く。
 なぜここまででの流れを説明したかと言うと、ジブリ史上最年少の新人監督・米林昌宏は、脚本の字面だけを追いかけて絵コンテを作ってしまったんじゃないかと思ったからだ。米林監督は宮崎駿が脚本にあえて書かなかった、「セリフにしてしまうと口幅ったいメッセージ」のいくつかを汲み取れないまま絵コンテを完成させ、それがそのまま映画になったような気がしてならない。
 宮崎駿が絵コンテを書いていたら、脚本の段階では計りようのない“間”の足りなさに気付き、脚本もいくらか手を加えていたんじゃないかと思う。だから「もう少し違った仕上がりになったんじゃないか」と思ったのだ。

 しかし、映画としての完成度はまったく低くない。
 どちらかと言うと評価すべきことのほうが多いのだが、大人目線で言わせてもらうなら、アリエッティと翔の交流で伝えられるべき「差別と偏見」や「人間の暮らしがいかに乱暴なものであるか」と言ったメッセージは、もう少し前に出ても良かったんじゃないかと思う。

 僕の率直な感想は、前述の通り「アドベンチャー映画だな」だったけれど、終わって帰り道では「せつない映画だったな」とも思った。なぜならこれは2つの種族の存亡を占う物語だからだ。
 ある側面は「キング・コング」である。種の異なる“雌”
に好意を抱くものの、思いは遂げられない巨大生物。またある側面は「ジュラシック・パーク」でもある。人間と恐竜、互いの力を比較したとき圧倒的に強いのは恐竜である。仮に恐竜が人間より優位に立ったとしても、その身体のサイズがやがて自らを滅ぼす原因となるのだ。
 宮崎駿によって暗に示されたメッセージ。
 「このままでは人間も滅びる」
 こんなにせつないハナシはないだろう。

 志田未来にも触れておきたい。彼女は天才だ。
 声優初挑戦だったらしいが、“
志田未来”という女優の影は完全に消えていて、彼女がアリエッティの人格を作り上げたと言っていい。この映画を観た子供たちは「アリエッティは本当にいる」と信じると思う。それくらいのリアリティをもたらしているのだ。僕は志田未来の仕事に大・大・大感動した。

 本作の見どころはいくもあるが、一度背景に注目して観ることをオススメする。
 アニメーション映画は実写映画と違って、見せたいすべてを描かなければ1シーンも完成しない。その中にあって背景とは実写映画における「美術」である。脚本に宮崎駿が無造作に書いた「古い屋敷」も、「少し荒れた庭」も、どこにも存在しない。描くしかないのだ。その背景画がどれも美しい。
 実は背景のクオリティこそが、ジブリ映画最大の特徴だと僕は思う。
 本作も見応え充分。セシル・コルベルの音楽も◎。

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床下の小人たち (岩波少年文庫)

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コメント 17

おきの

アニメ映画は、背景への力の入れ方で予算が分かるんですよね。こだわれば、どこまでもこだわれる部分であり、なんとか誤魔化そうとすれば、そこそこ誤魔化せるという部分ですから。
今年は、「借りぐらしのアリエッティ」と「宇宙ショーへようこそ」が双璧な気がします。
by おきの (2010-07-18 00:09) 

ken

「宇宙ショーへようこそ」は知りませんでした。
公式サイトを観ましたが、どエライ背景ですね。愉しみです。
by ken (2010-07-18 01:47) 

おきの

双璧なのは、背景の話ですので、そこのところ間違いの無いよう。
いや、決して宇宙ショーがつまらないわけでは無いんですが、何というか惜しい作品なんです。もう、一工夫で傑作名作になれたのに、もったいない。そんな感じです。
by おきの (2010-07-18 13:26) 

ken

過度な期待は禁物であることを忘れていました。
by ken (2010-07-18 13:35) 

ecco

娘(高3)が
この映画見たいけど、友達がだれも賛同してくれないって言ってました。
まあ。
親としては映画見るんだったら
受験勉強に専念してほしいのが本音だけど。
(それは置いといて・・・)
娘が見たいという気持ちに応えてくれる映画ですか??
by ecco (2010-07-18 23:44) 

ken

充分応えてくれると思います。
と、いうよりも「この作品からなにを感じることが出来るか」を見極めるのも
いいと思いますよ。
でもそのためにはeccoさんも観ないとねw
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-07-18 23:57) 

movielover

ここしばらくジブリ映画をまともに(映画館で)観ていないのですが、
こちらもどうしようか迷い中。
時間があったら観てみようか…とは思うのですが…。
他のアニメに比べてもクオリティは高いはずだと思うんですけどね。

by movielover (2010-07-19 21:50) 

ken

アリエッティ、音もいいですよ。だから劇場がオススメです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-07-20 02:41) 

ジジョ

わたしもジブリとディズニーは背景が好きです♪
ジブリは主題歌も印象的ですね〜。今回のもよかったな☆
なるほど「間」か〜。さすがの視点ですね!勉強になりました^^
by ジジョ (2010-07-26 15:21) 

ken

僕は翔とアリエッティの出会いがあまりにも早すぎて驚いたんですよね。
もうちょっと助走があっていいだろうと思いました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-07-27 00:55) 

きさ

見ました。

イギリスのファンタジーをうまく日本に置き換えていました。
前半の借りぐらしの人たちの人間の世界への冒険、人間の道具を色々と他の事に使うあたり映像的工夫、自然描写はなかなか良かったです。
声優陣も大竹しのぶはちょっと本人のイメージが強すぎましたが、その他の人は良かったです。

作家の小林信彦は週刊文春のコラムで愛すべき佳作と感想を書いていて、私も同感ですが、どうしても米村監督の演出を宮崎駿監督と比べてしまいますね。
宮崎演出の独特のぞくぞくする様な感じがないのがちょっと不満、というのはやはり贅沢なんでしょうか。
いい映画ですが。

余談ですが、米村監督「千と千尋の神隠し」のカオナシのモデルだそうです。

by きさ (2010-07-29 05:27) 

non_0101

こんにちは。
期待を超える楽しさでした~☆
夢中になって観られる作品って、最近、ありそうで無かった気がします。
映像も音も、そして声優も良かったです(^^)
終わる前にもう一度観に行きたいです☆
by non_0101 (2010-07-29 12:58) 

ken

>きささん
 ジブリに対する期待の大きさがいろんな批評を生んでいるのだと思います。

non_0101さん
 ある意味アドベンチャー&アクションでしたからね。
 あっという間の90分だったと思います。nice!ありがとうございます。
by ken (2010-07-31 14:48) 

coco030705

こんばんは。
この作品をこれほど掘り下げて書けるというのは、さすがkenさんですね。
自分のレビューのつたなさが、よくわかります。

背景画がすばらしかったですよね。音楽も大好きでした。
それにアリエッティの声の志田未来ちゃんも「天才」というのに、まったく同感です。
今夏にさわやかないい作品が観られて、とても満足しています。

種田陽平展ですか、みにいきたいものです。
by coco030705 (2010-08-04 20:39) 

ken

いや~僕は見方が偏っているので、こんなレビューになってしまいました。
この作品は、背景と音楽と志田未来だけで、充分観に行く価値があると
思いました。種田陽平展も機会があれば。きっと楽しいですよ!
4000nice!キリ番ゲットありがとうございます。
by ken (2010-08-05 02:38) 

coco030705

kenさん、4000nice! おめでとうございます♪♪♪
それにキリ番ゲット!なんてラッキーなんでしょう!
今月はいいことがあるかもしれないわ。(^^)

これからも、ず~っとブログを続けてくださいね。
by coco030705 (2010-08-06 00:25) 

ken

4桁のキリ番は、ウチだと4人しかいませんから、ラッキーですよね(笑)。
これからもがんばります!
by ken (2010-08-06 00:59) 

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