インセプション [2010年 ベスト20]
「インセプション」(2010年・アメリカ) 監督・脚本:クリストファー・ノーラン
映画は整合性さえ取れていれば、少々難解でもいいと思う。
そもそも人の理解力には差があって、一度で理解できる人もいれば、何度も観なければ理解できない人もいる(僕もその一人。だからこのレビューを書くまでに2回観た)。大事なことは「何度でも観て理解したい」と思わせるだけの力があるかどうかだ。映画にはその力さえあればいい。
他人の夢に潜入し、「人のアイディアを盗み出す」企業スパイ、コブ(レオナルド・ディカプリオ)は、ある日サイトー(渡辺謙)と名乗る人物から、「夢に潜入してアイディアを盗むのではなく、ターゲットにアイディアを植え付ける」という“インセプション”を依頼される。すでに国際指名手配犯となっていたコブはサイトーのフィクサーとしての力を知り、犯罪歴の抹消を条件にこの仕事を引き受けるが、それはかつてないほど危険な仕事だった。
「INCEPTION」恐るべし。これは映画芸術の極みだ。
僕は最近よく「映画とは何か」を考えていた。
映画は「ストーリーを軸にした娯楽」の一種である。映画のほかには、文字のみで表現される「小説」、絵と文字で構成する「マンガ」、ライブパフォーマンスによる「演劇・演芸」、ユーザーが個々にストーリーを紡いで行く「ゲーム」の4つがあるが、映画はテレビの登場によって一度は客を失い、以降テレビは映画にとっての“最大のライバル”となった。
確かに「娯楽」という観点では映画とテレビは好敵手かも知れない。しかしメディアとしてはどうか。インターネットの普及によってテレビは双方向メディアとなった。ところが映画は誕生から105年を経てもまだ一方通行のメディアである。この違いは大きい。僕は「映画」と「テレビ」はもはや並べて語るには相応しくない、似て非なるものになったのではないかと思う。
日本においては特にテレビ局の映画事業参入によって、映画の存在意義そのものがつかみ難くなって来た。テレビ屋が映画を作るとどういうことになるか。もちろん放送外収入を得るためのビジネスであるからして、観客動員を増やすために「わかりやすい」映画を作ろうとする。またステーションイメージを損なわないために「当たり障りの無い」映画を作ろうとする。そんなドラマはおよそ15分ごとにCMで分断しながらテレビで垂れ流してくれればいい。
もはや映画はテレビと比肩するものではない。そして映画は再び別の高みを目指さなければならないのだ。そのために映画は何をすべきか。
「挑戦」である。
あるいは今再び、映画は映画にしか出来ないことを追求しなければならない。
「INCEPTION」はそんなことを確信を持って教えてくれる映画だ。
僕がこの作品で最初に心震わせたのは、コブが“夢の設計”をさせるためにアリアドネ(エレン・ペイジ)のテストをするシーンだった。
「You have two minutes to design a waze that it takes one minute to solve.」
(2分やるから、1分で解ける迷路を作れ)とコブが言うと、アリアドネはノートに長方形の迷路を書き始めた。コブは2分でストップをかけて解いてみる。簡単すぎる。「もう一度」
するとアリアドネは2つ目も同じような迷路を作った。もちろんこれも1分とかからず解いたコブは苛立ちを隠さず、もっと難しいものを作れと指示。ノートを受け取ったアリアドネは一瞬考えてからノートを裏返し(ここがポイント)、今度は丸い迷路を書き始める。2分。ノートを受け取り、解こうとしたコブの手が止まる。「なかなかやるな」。アリアドネの唇の端にほんの少し「してやったり」の表情が浮かぶ。
これこそ映画にしか出来ない描写だった。
「2分やるから、1分で解ける迷路を作れ」
小説にこの台詞は書けても、迷路は見せられない。マンガに迷路は描けるが、時間が表現できない。舞台では観客に迷路を見せるのが一苦労。そしてテレビにこんな難解なやりとりは適さない。
僕はアリアドネが3つ目の迷路を作る直前、なぜノートをひっくり返したのかが気になっていた。
先に書いた迷路はコブがページをちぎって捨てている。だから白紙のノートが戻されたにもかかわらず、アリアドネは一瞬考えてノートをひっくり返すのだ。
実を言うと僕はこのシーンが観直したくて2度観たのだけれど、よくよく見ると最初の2つの迷路は方眼の入ったページに書いていた。けれど3つ目の丸い迷路は背表紙の裏の、まったく白紙の部分に書いていたのだ。
人間の意識、あるいはアイディアは何かに引きずられることが多い。引きずられないためには全くの白紙から始めなければならない。つまりこのシーンでは“夢の設計”の基本理念と、アリアドネの飛び抜けた才能を同時に表現して見せたのだ。
僕はこのシーンを観られただけでも幸福だった。これからの映画が目指すべき方向性はこのシーンに集約されていたと言ってもいい。
そして忘れてならないのが、これがクリストファー・ノーランのオリジナル脚本であるということ。
映画でしか表現できないことを、映画の文脈で作り上げた、映画芸術の極み。
148分間。僕たちはクリストファー・ノーランの夢の中を旅するのだ。それも今まで一度も観たことのない夢の中を。夢だからこそ整合性が取れているのかどうかなど、誰にも分からないのだが、コブの持っている「独楽」がすべての矛盾を呑み込む。もちろん「独楽」以外の細かいエクスキューズの設定も見事でとにかく感心させられた。
驚きの映像はデジタルの恩恵だが、発想そのものに拍手を送りたい。一見の価値十二分にあり。
クリストファー・ノーラン恐るべし。
映画は整合性さえ取れていれば、少々難解でもいいと思う。
そもそも人の理解力には差があって、一度で理解できる人もいれば、何度も観なければ理解できない人もいる(僕もその一人。だからこのレビューを書くまでに2回観た)。大事なことは「何度でも観て理解したい」と思わせるだけの力があるかどうかだ。映画にはその力さえあればいい。
他人の夢に潜入し、「人のアイディアを盗み出す」企業スパイ、コブ(レオナルド・ディカプリオ)は、ある日サイトー(渡辺謙)と名乗る人物から、「夢に潜入してアイディアを盗むのではなく、ターゲットにアイディアを植え付ける」という“インセプション”を依頼される。すでに国際指名手配犯となっていたコブはサイトーのフィクサーとしての力を知り、犯罪歴の抹消を条件にこの仕事を引き受けるが、それはかつてないほど危険な仕事だった。
「INCEPTION」恐るべし。これは映画芸術の極みだ。
僕は最近よく「映画とは何か」を考えていた。
映画は「ストーリーを軸にした娯楽」の一種である。映画のほかには、文字のみで表現される「小説」、絵と文字で構成する「マンガ」、ライブパフォーマンスによる「演劇・演芸」、ユーザーが個々にストーリーを紡いで行く「ゲーム」の4つがあるが、映画はテレビの登場によって一度は客を失い、以降テレビは映画にとっての“最大のライバル”となった。
確かに「娯楽」という観点では映画とテレビは好敵手かも知れない。しかしメディアとしてはどうか。インターネットの普及によってテレビは双方向メディアとなった。ところが映画は誕生から105年を経てもまだ一方通行のメディアである。この違いは大きい。僕は「映画」と「テレビ」はもはや並べて語るには相応しくない、似て非なるものになったのではないかと思う。
日本においては特にテレビ局の映画事業参入によって、映画の存在意義そのものがつかみ難くなって来た。テレビ屋が映画を作るとどういうことになるか。もちろん放送外収入を得るためのビジネスであるからして、観客動員を増やすために「わかりやすい」映画を作ろうとする。またステーションイメージを損なわないために「当たり障りの無い」映画を作ろうとする。そんなドラマはおよそ15分ごとにCMで分断しながらテレビで垂れ流してくれればいい。
もはや映画はテレビと比肩するものではない。そして映画は再び別の高みを目指さなければならないのだ。そのために映画は何をすべきか。
「挑戦」である。
あるいは今再び、映画は映画にしか出来ないことを追求しなければならない。
「INCEPTION」はそんなことを確信を持って教えてくれる映画だ。
僕がこの作品で最初に心震わせたのは、コブが“夢の設計”をさせるためにアリアドネ(エレン・ペイジ)のテストをするシーンだった。
「You have two minutes to design a waze that it takes one minute to solve.」
(2分やるから、1分で解ける迷路を作れ)とコブが言うと、アリアドネはノートに長方形の迷路を書き始めた。コブは2分でストップをかけて解いてみる。簡単すぎる。「もう一度」
するとアリアドネは2つ目も同じような迷路を作った。もちろんこれも1分とかからず解いたコブは苛立ちを隠さず、もっと難しいものを作れと指示。ノートを受け取ったアリアドネは一瞬考えてからノートを裏返し(ここがポイント)、今度は丸い迷路を書き始める。2分。ノートを受け取り、解こうとしたコブの手が止まる。「なかなかやるな」。アリアドネの唇の端にほんの少し「してやったり」の表情が浮かぶ。
これこそ映画にしか出来ない描写だった。
「2分やるから、1分で解ける迷路を作れ」
小説にこの台詞は書けても、迷路は見せられない。マンガに迷路は描けるが、時間が表現できない。舞台では観客に迷路を見せるのが一苦労。そしてテレビにこんな難解なやりとりは適さない。
僕はアリアドネが3つ目の迷路を作る直前、なぜノートをひっくり返したのかが気になっていた。
先に書いた迷路はコブがページをちぎって捨てている。だから白紙のノートが戻されたにもかかわらず、アリアドネは一瞬考えてノートをひっくり返すのだ。
実を言うと僕はこのシーンが観直したくて2度観たのだけれど、よくよく見ると最初の2つの迷路は方眼の入ったページに書いていた。けれど3つ目の丸い迷路は背表紙の裏の、まったく白紙の部分に書いていたのだ。
人間の意識、あるいはアイディアは何かに引きずられることが多い。引きずられないためには全くの白紙から始めなければならない。つまりこのシーンでは“夢の設計”の基本理念と、アリアドネの飛び抜けた才能を同時に表現して見せたのだ。
僕はこのシーンを観られただけでも幸福だった。これからの映画が目指すべき方向性はこのシーンに集約されていたと言ってもいい。
そして忘れてならないのが、これがクリストファー・ノーランのオリジナル脚本であるということ。
映画でしか表現できないことを、映画の文脈で作り上げた、映画芸術の極み。
148分間。僕たちはクリストファー・ノーランの夢の中を旅するのだ。それも今まで一度も観たことのない夢の中を。夢だからこそ整合性が取れているのかどうかなど、誰にも分からないのだが、コブの持っている「独楽」がすべての矛盾を呑み込む。もちろん「独楽」以外の細かいエクスキューズの設定も見事でとにかく感心させられた。
驚きの映像はデジタルの恩恵だが、発想そのものに拍手を送りたい。一見の価値十二分にあり。
クリストファー・ノーラン恐るべし。
インセプション Blu-ray & DVDセット (初回限定生産)
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- メディア: Blu-ray
驚きの映像は、CGに頼らずとったところが多いそうですね。
それをきいて、もう一つ唸ってしまいました。
文句なしの作品です。
by クリス (2010-12-26 12:23)
色々と面白い映画がありましたが、洋画では今年前半は「インビクタス」、後半はこの映画だったと思います。
by きさ (2010-12-26 15:04)
kenさんの洞察の深さとその表現力に、舌を巻きながら読ませていただきました。
昔ジェイムス三木さんが「テレビは映画の小さなものではなく、ラジオに絵の付いたものではないかと思う」とおっしゃったのを、思い出しました。
映画の可能性というのは、今またグン!!と大きくなったのでしょうね。
ハリウッド映画の中の渡辺謙を見てみたいと思います。
by Sho (2010-12-26 19:49)
>クリスさん
仕事が楽になったら、メイキングを見るのが今一番の愉しみです。
nice!ありがとうございます。
>きささん
おお。インビクタスも観なきゃ。nice!ありがとうございます。
>Shoさん
ジェームス三木さんの言葉も含蓄がありますね。勉強になります。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-12-27 15:01)
この映画は、本当に凄いですよネ!!
何度も観なおしたくなります!!!
by u_yasu (2010-12-28 02:34)
ひさびさ、ヤバイと思いましたw
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-12-28 23:09)
意表をつくすばらしい映像ですね。こんなすごい映画がでてくるとは
想像していませんでした。さすがクリストファー・ノーランですね。
「ダークナイト」の続編が非常に楽しみです。
by coco030705 (2010-12-31 16:54)
クリス・ノーランはかなりスゴいですね。こういった“考えさせる”映画自体はあり得るものですが、これをちゃんと娯楽作としてみせる力量にめまいすら覚えます。
去年の「アバター」は映画というメディアを拡張する試みだったと思いますが、この「インセプション」は映画という枠を極限まで高める試みだったように思います。3Dだったらまたスゴかったかも、とも思いますがw3D「インセプション」は今の人類には刺激が強すぎるかもしれませんね(笑)。
よいお年を!
by tomoart (2010-12-31 19:08)
>coco030705さん
すごいクリエイターというのはいつの時代もいるもんだと思いました。
「ダークナイト」の続編があるんですか?楽しみです。
nice!ありがとうございます。
>tomoartさん
3Dインセプションはあったら観たいです!
刺激は強ければ強いほど、反応も大きく出るからいいと思いますよ。
nice!ありがとうございます。良いお年を!
by ken (2010-12-31 19:11)
迷路の描写とはさすがに着眼が・・・凄いですね。
たしかに、よく練られたSFストーリーだとは思ったのですが、
正直、この映画、私にはメカニズムが難解すぎました。
こういう映画がすっと理解できるようになれば楽しいでしょうね。
by nary (2011-01-29 22:33)
僕もスッと理解できたわけじゃありません。
だから2回も観ちゃった(笑)。これからもっと観ると思いますけど。
こういう映画って現代アートと一緒で、
「なんだか分からないけど、好きかも」
って感覚で観ていいと思いますよ。左脳じゃなくて右脳で観る感じで。
by ken (2011-01-30 03:35)
面白かったですね~インセプション
やっぱり、こーいうのを演れるのはディカプリオの凄さなんでしょうか・・
映像ももちろんだけど、発想力が半端じゃなかった
まさにアイデアは全てを変えてゆきますね。
by spika (2011-02-08 21:08)
アイディアって無形の財産ですね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-02-11 13:19)