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インビクタス/負けざる者たち(2009年・アメリカ) [2011年 ベスト10]

原題:INVICTUS 監督:クリント・イーストウッド 脚本:アンソニー・ベッカム

 1本の映画が生まれるきっかけはいろいろある。
 南アフリカ共和国第11代大統領、ネルソン・マンデラが自伝を出版した際、記者から「映画化されるとしたら、誰に演じてもらいたいか」と質問を受け、マンデラはモーガン・フリーマンの名を挙げた。それを聞いてフリーマンは南アフリカにマンデラを訪ね、自伝の映画化権を買いつけたという。
 やがて完成した脚本をフリーマン自らイーストウッドに送り、監督を依頼。イーストウッドが快諾し「INVICTUS」は世に出ることになった。

 1本の映画を観るきっかけもいろいろある。
 僕は昨夜ブログのメンテナンスをしていて気になる記事を見つけた。movieloverさんが書いた田口ランディ著「根をもつこと、翼をもつこと」の書評。その中でmovieloverさんは自身の近況について触れ、「生きる」ことについて考え、さらにネルソン・マンデラが獄中愛読してたという詩を紹介されていた。その一節。
 「私が我が運命の支配者。我が魂の指揮官なのだ」
 ガツンと来た。それで僕はMacの電源を落として、ハードディスクに録ってあった本作を観始めた。

 一言でいうと「真面目な映画」だ。
 フリーマンとイーストウッドという良識あるオトナが、世界中のオトナために作った真面目な映画。
 その間に挟まって、マット・デイモンがちょっと緊張気味に見えるのが微笑ましい。
 本作は、26年に渡る投獄生活から解放され、1994年に行われた南アフリカ史上初の全人種参加選挙に勝利し、大統領に就任したネルソン・マンデラが、国民の意識を根底から変えるために、翌95年に南アフリカで開催されるラグビーワールドカップを最大限利用しようとある行動を起こし、やがて変わりゆく“一国の成長”を観るドラマである。

 感心するところはいくつもあったが、まず溜息が出るのは、微に入り細に入り、きめ細やかなイーストウッドの演出である。脚本のまま撮っていたら、きっと「クソ真面目な映画」になったに違いないところ、ジャンボジェットの機長や警官の近くでゴミ拾いする少年の描写にスパイスを効かせる辺り、「さすが映画を知り尽くした名匠」と感じ入った。知り尽くしているせいで、若干言葉足らずかと思うシーンがないでもないが、そこは観るオトナが行間を読めばいいだろう。
 一方でこれは「言葉のチカラ」を観る映画でもある。
 言うまでもなく観客は何度もマンデラの言葉に耳を傾けることになるのだが、その言葉に圧倒的な説得力を持たせたフリーマンの演技も素晴らしい。ナレーションの仕事も手がけるだけあって、聞かせるテクニックは抜群。もちろん観客が自ら前のめりになったかと錯覚させられるイーストウッドのカメラワークも、その一助になっている。

 さて劇中マンデラは終始「赦し」を説いている。
 白人を恨むな。白人が愛するものを黒人も愛せ。
 反体制活動家として27年間も投獄されたマンデラが、復讐ではなく融和を謳えるのは何故なのか。
 その答えが、獄中で心の支えとしたウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩にある。

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 INVICTUS  -William Ernest Henley 

 私を覆う漆黒の夜

 鉄格子にひそむ奈落の闇
 私はあらゆる神に感謝する
 我が魂が征服されぬことを

 無惨な状況においてさえ
 私はひるみも叫びもしなかった
 運命に打ちのめされ
 血を流しても
 決して屈服はしない

 激しい怒りと涙の彼方に
 恐ろしい死が浮かび上がる
 だが、長きにわたる脅しを受けてなお
 私は何ひとつ恐れはしない

 門がいかに狭かろうと
 いかなる罰に苦しめられようと
 私が我が運命の支配者
 私が我が魂の指揮官なのだ

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 言ってしまえば、この映画のすべてである。
 だからネタバレと言えなくもないが、本作が言わんとしていることは、そんなレベルの低いことではない。「すべての人種、すべての国境を超えて、人は融和しなければならない」という人類最大のテーマをこの作品は掲げているのだ。
 正直言うと、僕もmovieloverさんの記事を拝見するまで、この映画を観る動機がなかった。一体どんな映画なのかアートワークではよく分からないし、タイトルも意味不明だ。けれどこの詩に触れたのは大きかった。近年こんなに心揺さぶられた言葉も無かった。だから僕は他人から「真面目か」と突っ込まれても、この映画をすべてのオトナに勧めたい。

 フリーマンとイーストウッド。
 2人の品格がにじみ出た、永きに渡って語り継がれるべき、良品。

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コメント 9

きさ

イーストウッド監督の演出はいつもながらケレンというものがなく、正攻法ですね。
まさに横綱相撲。
あと、マンデラ大統領は凄い人ですが、なかなか食えない人でもあると思いました。
ある意味でラグビーを最高に政治に利用する訳ですから。
とはいえ映画としてはまずは文句の付け所がないです。
脱帽。

by きさ (2011-06-19 07:57) 

ken

テクニック論で言うなら、途中のラグビーシーンの散漫さが気になりました。
僕はこの結末を知らずに観ていたのですが、きっとこのチームは優勝するんだろうなと、
途中で気付いてしまったのです。
クライマックスにきっとドラマチックな試合のシーンがあるんだろうと。
ここだけが失点でしたね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-06-19 22:17) 

movielover

私ごときの記事きっかけで観ていただいて…(笑)
深いコメントも有難うございました。

確かにタイトルもジャケットもよく分からず、
イーストウッド作品の中でも何となく後回しにしてしまってました。
けれど、何となく観始めて、作中「私が我が運命の支配者。我が魂の指揮官なのだ」というフレーズに出会ったとき、
私も「がつん」ときて、この作品に出会えてよかったと思いました。

たしかに「真面目か!!」と突っ込みたくなりますが(笑)、
腰の据わった、本当にいい意味での良品だと思います。

by movielover (2011-06-24 00:14) 

ken

僕にとってもすごくいい出逢いでした。
こちらこそ御礼申し上げたいと思います。ついでに無断引用も失礼しました。
新生活はぜひ楽しんで下さいね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-06-24 15:34) 

non_0101

こんにちは。
とても心に残る作品でした。
くじけそうになったら見直してみたい1本です☆
by non_0101 (2011-07-03 10:10) 

ken

そうですね。心折れそうなときには絶対いい映画だと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-07-03 11:05) 

midori

最近観る映画は、どんな映画評よりも、
ken さんのレビューをまず読んでから。。。となっております。
平素、大変お世話になっております!

これは公開当時、会社の人が「面白かったよ」とは言ってたのですが、
そんな深い内容だとは教えてくれなかったので、見逃してました。
ここを読ませて頂いて、Amazonで安かったので買ってしまいました。

きましたねー「ガツン」と。

私は
「真に自由になれない原因は、
 環境でもお金でも病気でも仕事でも生い立ちでもない。
 結局、自分を縛っているのは自分自身なのだ」
という『後ろ向き』な姿勢で、メンタル改造のようなものに取り組んでいたのですが、
>私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ
などという『前向き』さに、眼からウロコが落ちた思いがしました。
ヘコんだ時用の常備DVDにしよう。

このたびも大変お世話になりました。またよろしくお願いしまっす!
by midori (2011-07-10 20:48) 

Sho

この映画のことに触れられず、申し訳ありません。
kenさんのblogでたくさんの映画と出会うことができました。
その中で、紹介してくださったことを心から感謝している映画が
「接吻」と「息もできない」です。
そして今回、この詩と出会わせていただいたことを、深く感謝します。
今挙げた三つの作品は、自分にとっては「邂逅」となりました。
by Sho (2011-07-10 22:29) 

ken

>midoriさん
 いつもごひいきにして頂きありがとうございますw
 この作品は本当に宣伝が下手で残念です。
 これを見逃していたら僕の映画人生はきっとつまらないものだったと思います。
 で、「ガツン」と来ましたか。
 いま自分と向き合っている人はきっと「ガツン」と来ますよね。
 midoriさんにも刺さって良かったです。
 nice!ありがとうございます。

>Shoさん
 映画が人生を豊かにし、映画が人生を希望のあるものにしてくれる。
 僕はそう信じています。
 Shoさんにとっても、きっと意義ある1本になると思います。
 ぜひご覧になって下さい。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2011-07-10 23:04) 

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