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おかあさん(1952年・日本) [2012年 レビュー]

監督:成瀬巳喜男 脚本:水木洋子

 成瀬巳喜男のさりげないセンスが随所に光る佳作。
 個人的には「浮雲」「めし」「山の音」「流れる」に続いて5本目の成瀬作品だったのですが、今日で僕の腹は決まりました。これから僕は小津でも黒澤でも山田洋次でもなく、成瀬巳喜男を「日本人で最も敬愛する監督」とさせて頂きます(笑)。

 戦災で焼けだされた福原家は父(三島雅夫)が工場の守衛、母(田中絹代)と長女(香川京子)が露天商で資金を貯め、なんとか以前のクリーニング店を再開させるところまでこぎつける。ところが一家を立て直す目処がたった矢先、病に臥せっていた長男が死に、さらに健康だけが取り柄だった父までもが倒れてしまう…。

 福原家に起きる出来事を、タイトルどおり「母」を軸にして見せるヒューマンドラマです。
 次々と家族を亡くすという悲劇は起こるものの、全編ウェットというワケではなく、どちらかと言えば「死」はかなり淡白に描かれ、遺された者の日々の暮らしにフォーカスした展開になっています。だから「笑い」もあれば「恋」もある。この上映時間98分を「人生の縮図」と言うとオーバーかも知れませんが、僕は「死は哀しむものではなく受け容れるもの」というメッセージとして受け止めました。僕が成瀬を敬愛する一番の理由は、この普遍性かも知れません。
 
 だからこそ今観る価値もあります。
 まずは、戦災から立ち上がろうとする家族の物語であること。
 本作の舞台設定はリアルタイムだったと思います。つまり終戦から7年目。GHQの占領も終わり、日本が自立を始めた時期。どん底にあった日本人は立ち上がる以外に道はなく、そのためには相手を思いやる気持ちが不可欠であることを、本編の些細なシーンが教えてくれます。
 例えば父の弟子である木村(加東大介)の存在。父の代わりにクリーニング店を切り盛りしてくれるのですが、そこに何の打算もありません。
 人間力の強さにも目を見張るものがあります。
 一番はまだ年端もいかない二女・久子の立ち振る舞い。親戚の家に養女として出ることになり、本人が行くと決心する理由もさることながら、僕は別れ際の行動に驚かされました。
 玄関前で久子は家族に別れを告げ、親戚の叔父さんと共に歩き始めるのですが、まもなく振り返って久子は家族の下へ走り出します。ここで母に抱きつくのかと思いきや、「忘れ物」と残して家の中へ。そこで手にしたのは自分で描いて壁に貼っていた母の似顔絵。
 続いてもらわれた先でのシーン。
 新しく用意された机に座った久子は母の似顔絵を取り出します。それを壁に貼ろうと掲げたものの、新しい家族の横顔をちらりと見て、絵を机の引き出しにそっと仕舞うという配慮。
 僕はこの時代の“子どもの覚悟”を見た気がして、猛烈に感動をしました。

 もうひとつ今観る価値はアーカイブとしてです。
 一部ロケーションそっくりに作られたセットで撮影されていますが、大半は外ロケによるもので、道路という道路はすべて未舗装であることが分かります。ロケ現場がどこなのかは分かりませんが、おそらく都内近郊と思われるその風景は一見の価値ありです。
 また久子がもらわれて行く前日に家族で遊びに出かける先が向ケ丘遊園で、ここで有名なウォーター・シュートが登場します。実は今調べてみて分かったのですが、このアトラクションがスタートするのが1952年(昭和27年)3月だったそうで、本作が劇場公開されたのは同年6月12日という記録が残っているので、まさに登場まもないウォーターシュートを撮影したということになりますね。


woter003.jpg 一度は乗ってみたかった。

 さて本作を語る上で、香川京子さんを避けて通るわけにはいきません。
 この人の可愛らしさが、一歩間違えると暗くなりがちな本作のトーンを、2段階ほど明るめに仕上げてくれたような気がします。香川さんの笑顔はモノクロ映画でありながら、まるで向日葵のような明るさを放っていました。

 最後に。
 水木洋子の脚本が相変わらず見事。
 皆まで語らず行間を読ませる成瀬もさすが。ちょいちょい挟むお茶目な演出もグー。それと編集の間もナイス。地味な映画ですが、これはこれで非常に完成度の高い作品でした。お気に入り。

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コメント 2

snorita

今みたら、泣くかもしれないな。うーん。
by snorita (2012-03-05 18:56) 

ken

ど、どうしましたか?
by ken (2012-03-06 00:30) 

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