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百万円と苦虫女 [2009年 ベスト20]

百万円と苦虫女」(2008年・日本) 監督・脚本:タナダユキ

 久し振りに引いた「当たり」映画。
 完全なる「蒼井優ショウ」だけれど、主演女優の力を借りて
「自分の言いたいことをちゃんと言った」タナダユキの脚本が秀逸だ。
 特筆すべきは今の男には絶対に書けない、女性ならではの“潔さ”が全編ににじみ出ていること。
 これが素晴らしく心地好い。

 オープニングからそうだ。蒼井優は拘置所にいる。
 僕は何事だと思った。
 男にとって「蒼井優」と「拘置所」はおそらく世界で一番離れたところに立つ存在だ。だから僕たちは「まさかそんなはずないだろう」と慌てる。
 しかし女に幻想を抱かない同性の監督は、一番遠いところにあるものが実は背中合わせで立っていることを知っている。だからタナダユキは何ら躊躇することなく、その2つを重ね合わせ、男たちが抱く幻想に先制パンチを喰らわせる。
 見事としか言いようがない。
 「では、なぜ蒼井優は拘置所にいるのか?」
 その理由が明かされる序盤だけ時系列が入れ替えられている。もちろん先制パンチを喰らわせるためだ。腑に落ちる理由が明かされるとテイクオフ完了。物語は時系列に戻り、観客は今さら降りられない上空まで連れて来られたことに気付く。静かに。けれど瞬く間に。
 まさに「映画に引きずり込まれる」という表現が相応しい、見事な掴みだったと思う。

 ひょんなことから警察沙汰を引き起こし、自宅に居場所を失った鈴子(蒼井優)は「百万円貯めたら家を出る」と家族に宣言。そして家を出た鈴子は「百万円貯めるごとに見知らぬ土地で暮らす」という生活を始める…。

 ロードムービーに欠かせない、ちょっと変わったキャラクターの作り方も巧い。
 一番は桃の生産農家の息子を演じたピエール瀧。いい人なんだか、悪い人なんだか分からない、田舎の怪しいキャラクターを演じさせたら、今この人の右に出る役者はいない。観客は蒼井優と同じ目線でピエール瀧を見て、彼の本性を確かめようと必死になる。このドキドキ感がたまらなく面白い。と、僕はこのシークエンスを観ていて、ロードムービーの撮り方は二通りあることに気がついた。
 主観で撮るか、客観で撮るか。
 本作はもちろん主観で撮られている。だから他の登場人物の内面は描かれない。結果、主人公への感情移入を容易し、観客は主人公目線で鈴子の旅を疑似体験する。
 客観で撮られたロードムービーは邦画で言えば「菊次郎の夏」や「転々」がある。このように旅人が複数でいる作品は客観で撮られることが多い。この場合、観客はもう一人の旅人としてか、あるいは旅する者の身内のような立ち位置で観ることになる。だから旅の行程や登場人物の素行が気に入らないと妙にやきもきする。
 なるほど。勉強になった。
 では。
 タナダユキが「主演女優の力を借りて言いたかったこと」とは何か。

 人生は思い通りにならないことの繰り返し。

 この一言に尽きると思う。
 
マジメに生きようとしているのに、何故か他人に行く手を阻まれる…。
 自分に正直に生きたいのに、不思議と自分の想いは伝わらない…。
 こんな悩みを抱えたことのある女子に、この映画はきっと刺さる。そして蒼井優の生きざまに、きっと救われる。
 ラストシーン。
 蒼井優の放つ一言に僕は感動した。そして女性監督の潔さにも感服した。
 男には無理。書けないし、撮れない。

 繰り返すけれど「蒼井優ショウ」である。
 中でも一番の見どころは彼女の「告白」シーンに尽きる。僕はいろんなことを思い出して、自分でも動揺するくらい心拍数が上がった。蒼井優はやっぱり天才だった。

 ロードムービーでありながら、ゴールがないという点も意表を突いていて出色。

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フロスト×ニクソン [2009年 ベスト20]

フロスト×ニクソン」(2008年・アメリカ) 監督:ロン・ハワード 脚本:ピーター・モーガン

 さすがロン・ハワード。実在の人物、事件、事故を描かせたら、やっぱりこの人は巧かった。
 どこがどう巧いのかはあとで説明するとして、まずは作品を堪能するためにも、ぜひ予習に取り組んで下さい。課題はもちろん「ウォーターゲート事件」です。

 1972年6月。民主党本部のあるウォーターゲート・ビルに、盗聴器を仕掛ける目的で5人の男が侵入しようとして現行犯逮捕される。これが事件の発端。
 そして逮捕された1人が所持していた手帳の中に、ホワイトハウス内のある人物と繋がる電話番号が見つかったことで、事件は大きなうねりとなる。
 当初ホワイトハウスは「事件と政権は無関係」と主張していたものの、マスコミによって現職大統領の関与が暴かれ、ニクソンはアメリカ史上初めて、任期を残しての辞職に追い込まれる。
 これが事件の簡単なあらまし。
 ですが本作を充分に愉しむために、もう少し入れて欲しい情報があります。
 
 1)ニクソンがFBIの捜査を妨害すべく、大統領補佐官たちと議論をしたテープが残っていた。
  事件の調査委員会からテープの提出を求められたニクソンはこれを一旦拒絶。のちにテープを提
  出。しかし18分30秒に渡って消去された箇所があることが発覚。
 2)ニクソンには後任のフォード大統領により、大統領特別恩赦が与えられ、以降一切の捜査も裁判
  も免れた。そのため盗聴の目的も明らかにされず、ニクソンは謝罪もしていない。
 3)イギリス人テレビ司会者デビッド・フロストからの依頼を受け、ニクソンがインタビューに応じたの
  は辞任から3年後の1977年のことだった。

 この3点は作品を理解する上で重要なポイントになります。あとは事の成り行きを見守って下さい。
 さて冒頭の話に戻ります。
 僕が感心したのはト書きの演出。
役者のセリフがない場面こそ見応えがありました。
 本作は「ボクシング」に例えたセリフが随所に出て来ますが、セリフの無い場面はボクサーが互いに手を出す前、いわゆる“探り合い”と同じです。一見すると試合は動いていませんから、面白く見えません。しかし僕がここを「面白い」と思えたのは、リングに上がる前の2人の背景がきちんと描かれていたからです。
 フロストとニクソン。2人の背負った“十字架”が見えるからこそ、ゾクゾクするほど面白い。しかも“探り合い”の演出が巧いときてる。役者の目線と表情、それを捉えるカメラの構図、仕上げる編集の間合い。そのすべて。
 観客のイメージをかき立て、作品を補完させるロン・ハワードのテクニックは「アポロ13」にも見られましたが、本作でさらに磨きがかかっていたように思います。

 ニクソンを演じたフランク・ランジェラ。
 歴代大統領の中でもニクソンほど個性的な顔の持ち主はいません。先日、アカデミー賞の授賞式でマイケル・ダグラスは「映画が始まってすぐにすべての雑念が消え去り…」とランジェラを紹介しました。僕は内心「そんなことはあるまい」と思っていました。僕にはどこをどうみてもランジェラはニクソンに見えなかったから。 
 ところが。
 マイケル・ダグラスの言葉は本当でした。恐らくほとんどの人が何の違和感もなくランジェラ=ニクソンを受け入れることでしょう。彼の演技は実に素晴らしかった。つけ足しに聞こえるかも知れないけれど、セレブ司会者を演じたマイケル・シーンも。

 本作の結末。すなわちニクソンの結末は皮肉です。
 テレビが政治に大きな影響を及ぼすようになった時代の、彼は「最初の敗者」と言っていいのかも知れません。
 この映画、少なくともマスコミに携わる人は観て損はないと思います。悪く言えば地味ですが、事件を知る人にはかなり面白い作品です。

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ミルク [2009年 ベスト20]

ミルク」(2008年・アメリカ) 監督:ガス・ヴァン・サント 脚本:ダスティン・ランス・ブラック

 映画のことを書く前に、本作でアカデミー賞を受賞した2人のスピーチを採録する。

 まず、オリジナル脚本賞を受賞したダスティン・ランス・ブラック。
 ランス・ブラックはプレゼンターのスティーヴ・マーティンからオスカー像を受け取り、関係者への謝辞を述べたあと、こう続けた。
 「13歳で私はテキサスからカリフォルニアに引っ越し、ハーヴェイ・ミルクの話を聞きました。私は希望をもらい、自分らしい人生を生き、恋をし、結婚するのだと思いました。(拍手)
 常に私を愛してくれた母に感謝します。ハーヴェイは教会や政府や家族に差別されてきた同性愛者に自分たちも価値があり、神に愛される存在だと教えてくれました。近い将来皆さんもこの国で平等な権利を手にするでしょう。(大拍手)
 ありがとうございます。ハーヴェイ・ミルクの存在を神に感謝します」

 続けて主演男優賞を受賞したショーン・ペン。
 スタンディング・オベーションの中、ペンは2度「Thank you」を言い、着席を促したあとでペンらしい一言を放つ。
 「(僕を選ぶなんて)みんなアカでホモ好きでろくでなしだね」
 会場は大ウケ。
 客席が静まるのを待ってペンはメモを取り出し関係者への謝辞を述べる。何人かの名前を挙げたあと、最後に監督賞を逃したガス・ヴァン・サントを讃え、続けてこうスピーチした。
 「今夜会場の外の憎悪に満ちたサインを見た人も多いはずです。同性結婚反対の票を入れた人たちに、この機会に考え直してほしい。考えを変えないなら、子孫の代まで恥は続きますよ。誰にも平等の権利がなくてはいけないんだ」
 これはカリフォルニア州で認められていた同性愛者同士の結婚が、2月に再び禁止となったことを受けてのスピーチ。ペンの力強いメッセージに会場からは盛大な拍手が起きた。
 
 アメリカ史上初、同性愛者であることを公表し、サンフランシスコ市政執行委員に当選したハーヴェイ・ミルクの生涯を描いた本作。訴えるところは2人のスピーチを見れば明らかだろう。
 「誰もが知る結末へ、映画をどう導くか」に心を砕いたランス・ブラック自身も同性愛者だ。
 僕はこの作品、いろんな意味で“技あり”だったと思う。
 まず構成。
 ミルクが自分の生涯をテープレコーダーに吹き込む件がある。実はこのシークエンスが回想の入口で、ここからミルクの生涯が語られて行く。またチャプターの役割も果たしていて、エピソードの節目節目でこのシーンに戻って来る。
 このタイミングがいい。
 というのも、ミルクのプライベートは、“ストレート”の人間に時折異様に映る。これが長く続くと嫌悪感を抱かないとも限らない。そこへ絶妙のタイミングでインサートされるこのシークエンスが、ミルクを「自分を冷静に分析出来る人格者」に見せてくれる。これがいい。
 もうひとつ効いていたのは、これも時折インサートされる実際の映像。
 この作品を見た年配の観客の中には、「あの時代は反対だった。でも今は賛成してもいい」という人がいると思う。そんな人たちに当時の映像は「時代が変われば人も変わる」ということを想起させるのだ。人種差別の歴史を思い出せばいい。たとえば公民権運動が発生した当時、白人たちはまさか人種差別が撤廃されるなんて夢にも思わなかったことだろう。
 「“常識”と言う名の固定観念にとらわれる余り、“変化”を理解する努力を怠ると、人間の尊厳を犯すことになり、次の時代で笑い者になりますよ」
 ペンのスピーチを通訳するとこうなるのだろう。

 栄冠を手にしたペンへの賛辞はもはや不要。それよりも僕は脇を固めた俳優に拍手を送る。

 ミルクの恋人で最大の理解者、スコットを演じたジェームズ・フランコ。
 一歩間違うと「薄気味悪いもの」になりがちな同性愛者同士の描写を自然に見せたのは間違いなくフランコの功績だ。ミルクがスコットを“心の拠りどころ”としたのも納得の「懐の深さ」が全身から滲み出ていたと思う。
 ミルクと政治的に対立するダン・ホワイトを演じたジョシュ・ブローリン。
 平凡な家庭人だったダンが、やがて人の道を踏み外していく様、特に後半の20分は見事。ほとんどの観客を敵に回す役を引き受けた勇気も讃えたい。「ダークナイト」のヒースがいなければ、彼こそ助演男優賞に相応しい。

 おそらく事実に反する余計な描写は施されていないのだろう。ドラマは思いのほか淡々と進む。そして(劇場公開時にはおそらく)誰もが知る結末に辿り着く。
 僕は泣けた。
 30年前から何も変わっていない現実を、いまミルクが知ったらさぞ無念に思うことだろう。そう思ったら泣けてきた。改めてランス・ブラックとショーン・ペンのスピーチが胸に刺さる。
 佳作。

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歩いても歩いても [2009年 ベスト20]

歩いても 歩いても」(2007年・日本) 監督・脚本:是枝裕和

 戦後64年。今なお微かに残る日本の「家制度」を題材にした佳作。

 早世した長男の命日。今では引退した父と母の2人暮らしになった「家」に、長女と二男がそれぞれの家族を伴って帰って来た。「横山家」というひとつの家族だった親子は3つの家族となり、集った瞬間からそれぞれの“事情”が露呈していく。

 随分と時間をかけて熟成させたと思われる脚本の出来栄えに、観ている最中時折心が粟立つ。
 人の考え方や、態度や、物言いの基本はすべて「家」で作られたもの、という着眼と、その因果関係を小さな事例の積み重ねで見せていくテクニックは「名人技」と呼ぶに値する。言い換えるなら「手練」でもいい。
 是枝裕和は「家」と言う小さな空間の中に様々な“仕掛け”を張り、掛かった獲物(エピソード)を“回収”していくことで、登場人物の人となりを明らかにして行く。
 たとえば二男の良多(阿部寛)と父・恭平(原田芳雄)の折り合いが悪いのは何故か。長女のちなみ(YOU)と母・とし子(樹木希林)は似ても似つかない容姿なのに、実は似たもの同士なのは何故か。それらが母の立つキッチンでさりげなく仕掛けられ、父の座す食卓であからさまに回収されたりする。
 “仕掛け”は全編に渡っていた。そしてこれは「伏線」と呼ぶドラマのテクニックを越えていたと思う。
 これはおそらく「伏線」ではなく「しがらみ」と呼ぶべきものだろう。
 「しがらみ」はどこの家族にもある。そのしがらみを一旦解いてみたら、複雑な家族の思いが明らかになり、それを分かり易く紡ぎ直したらこうなった、という脚本のように思う。
 もうひとつ感心したのは、雄弁過ぎない、語り尽くさない描写である。
 たとえば向かいに住むおばあちゃん(加藤治子)と恭平の関係は本編ではまったく説明がない。ところがのちに恭平ととし子の若かりし頃のエピソードが語られるとき、ふと「もしや…」と想像をさせる。この「頭を使わせる」構造は撮り方や繋ぎも含めて「巧い」と思った。
 
 そんな本作。僕にとっては他人事とは思えない作品だった。
 それは僕自身が親と向き合わずに生きてきたからだ。
 「家」には今さら解決しようのない問題がいくつかあるものだ。その問題は直接的な利害関係に発展しない限り、大抵は「面倒くさい」と後回しにされることが多い。後回しにされた問題は「そうは言っても家族だから」と赦されることも多く、やがて当事者の誰かが逝き、問題は永遠に解決されないまま消滅してしまう。
 つまり家族とは、誰かが折れることで均衡を保っている最小にして最多のコミニュティであり、ここに描かれた横山家は「日本の家族とは何か」に迫るケーススタディなのである。
 しかし我々が学ぶべきは、問題の解決法ではない。
 最も注目すべきは、「人はいかに残酷な生き物であるか」の一点だと思う。我々はいかにして「無意識のうちに家族を傷つけているか」を大いに反省すべきだろう。

 それにしても。
 優れた家を建てるためには、緻密な設計図と良質の素材と、職人たちの腕がいる。
 これはその見本のような映画だった。
 タイトルの意味が本編中さりげなく明らかになる演出も好み。

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ONCE ダブリンの街角で [2009年 ベスト20]

ONCE ダブリンの街角で」(2006年・アイルランド) 監督・脚本:ジョン・カーニー

 素晴らしくシンプルでピュアな映画。
 僕は劇中歌と、チェコのシンガーソングライター、マルケタ・イルグロヴァの可愛らしさにやられました。フツー故障した掃除機を、まるで犬の散歩みたいに持ち歩きませんって。でも僕はこの瞬間にノックアウトされたんですけど(笑)。ま、そんな個人的なことはともかく。

 やっぱり歌がいい。
 アカデミー歌曲賞に選ばれた「Falling Slowly」だけじゃなくとにかく全部いい。もちろんグレン・ハンサードのパフォーマンスもいいんだけど、まず台詞の代わりにストーリーを補完する歌詞の出来栄えが良くて、さらにメロディで主人公2人の“感情の波”を表現したのもいい。それでいてハリウッド産ミュージカルのような唐突感もなく、すべての歌に必然性を持たせた脚本が見事だ。
 撮影も面白い。
 特に野外のシーンはドキュメンタリーのような客観視の構図で、こうして切り取られなければ、ありふれた日常の中に埋没していただろう、ありふれた男と女のエピソードであることを観客に伝えつつ、けれど「すべての人間に語るべきドラマがある」ことも教えてくれる。
 アングルについても、決してクローズアップがないわけではないけれど、それを多用することはなく、俳優との微妙な距離感を終始保っている点が絶妙で、これが(たとえ掃除機を引っ張って街中を歩こうと)リアリティを損なわない要因のひとつになっている。

 美しいのは2人の心の揺れだ。
 恋愛が始まる瞬間はどんなケースであっても確実に劇的で、またすべての人の記憶を喚起させる力がある。この作品は恋愛が始まるか始まらないかという、人間の一生から換算するとほんのわずかでしかない微妙な期間の物語だ。だからほとんどの人が、いくつかのシーンで自分の過去を振り返ることになるし、そのときの「ときめき」と「期待」と「後悔」を生々しく追体験する。恋愛の記憶は時が経つにつれ美化されるものだ。だから追体験させられた観客に本作の2人の“揺れ”は美しく映る。
 総じてこの作品が嫌われない理由は、ほとんどの人が恋愛の記憶を否定出来ないからだろう。どんな終わり方をした恋愛でも、始まる瞬間は美しかったのだから。

 恋愛と音楽、そして夢見ること。
 どれも素晴らしいものであることを思い出させてくれる佳作。
 現代の恋愛ドラマでありながら、現代の必須アイテム「携帯電話」が使われていないのも、すべての世代に受け入れられる理由のひとつだろう。
 そして最後にもう一度、「マルケタ・イルグロヴァがなんたって可愛い」(笑)。

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真昼の暗黒 [2009年 ベスト20]

真昼の暗黒」(1956年・日本) 監督:今井正 脚本:橋本忍

 社会派の映画監督として知られ、個人的にいま最も興味ある監督の一人、今井正の作品を観る。
 脚本は黒澤明と共同で「七人の侍」などを執筆し、「私は貝になりたい」、「白い巨塔」、「砂の器」なども手がけた日本を代表する脚本家、橋本忍。

 これは1951年に山口県で発生した老夫婦強盗殺人事件、「八海事件」を基にしたドラマです。
 実際は単独犯だったにも関わらず、現場の状況から「複数による犯行に違いない」と勝手に推理した警察が犯人に拷問を加え、事件とは何の関係も
ない4人の名前を供述させた末、一審で死刑を含む全員有罪の判決を引き出した未曾有の冤罪事件。

 素晴らしく良くできた作品だと思います。
 この作品の5年後、山本薩夫監督がやはり冤罪を扱った「松川事件」を撮りますが、本作を参考にしていることは間違いありません。というのも、
 ①警察が容疑者に対して拷問を加え、そこで得た供述を元に無実の人間を逮捕するやり方。
 ②一方裁判では、「警察は拷問等一切加えていない」と虚偽の証言を行う様。
 ③無実の罪を着せられた人たちを何とか救おうと奮闘する弁護士の活動。
 ④事件の公判中に製作し、公開したタイムテーブル。
 すべてが映画「松川事件」と共通しているからです。
 ちなみに「真昼の暗黒」は1956年のブルーリボン賞で作品、監督、脚本の3冠。キネマ旬報日本映画ベストテンでは、「ビルマの竪琴」、「早春」、「流れる」といった僕でも知っている名作を随え、第1位を獲得しています。

 上映時間は112分。
 数字だけ見ると「意外とコンパクトにまとめたな」と思いますが、内容は非常に濃いです。
 まず112分のうち前半の60分を警察の悪質な取調べに割き、「(当時の)警察の捜査がいかに先入観に囚われた理不尽なものだったか」をアピール。
後半は「警察とはどこまでもメンツにこだわり、一貫して身内を擁護する組織である」ことを徹底的にアピールします。
 警察は、不当逮捕あるいは参考人として呼んだ人間から不利な証言が出ると、その総てを「嘘だ」の一言で片付けてしまいますが、本作が巧いのは、その証言内容をドラマとしてインサートしているところ。これで証言内容に偽りがないことを観客に教え、かつ登場人物たちの複雑な背景を描くことも出来て、感情移入を容易にさせる、というメリットをもたらしています。
 この「観客の心情をコントロールする」構成は、古くから「人情噺」に触れてきた日本人には極めて効果的で、かつ宗教を持たない日本だからこそ生まれたテクニックじゃないかと思いました。ちょっと研究してみたいテーマかな、と。

 そして。
 最後には「正義は勝つ」と信じたいのですが、その結末がどうなるのかは実際に観て確認してください。きっと裁判そのものがどういう顛末だったのか知りたくなるはず。
 秀作。

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スラムドッグ$ミリオネア [2009年 ベスト20]

スラムドッグ$ミリオネア」(2008年・イギリス/アメリカ) 監督:ダニー・ボイル

 「ナニミル?」のレビューが本作で1,000本になります。
 2004年から足かけ6年。
 その間、昨日までに観た999本の中で、僕のベスト1は「ブラッド・ダイヤモンド」でした。
 しかし今日、その首位が入れ替わります。

 インド。
 スラム街出身の少年、ジャマールは突然警察に拘束された。
 なぜなら。
 学校に通ったこともない彼が、クイズ番組で史上最高額の賞金を手にしようとしていたから。
 容疑は詐欺罪。
 ジャマールはどうやってクイズの解答を知り得たのか?

 この作品。今日の僕と同じ感動を味わいたいなら、「何があっても観に行く」と決めて、劇場公開までの間、本作に関する一切の情報をシャットアウトして下さい。本作を観るために必要な情報は、僕が上記に書いたこと以外に何もありません。
 なので(この先もネタバレは書きませんが)、原作を読んだ人とすでにいろんなことを知っちゃった人以外は、鑑賞後にお越し頂くのがいいかと思います。

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ハイスクール・ミュージカル [2009年 ベスト20]

ハイスクール・ミュージカル」(2006年・アメリカ) 監督:ケニー・オルテガ

 2006年にディズニーチャンネルで放送されるや大人気を博し、世界100ヶ国以上で放送され、オリジナル・サウンドトラックは全米アルバム売上No.1を獲得。DVDもバカ売れしていると聞いてはいたけれど、「所詮テレビじゃん!」と相手にせずにいたら、あれま映画になると聞き、「じゃあいちおー観といてやるか」とアシスタントに借りに行かせたDVDを観たら最後、クライマックスのダンスシーンでちょい泣き。うひー、カッコわりー(笑)。

 ぶっちゃけ純粋に面白かった。
 僕が今日までコレを観なかった理由は、「高校が舞台」と聞いて、ちょっとチープなイメージを持ったからだと思います。ミュージカル映画と言えば「オペラ座の怪人」や「ドリームガールズ」、あるいは「シカゴ」のようなゴージャスな世界観を知らず知らずのうちに期待していたんでしょう。
 でも本作がヒットした最大の理由は、まずこの「ハイスクール」という設定にあったと思います。
 なんと言っても舞台設定が身近だからハードルが低い。つまりとっつき易い。そんな身近な舞台で繰り広げられるテーマはもちろん、誰もが身に覚えのある恋と友情。そしてそのはざまで揺れるのが主人公。とりまく登場人物たちもお約束のキャラクター満載で、とにかく何もかもがベタ。
 ベタ過ぎて感動するのです(笑)。
 キャラクターとして一番効いていたのは、意地悪な美人生徒シャーペイ(アシュリー・ティスデール)。ブロンドでスタイルが良くて歌が上手くて、それを自覚してひけらかすカン違いタイプ。やっぱり映画は“敵役”が魅力的じゃなきゃ面白くないのです。
 個人的には演劇部で作曲を手がけるケーシーが好み。“アヒルくちびる”が妙に可愛かった(笑)。

 本作で一番ベタなのは「ミュージカル的ハッピーエンド」であること。
 実はミュージカル映画は「敵も味方も無く最後はみんなでハッピーに歌って踊ろー!」じゃないとヒットしません。
 データを見てみましょう。
 今日現在のBox Office Mojoによると、歴代興行成績ランキングから実写ミュージカルを抜粋すると次のようになっています。
 
  98位 グリース            ($188,389,888) ※再上映含む
 136位 シカゴ              ($170,687,518)
 152位 サウンド・オブ・ミュージック ($158,671,368)
 186位 マンマ・ミーア!        ($144,130,063)
 292位 ヘアスプレー          ($118,871,849)
 371位 ドリームガールズ       ($103,365,959)

 ベスト100にミュージカル作品が1本しか入ってないのはちょっとした驚きですが、それはさておき。
 僕は「サウンド・オブ・ミュージック」を観たことがないので(今年中に観ます!)これについては分かりませんが、他はいずれもお気楽ハッピーエンド。かたやアンハッピーエンドミュージカルの代表選手「オペラ座の怪人」は驚くなかれランキング1014位($51,268,815)なのです。
 
 クライマックス。
 僕はここでもうひとつヒットの要因を見つけました。それは分かり易いグループダンスを披露していること。これを観て踊りたくなった子供たちは沢山いたと思う。僕はマイケル・ジャクソンの「スリラー」を思い出しました。あの時代、みんなどこかで「スリラー」を踊ってたもんなあ。
 
 ヘタな先入観を持たず、気楽に観れば、間違いなく楽しめる一篇です。
 続編も観よう(笑)。

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ぼくの大切なともだち [2009年 ベスト20]

ぼくの大切なともだち」(2006年・フランス) 監督・脚本:パトリス・ルコント

 映画通には「パトリス・ルコントの新作」として、そうでない人には「友情をテーマにした素朴な映画」とまず紹介しておいて、続けて「佳作」と付け加えたい。

 何と言っても観易い。
 美術商としては成功した部類に入るフランソワ(ダニエル・オートゥイユ)は、ある日仕事上のパートナーから「あなたには親友と呼べる人はいない」と断言される。フランソワは言下に否定するが確かに思い当たる相手はいない。やがて彼は“親友探し”を始めることになる…。
 目的はただひとつ。フランソワは親友を見つけることが出来るのか、だ。軸にブレがないから観易い。それでいて思いがけない仕掛けが用意されているから飽きない。映画の在り方としては完璧だ。

 ルコントの脚本にまずは脱帽。
 たとえば「友情」をテーマに脚本を依頼されて、このホンは書けない。
 滑稽で、非情で、突拍子もないけれど今風。そして暖かい。
 誰もが想像する筋書きを行きながら、些細な伏線だけで観客の期待を心地よく裏切る。
 クライマックスの「やりとり」には若干の不満がないわけじゃないが、それも黙視できる程度。
 登場人物の設定も巧い。
 中でもフランソワのビジネスパートナー、カトリーヌ(ジュリー・ガイエ)の設定が秀逸。彼女に言わせた台詞のすべてが、この作品のクオリティを高めていると言っても過言ではない。
 …いやあ、ネタバレさせずに褒めるのは本当に難しい(笑)。 

 ダニエル・オートゥイユの演技も見事。
 自己顕示欲が強く、他人に興味を持たない“サイテーな中年”を実に自然に、嫌味たらしく演じている。感動的なのは「あるいは裏切りという名の犬」のイメージが欠片も無いこと。まさに「perfect!」
 フランソワの“親友探し”を手伝うタクシー運転手のブリュノ(ダニー・ブーン)も巧かった。彼が表情だけで見せる演技は間違いなく見ものだ。

 この作品、観ながらすべての人が「自分にとっての本当の親友は誰だ?」と考える。
 上映時間96分の間に、その答えが見つかれば、あなた自身はハッピーエンド。
 では本編は?
 ぜひその目で確認して欲しい。


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胡同(フートン)の理髪師 [2009年 ベスト20]

胡同の理髪師」(2006年・中国) 監督:ハスチョロー 脚本:ラン・ピン

 オリンピックを控えた北京の胡同で理髪師として生きる老人の“黄昏”を描いた秀作。

 実に淡々としてます。カメラワークも編集も。だから観客は胡同を訪ねた旅人の気分になるかも知れません。アナタはそこで偶然出逢った理髪師のチンおじいさんに強く惹かれ、そして旅の足を止め、しばらくチンおじいさんの日常を観察することになるでしょう。なぜならチンおじいさんが驚くほど“達観”しているから。そして何事にもうろたえることなく、自分を見失うことも、他人に左右されることもない凛とした生き方を目の当たりにして、アナタは自分の未熟さを知り、愕然とするのです。

 とにかく主人公を演じたアマチュア俳優、チン・クイさんの存在感が圧倒的です。
 カメラを前にして全く動じないその演技は、時折ドキュメンタリーかと錯覚するほどリアル。一挙手一投足すべてに落ち着きがあり、目線も安定していて、文字通り演技であることを忘れさせてくれます。
 設定として秀逸なのはチンおじいさんの“美意識”。ジャンパーのポケットには常に櫛が入っていて時折髪を直す姿がかなり印象的で、これはいくつになっても社会との関わりを持つことの大切さをアピールしていたと思います。
 
 そんなチンおじいさんの日常を眺めていると、こんなことに気付きます。
 
「人間、欲さえ捨てれば、地球上すべての争いは無くなるんじゃないか?」
 もちろんそんな世界になることなどありません。ヒトラーが遺した「欲望は膨張する」という言葉通り、人間の欲には際限がないのです。それどころか欲こそが人間の生きがいになっているといっても過言ではありません。しかし僕は「一度手に入れたものを失う怖さ」が人間をズルくし、「一度は手に入れたいと願う欲望」が人間を危うくしているんじゃないかと思いました。
 “物欲番長”の僕はすべてにおいて反省することばかりです。
 そんな煩悩の塊である僕に、チンおじいさんの言葉は金言ばかりでした。中でもこれ。
 「人間というものは、偉そうにしてたらダメだね。寛大になって他人を受け入れるべきなんだ。張り合ってばかりいないで」
 若い頃に聞いても何も感じなかった言葉が、人生を折り返して聞くと身に染みます。
 そして、もっともっと老人の言葉に耳を傾けるべきだと思いました。

 映画としても実によく構成されていました。
 特に後半、大きく2度、映画の文法を逆手に取ったミスリードが絶品でした。「猟奇的な彼女」の中でクァク・ジョエンが使った手法よりも巧かったと思います。
 人生を折り返したすべての人にオススメ。

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