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男はつらいよ(1969年・日本) [2011年 ベスト10]

原作・監督・脚本:山田洋次 脚本:森崎東

 「寅さんを初めて観たのはいつですか?」
 こう聞かれても、ちゃんと答えられる人はあまりいないんじゃないかと思う。なんたってこのシリーズは、昭和44年から平成7年まで足掛け26年で48本も作られているからだ。
 僕の場合、物心ついたときにはすでに寅さんは存在していたし、しかもテレビでも頻繁に放映されていたせいで、そもそも何を観て、何を観ていないのかすらよく分かっていなかった。それで冒頭の質問を自分に投げてみたのだ。

 79年から書き始めた映画ノートをめくってみると、僕は80年1月26日に第24作「寅次郎春の夢」を観ていることが分かった。でも、これが“初寅さん”ではなかったようだ。そこにはこんな記述があった。
 「シリーズ24作中、実際は4、5本しか見ていない私がエラそうにいえる立場ではないが…」
 何をエラそうに語っているかはさておき、僕は17歳の時点で4、5本の「寅さん」を観ていたらしい。
 でも「一体何を?」
 そこで松竹の「男はつらいよ」公式サイトで全作品をチェックをしたら、ぬるりと記憶が蘇って来た。僕が最初に観た「寅さん」は、昭和52年8月に公開された第19作「寅次郎と殿様」だった。
 この第19作は当時僕が住んでいた愛媛県が舞台になっていて、地元が映画に映っているということで、わざわざ映画館まで観に行ったのだと思う。スクリーンで観た風景がどんなだったかは最早覚えていないが、殿様の家のタオルが部位別に分かれていて、寅さんが「股」と書かれたタオルで顔を拭くシーンに笑った記憶だけは鮮明に残っている。

 寅さんほど上手くない前口上が長くなった。
 今回wowowの番組表にシリーズ第1作が並んだのを見て、僕はふと思うことがあった。
 ここまで書いてきたように、「男はつらいよ」は「寅さん映画」とも呼ばれる。そして多くの人が「渥美清の映画」だと思っているだろう。僕もずっとそう思っていた。でも実際は「山田洋次の映画」である。畢生の俳優が車寅次郎に命を吹き込んだとはいえ、山田洋次がフーテンの寅の着想を得なければ、歴史に残る(ギネスにも残る)国民的シリーズは誕生しなかったのだ。だから僕は「霧の旗」や「家族」や「幸せの黄色いハンカチ」を観るような気分で「男はつらいよ」を観てみようと思った。前口上これにて終わり。

 20年ぶりに故郷・柴又へ戻ってきた車寅次郎。
 異母兄妹のさくら(倍賞千恵子)と涙の再会を果たしたのもつかの間、寅はさくらのお見合いをぶち壊してしまい、再び旅に出ることに。ところが奈良で御前様(笠智衆)と娘の冬子(光本幸子)にバッタリ。気さくな美人になっていた幼なじみ冬子に恋した寅は、2人に連れ添って柴又へ帰って来るのだが…。

 文句なしの面白さである。
 山田洋次+森崎東の脚本も、渥美清の芝居も完璧。テレビシリーズで完成されていたとは言え、このクオリティの高さは驚きだ。
 まあ、とにかく笑える。僕は妻と1歳の娘が寝静まった深夜にヘッドフォンで観ていたのだけれど、少なくとも3度大きな声を出して笑ってしまった。
 まずは完全にベタなネタ。さくらと博(前田吟)の披露宴の席で、仲人を務めたタコ社長(太宰久雄)が、博の父親、諏訪颷一郎の「颷」の字が読めず、「すわ…ホニャいちろう」とごまかすシーン。山田洋次がコントの鉄板とも言うべきネタをここに持ち込んだのは、それでも静かに着座している颷一郎の心理状態を表現するためだ。
 続いては、冬子と遊びに行く約束をしていた寅さんが家を訪ねると、冬子はインテリ風の男と一緒にいて、御前様の「あれは婿になる男だ」の一言に呆然とするシーン。ここでの寅さんのアップは傑作だった。ミソだったのは、寅さんに新品の麦わら帽を被せたこと。夏の楽しいアイテムと寅さんの呆然とした表情が完全にミスマッチ。だから可笑しい。これぞ山田演出の真骨頂というべきカットだ。
 そして、傷心の寅がウィスキーを抱えて押し入れに隠れていたところをさくらに発見されるシーン。
 おいちゃんがさくらに「枕出してくれ」と言った瞬間、観客は「ああ寅さん、見つかっちゃう」と思う。観客に展開を分からせておきながら、それでも笑わせたのは寅さんの佇まいだ。麦わら帽を被ったままだったのも良かったが、普段は威勢のいい寅さんが、押し入れの中で首を折り曲げて小さくなっていたのが良かった。これはキャラクターのギャップによって笑わせると言う仕掛けである。
 いずれも観ている瞬間は思わず笑ってしまったが、笑ったあとに感心の溜息がもれる見事な演出だった。

 「男はつらいよ」には至るところに“涙と笑いの表裏一体”が仕掛けられていた。「笑いながら悲劇を語る」山田洋次。やっぱり凄すぎる。1969年度のキネ旬ベストテン第6位も納得である。
 余談だけど倍賞千恵子がとんでもなく可愛い。これだけでも観ないと損。
 またヘッドフォンで観ていたおかげで、面白いノイズも発見した。
 オープニング「松竹映画」のクレジットが明けると寅さんの前口上が始まるのだが、明けて64秒後。
 「そうです。私の故郷と申しますのは、東京葛飾の柴又でございます」
 の「そうです」のあとで、原稿を送る“紙ノイズ”が入っているのだ。機材が進化した今じゃ考えられないけれど、アナログ時代のほのぼのとした空気を感じる珍しいノイズだった。

 さて、こうなったら「男はつらいよ」もシリーズ制覇したくなって来たぞ。

第1作 男はつらいよ HDリマスター版 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 松竹
  • メディア: DVD

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コメント 4

aneurysm

祖母が元気だった頃、寅さんは正月の恒例行事で、
よく見に行きました。
全部買いたい位好きなんですが、なかなか・・・・・根性が・・・・

若い時は、寅さん頑張れよ~って感じでしたが、
自分が寅さんより上になった今、笑えないネタも少々ありますね(笑)

by aneurysm (2011-10-13 14:28) 

ken

12月からWOWOWでシリーズ全放送があるそうですよ。
それより、僕たちはいずれ寅さんより年上になっちゃうんですね。
なんだか哀しいなあ。
寅さんは永遠にやんちゃなおじさんでいて欲しかったのに。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-10-13 19:38) 

noel

本当にそうですね。
初めて寅さんを見たのはいつだったのでしょう?
何本見たかも忘れている。放送されていると途中からでも必ず見ていた気がします。
この最初の1本目もたぶん2,3回見ています。でも、見ちゃうし笑っちゃうし泣いちゃう。ここ来るぞって分かってても(笑)
それだけスゴイ映画ですよね。




by noel (2011-10-15 15:17) 

ken

山田脚本&演出のスゴさを見せつける1本です。
ただシリーズ48本もあると、さすがに波はあっただろうなあと思って
シリーズ制覇してみたくなりました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-10-15 18:59) 

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