殺人の追憶 [2004年 ベスト20]
2004年に僕が観た映画は191本。その中のベストワンがこの作品です。
また、韓国における2003年度の観客動員数ナンバー1で、韓国アカデミー賞【大鐘賞】の作品賞、主演男優賞、監督賞、照明賞を受賞した作品でもあります。
この「殺人の追憶」は実在した未解決連続殺人事件を題材にした作品で、我々観客は「未だ犯人が捕まっていない」という決定的な結末を知った上で観ることになる。
同じ韓国映画の「チャンピオン」をふと思い出す。
実在した伝説のボクサーを主役に据えたボクシング映画の傑作。この作品を観たときに僕は実話をベースにした映画で一番大切なことは、“誰もが知る「結末」へ、その「事実」はいかにして行き着いたのか”その「プロセス」こそが最大の見どころだと確信した。
この作品でそのプロセスは骨太の刑事ドラマとして見事に描かれている。被害者の無念さを思い切って一切排除した脚本が素晴らしい。
これまで僕が見てきた刑事モノと比較しても、ベスト3に入る作品だと思う。けれど僕が一番驚き、感動したのはラストシーンだった。
先に書いた通り、このドラマには「現段階で犯人は捕まっていない」という事実がある。事件は“終わっていない”のだけれど、映画には終わりがある。
この手の作品の場合、「犯人はあなたの隣にいるかもしれない」とか、「時効成立まであと○年」といったテロップを入れて終わるケースが多々ある。この手法は極めてドキュメンタリー的で、映画の結末としては安全パイでもある。
ところが。
ポン・ジュノ監督はまったく意外な方法でもってエンドマークを出した。僕はそこに驚いた。衝撃だった。
未だこの映画を観ていない人のために言おう。
「このエンディングを観るためだけに131分を費やす価値がある」
日本映画は韓国に確実に負けている。悔しいけれど事実だし、この作品を越える映画は当分日本では生まれないだろう。完敗。
子供には刺激が強くて勧められないが、すべての大人に薦める傑作です。
私にも妻がいたらいいのに [2004年 ベスト20]
「ペパーミントキャンディー」、「シルミド」のソル・ギョング主演作。
日本の評論家は「ただの平凡な映画」とこき下ろし、劇場公開もされなかった作品なんだけど、僕はこの映画すごく好きです。
そもそも恋愛が始まるときってドラマほど劇的じゃないし、そういう意味でこの作品は「リアルな恋愛模様」を描いているところがいいんです。そこが平凡で面白くないと評される要因なんだけど、そんな批評をする人たちはきっと「月9」のことをフツーに面白がっている人たちだと思うな。
もちろんこの作品は過剰なバカドラマじゃないから、激しい曲のイントロもスタートしないし、主役のはっ!とした顔がアップになって、あわててドアから飛び出しもしない(笑)。どちらかというと動きは少なくて、リアクションも小さい。その普通さ加減が絶妙なんです。
まだまだ純粋な恋愛に憧れているすべての人に僕はこの映画をオススメしたいと思います。
地味だからこそ面白い一本。
恋愛適齢期 [2004年 ベスト20]
「恋愛適齢期」(2003年・アメリカ)
パートナーのいない壮年の男女。演じるのはジャック・ニコルソンとダイアン・キートン。
アカデミー賞俳優2人の演技はまったく文句なし。スタンディングオベーションしたくなる。
そしてキアヌ・リーブス。唯一設定に無理があるかも?と思わせるエリカ(ダイアン・キートン)との関係を彼の演技が自然に見せています。キアヌ自身がちょっとヘンな人ってキャラで有名だから、そこが功を奏したとも言えますが(笑)。
脚本。シークエンスとダイアローグ、とにかくすべてが素晴らしい。ついでにアカデミー賞俳優を2人とも裸にしてみせた監督の腕(というか口の巧さというか)も見事。
あまり具体的に書くとネタバレになっちゃうので控えますが、ラブコメを何年も見続けてきたいい大人が観るに耐えうるストーリーで、しかもいい大人になってから見ないと理解できないユーモアとペーソスに溢れた作品です。コメディとしては「フリ落ち」の甘いところもあるんだけど、ジャックが演じているから全然許せる。この作品に関しては何の不満もありません。
でもはたと気がついた。
少なくとも今の僕は涙もろい中年で、おまけにパートナーもいない。そんなタイミングだったから面白く観られたんだろうか?身につまされるところも多々あったしね。
幸せな結婚をしている人はどう思うんだろう???誰か教えて下さいね(笑)
活きる [2004年 ベスト20]
「活きる」(1994年・中国) 監督:チャン・イーモウ
「初恋のきた道」「あの子を探して」の監督が94年に制作し、永らく日本未公開だった作品。
1940年代から60年代にかけて動乱の中国で生き抜いてきたひとつの家族の物語で、テーマは単純。「どんなに辛くても、生きていればきっといいことがある」。
この単純なテーマを劇的にするため登場人物の設定はきちんと練り込まれていて、またフィクションならではの突飛なエピソードではなく必然性を感じる「悲劇のエピソード」のみが実にバランスよく、そしてタイミングよく配置されています。
さらに、この作品で一番すごいと思わせるのは父親役のグォ・ヨウの演技。
波乱万丈の人生を歩んだ者の顔に刻まれる「年輪」を見事に全身で表現をしていて、後半の20分は圧巻。
コン・リーも悪くない。設定年齢が高くなるほどに当初持っていた芯の強さが薄れて行き、ただの年老いた女になっていく。その演じ分け方は見事です。
僕がチャン・イーモウを好きな理由は「必要以上の波風を立てない」作品を撮る人であること。そして家族の団欒といった何気ないシーンを実に温かく撮れるところ。この2点は本当に素晴らしいと思います。
カメラマン出身だけにカット割りも巧い。音楽のあて方も巧い。子供の演技指導も巧い。とにかく、過去に見てきたチャン・イーモウ作品の中で僕はこれがベストワン。文句なし(ホントはちょっとあり)の傑作です。
余談ですが、50年代の娘役を演じたチャン・ルーが驚くほど可愛らしい。この映画が公開されて10年。この子はその後どうしているのか、とても気になりました(笑)。
8Mile [2004年 ベスト20]
僕自身はヒップホップにまったく興味がないので劇場では観なかったのだけれど、仕事の関係で観てみたらビックリ。とてもよく出来た作品だと思う。僕があと20歳若くてヒップホップに興味があったらこの映画は絶賛していたかも知れない。それくらいの出来栄え。
僕の時代で言うなら1979年にウォルター・ヒルが監督した「ウォリアーズ」と雰囲気が似ている。似ているといっても内容の話じゃない、映画としての必然性という意味だ。「ウォリアーズ」も「8mile」も世に出る必要があったのだ。
エミネムは映画初出演と思えないほど素晴らしい演技を見せている。ただ唯一の難点は、脇役の人物設定が甘いこと。それぞれ存在理由が明確でないために、ドラマとしての厚みはなく、一歩間違えばアイドル映画と言われかねない。それでも僕がこの映画をイイというのは、2002年この映画は「確実に求められていた」からだ。
北京ヴァイオリン [2004年 ベスト20]
僕にとっては想像を少しだけ超えたストーリーと、チェン・カイコーのツボを押さえた演出にハマってエンディングでは泣きました。しかもそのエンディングが「万人の納得する着地点」だからこそ、安心して泣けるんだと思う。
主人公チェンを演じたタン・ユンは正真正銘のヴァイオリン弾きだけあって立ち振る舞いが本物で、かつユニセックスな存在感がイイ。
その父親を演じたリウ・ペイチーは、いかにも中国の田舎オヤジ然としていて、その何もかもがドラマにリアリティを与えている。
監督自身も重要な役で出演し、監督の妻もかなり美味しい役で(ついでにかなりの美貌の持ち主だ。そして若い)出演しているのはご愛嬌。
音楽を愛するすべての人に見てもらいたい名作です。ストーリーをすべて知った上でもう一度観ても充分楽しめる作品でしょう。
イン・アメリカ/三つの小さな願いごと [2004年 ベスト20]
「イン・アメリカ/三つの小さな願いごと」(2002年・アイルランド/イギリス)
アイルランドから夢を求めてニューヨークへやってきた家族の物語。
もちろんただの家族じゃありませんよ(笑)。俳優を目指す父。元教員で、でもニューヨークでは就職口がなくアイスクリーム店に勤める母。ビデオカメラが好きな姉と、E.Tが大好きな妹。そして亡くなった末の弟。
家族の夢と忘れられない過去の間で揺れ動くそれぞれの想いが長女の目線で綴られていく、実に暖かいドラマです。
ニューヨークに行ったことのある人なら、この家族と同じ「移民」の目で映画を観ることが出来ると思う。そのワクワク感を冒頭で感じることが出来たら完全にハマります。
ニューヨークに行ったことがない人は、幼い姉妹を演じた2人にノックダウンされるでしょう。姉も妹も、とてつもない存在感で、信じられないくらい見事な演技を見せます。
さらに言うなら、この作品がジム・シェリダン監督の極めて私的なストーリーであることを知っていれば、もっと素直に観てられる。しかも脚本を書いたのは監督の2人の娘。すべてが事実ではないにしても、すべてがフィクションではない安心感もここでは大きい。
実際のエピソードをベースにして書いた脚本だけに、こだわりすぎた部分(夜店のゲームでE.T人形をゲットするところ)もあるけれど崩壊しそうなほど不安定だった家族が、再びひとつになる過程を、静かに、ドラマティックに描いていて、心に響く一本です。
そして、これから観る人にひとつだけアドバイス。
「願い事には願っていいことといけないことがある。弟のフランキーはそう言ってた。そして願い事は3つだけ、と。」
映画の冒頭、このセリフを聞き逃すとアウトです(笑)。
チャンピオン [2004年 ベスト20]
傑作「友へ チング」の監督クァク・キョンテクが、韓国に実在した伝説のボクサー「キム・ドゥック」の生涯を描いた力作。
ボクシング映画で真っ先に思い浮かべるのは「ロッキー」、そして「レイジング・ブル」なんだけど、少なくともこの2本よりも面白いと僕は思う。僕がアジア人だから?韓国映画マニアだから?それはわからないけどね。多分違うと思う。
実話に基づいた映画はストーリーの重みが違います。でも一長一短はある。
誰もが結末を知っているからエンディングの作り方が難しい。
つまりノンフィクション映画で大切なことは結果ではなくてプロセスだと言うことですね。「チャンピオン」はこのバランスが絶妙なんだと思います。ノンフィクション映画のお手本と言えるかも知れない。
他には、主演のユ・オソンのボディが見事。演技もすばらしい(「友よ チング」も絶対に見るべき作品です)。
300人のオーディンションから選ばれて、本作でデビューを飾ったチェ・ミンソも地味なのに華があっていい。10年前の中山美穂にも似ているけど。
そして音楽。これまで観てきた韓国映画の中では1、2を争う出来の良さ。メインテーマだけでなく、途中に挿入される楽曲もメリハリがあっていい。
素材がボクシングだけに、女性にどこまで受け入れられるかは疑問だけど、男性にはオススメです。ある意味「あしたのジョー」なので。
また韓国映画の底力も思い知らされる1本です。
A [2004年 ベスト20]
「A」(1997年・日本) 監督・撮影・編集:森達也
オウム真理教の「中」にカメラを入れて回し続けたドキュメンタリー。
タイトルの「A」は荒木広報副部長のイニシャル。ドキュメンタリーの主役は彼だ。
一連のオウム報道をイヤと言うほど見てきた僕たちにとってこの作品は「衝撃」の一言。
僕たちはオウム真理教という団体を、地下鉄サリン事件をはじめとした凶悪犯罪を巻き起こしたカルト集団だと認識している。
実際マスコミもそう報道してきた。しかし目線を変えてオウムの中から一連の騒動を見てみると、まったく違ったものに見えてくる。ここが最大の驚きだ。
例えば、オウム信者と警察とのやりとり。
路上で職務質問を受けた信者が「名前を名乗らなくてはいけない理由は何か?」と逆に質問を投げるシーンでは、観ている自分が「オウム信者の味方」になっていることに気が付く。そして確実に「警察の暴力」に対して怒りを覚える。
マスコミの横暴さにも辟易する。テレビマンとしては辱めを受けているような気分で観ることにもなる。
挿入歌だけはまったくいただけないが、圧倒的におもしろいドキュメンタリー映画だ。
マスコミに関わる人間は必見。これを観ずして報道を語る無かれ。
たそがれ清兵衛 [2004年 ベスト20]
まず、「どうしてこの作品がアカデミー賞を逃したか?」。
多分、最近僕が中国映画を何本か観て思ったこととまったく同じことがアカデミー会員の気持ちの中にあったと思う。それは「ニッポンって国は相変わらず判らない国だな」ってこと。
僕がたまに思っていたのもそれで、「中国って理解しにくい国だなあ」と思った瞬間から、その作品には入り込めなくなるんだよね。
「たそがれ清兵衛」の場合は、日本人の「わびさび」を理解しないとサッパリ感情移入できない映画で、そこに日本人の「美徳」がいくつも隠れているんだけど、そもそも外国人向けに作った映画じゃないから、当然外国人には理解しがたい。日本人の僕たちが西部劇の世界を100%理解できないのと同じことなんです。
当然、「果し合い」(上司の命令によって他人と剣を合わせる)における「しきたり」も、おそらく理解には及ばないだろう。
アカデミー外国語映画賞に求められる要素は「普遍的なテーマ」か「ドキュメント性」または「史実的」なものという傾向が強い。「たそがれ清兵衛」はナレーターを配した演出法をとり、完全な「物語」としてしまったところも、賞を逃した一因かと思う。
ただし、日本人向けの日本映画としては秀逸。
時代劇を初めて撮ったとは思えない演出に何度か驚き(廃屋での果し合いのとあるシーンは息を呑む素晴らしさだ)真田広之の役作りにも感嘆する。
また、果し合いに向かう清兵衛が朋江(宮沢りえ)に想いを打ち明けるシーンでは山田洋次監督の演出に驚く。誰もがその表情を見たいと思う芝居を、2人の背中だけで見せるのだ。ここにこそ「わびさび」の全てがある。しかも宮沢りえの背中の芝居が抜群にいい。
「ラストサムライ」を観たときに、小雪を見るトム・クルーズの目線が許せなかった。
清兵衛は朋江の顔をまともに見られずにいた。時代劇はやはりその国の監督が撮るべきだ、と思いを新たにしました。