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失われた大地(2011年・フランス/ドイツ/ポーランド) [2011年 ベスト10]

原題:LAND OF OBLIVION  監督・脚本:ミハル・ボガニム

 今年の東京国際映画祭に出品されたのだから、東日本大震災以前に作られていたと見るのが妥当だろう。
 皮肉なことにタイムリーな映画になってしまったこの作品は、チェルノブイリ原発事故の当日、隣町で結婚式を挙げた女性の物語。

 1986年4月26日。ウクライナ北部に位置するプリチャピ市の緑豊かな町で結婚式が行われていた。新郎は消防士のビョートル。新婦は笑顔が美しい娘アーニャ(オルガ・キュリレンコ)。
 ところがプリチャピの南4キロにある原子力発電所で火災が発生。ビョートルは新妻の「今日ぐらい休ませてもらって」という声を振り切って、式の途中で現場へ急行するが、ビョートルはそれきり帰って来なかった。さらに数日後。誰も真相を知らない町にやがて黒い雨が降り始める。

 2011年はチェルノブイリ原発事故から25年という節目の年。
 事故を風化させないために作られただろう作品が、日本にとって対岸の火事ではなくなったところがまず恐ろしい。そして私たちの日常生活のどこまで迫り、どこまで入り込んでいるのか分からない「放射能」の怖さを、改めて実感する作品だった。
 何が怖いって放射能以上に、情報を開示しない人間と、無知な人間が一番怖い。
 事故から数日後、原子力研究に携わる男のもとへ1本の電話が入って来る。外は雨。カメラは開いた窓から室内を捉えている。電話を受けた男は驚きを隠せず、「公表したのか?」と相手に迫る。想像するだけで心が粟立つ静かなやり取り。電話を切った男はガイガーカウンターを持ち出し、窓辺に差し出す。異常値。慌てて窓を閉めた男は妻に言う。
 「子供を連れて町を出ろ!絶対に雨に濡れるな!」
 子どもたちは水たまりで遊んでいる。今までは微笑ましく見ていたはずの光景が、まるで地雷原で遊ぶ子どものように見えてしまう。
 買い物客でにぎわう市場。男はガイガーカウンターを肉に当ててみる。異常値。男は店の人間に聞こえないよう、客に「食べるな」と告げるが誰も相手にしない。男の絶望的な表情。
 国や自治体は“パニック”を畏れて、常に“最善”を見失う。
 「放射能」はそんな愚かな人間の判断ミスをあざ笑うかのように、遥か先回りをしながら私たちの平和な日常を隙間なく踏み潰して歩く“モンスター”なのだ。

 事故後のプリチャピ市。長編映画としては初めての撮影だったと言う。
 ネット上で検索し見つけた観覧車やプールの映像が寸分違わぬ姿でスクリーンに映し出される。それはまさに「死の町」という言葉以外に見当たらない風景。
 本編でアーニャは、プリチャピ見学ツアーのガイドを務めているが、これも実際に存在するツアーらしい。ただし健康を損なっても自己責任とする念書にサインをさせられるそうだ。そんな場所で撮影に臨んだスタッフに最大級の賛辞を送りたい。
 またロケーションもさることながら、じわじわと朽ちていくオルガ・キュリレンコの演技にも心打たれた。

 人間が求めたエネルギーで、人間が命を奪われる現実。
 僕はせめてこの映画が1年前に公開されていたらと、思わずにはいられなかった。と言いつつ今からでもぜひ日本で一般公開して欲しいと願う1本。


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コメント 4

midori

私は東海村から北に50km圏内の海のすぐそばで生まれ育ちました。
子どもの頃から、放射能と津波の悪夢を見続け、
人知れず内なる恐怖と闘ってきました。
それがまさか自分の生きてるうちに現実に襲ってくるとは思いませんでした。
いま実家のそばには、3歳と7歳と17歳の甥姪がいます。

25年前に、この国は舵をきれた筈です。
そのとき私はチェルノブイリに大きなショックを受けた高校生でしたが、
子どもであったというのは言い訳で、今につながる何かができた筈なのです。
今を生きる小さな子どもたちを見て、深い罪悪感にとらわれます。
失われた25年間を、なんとか取り戻さなくてはいけない。

この映画の成功を祈ります。
一人でも多くの人が、次への行動につなげられるように。
by midori (2011-11-04 14:13) 

ken

そうでしたか。
原発の近くに暮らしていた皆さんは、そうでない我々が感じることのない
恐怖と常に闘っておられたのですね。それこそ自分の無知を恥じました。
僕も25年前は若かったせいもあって、対岸の火事としか思えませんでしたが
明らかに25年前に日本は変われたはずですね。
でもそうならなかったのは、国と東電の企みだったのでしょう。
本当に残念でなりません。
この作品が日本で公開されると言うハナシを未だ聞きませんが、
「ホテル・ルワンダ」のときのような運動を起こしてでも、公開するべきだと思いました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-11-05 02:50) 

midori

明日2/9から、
シネスイッチ銀座にて
「故郷よ」というタイトルで
上映されます。
是非観たいと思います。
by midori (2013-02-08 10:19) 

ken

亀レスで失礼しました!
そうでした、上映が決まったのですよね。
あとでお邪魔します!
by ken (2013-02-18 10:50) 

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