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ホルテンさんのはじめての冒険 [2010年 レビュー]

ホルテンさんのはじめての冒険」(2007年・ノルウェー) 監督・脚本:ベント・ハーメル

 観たことも聞いたこともない監督の作品だと思っていたら、以前に観た「キッチン・ストーリー」の監督だった。なるほどそのテンポは同一だったかも知れない。
 「キッチン・ストーリー」はスウェーデン人とノルウェー人の関係を理解できず、僕はいまひとつ楽しめなく終わったけれど、本作は“生真面目な老人の生真面目な徘徊”が面白かった。行動範囲は狭いけれど、これもロードムービーと言っていいだろう。

 ノルウェー鉄道の運転士ホルテン(ボード・オーヴェ)は
67歳になって定年退職を迎えようとしていた。ところが退職前夜、仲間が開いてくれたパーティがきっかけで、翌朝人生初の遅刻をしてしまう。乗るはずだった列車を寸でのところで見送ったホルテンは逃げるように駅舎をあとにした…。

 と、こんな設定なのだが、先に説明をしておくとこれは「失態の処理に追われる」ドラマではない。僕はこの根本的な設定が唯一腑に落ちなかった。
 自分が運転士として乗車するはずの列車が、自分の乗せずに出て行くということはかなりの大事だ。なのにその緊迫感は途中からぷっつりとなくなる。僕の目にはときどき「やるべきことをやらずにうろつく老人」にしか見えなくなるのだ。
 「ホルテンは果たしてそんな人間なのか?」
 そんなことをときどき思ってしまったのは残念だった。

 しかし、「すべてから逃げてしまいたくなるほどのショックを受けて目が覚めた老人」と強引に解釈すれば、続く展開はまずまず面白い。プライベートも含めてルーティンワークになっていた日常から、仕事を失うことによって見えてきた「世間と人」。自分では良しとしてきた自分の人生が、本当に有意義なものだったのかどうかを振り返らせる構成は、我々中年以上の心に刺さる。
 劇中、ホルテンが道端で拾った老人がこんなことを言う。
 「人生は後悔ばかりだ。違うか?逆に言えば今からでも間に合うってことだ」
 行動しないから後悔する。行動すれば少なくとも満足感はある。いいセリフだと思った。
 このセリフを聞いて僕はデビッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」も思い出していた。この映画には、観た瞬間から僕の頭をかたときも離れないセリフがある。ある若者から「歳をとって悲しいことはなに?」と聞かれた73歳の主人公アルヴィンは間髪いれずにこう返す。
 「若い頃の記憶が残っていることだ」

 ルーティンは人間から時間の感覚を奪う。
 自分の定年退職を祝う席で、仲間が「鉄道オタク」クイズで盛り上がる中、
ホルテンだけが座りの悪い表情をしていたのが興味深い。この席でホルテンは「私はいつの間に、歳をとってしまったんだろう?」という疑問と闘っていたのだ。そして翌日、何も考えずに走ってきた人生のレールを外れて、ようやく気が付いたのは「人生には必ず終着駅がある」と言うことだった。
 「現実に目を背けて生きると、失うものは計り知れない」。
 僕はこの映画から、そんなことを教えてもらった気がする。

 最後に。
 この映画に教えてもらったことはもうひとつある。それはオリンピックのスキージャンプ競技は女子の参加が認められていないということ(確かに!)。ホルテンの母親はその昔ジャンプ競技の選手だったけれど、競技人口が少なく国際大会にも出場できなかったという設定になっていた。今年2010年のバンクーバー五輪でも女子のジャンプ競技は認められず、多くの関係者を失望させたという。
 いろんな意味で勉強になる映画だった。中年以上の方々にオススメ。

ホルテンさんのはじめての冒険 [DVD]

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コメント 4

クリス

わたしも、乗り遅れた失態をとり戻す作品だと思ってました・・・。
だから、さいしょは彼がなにを考えたのか解らなかったんですが、
そのうちになんとなく受け入れてしまって。
地味だけど、悪くない作品でしたね。
by クリス (2010-06-27 19:39) 

ken

老人のことを何となく許してしまう人は、きっと受け入れられる作品だと思います。
確かに悪くないんですよねえw
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-06-28 02:03) 

movielover

これ、予告編を見ていてなんだか気になった作品だったんですよね。
身近に老人があんまりいないので、
なかなかぴんと来ないところもあるかもしれないですけど、
老人が出てくる映画って意外と好きです。
年をとるなんてあっという間ですしね。

ストレイトストーリーもいい作品でしたね。
これも観てみたいです。
by movielover (2010-06-29 15:35) 

ken

普段なかなか観ない国の映画って本当に面白いと思います。
特に人生のゴールが見えてしまった老人の作品は面白いものがありますね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-06-30 03:05) 

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