八月のクリスマス [2006年 レビュー]
「八月のクリスマス」(1998年・韓国) 監督・脚本:ホ・ジノ 脚本:オ・スンウク、シン・ドンファン
韓流ブーム夜明け前。
改めて観てみるとこの頃は韓国映画界が“ヘタな欲”をかいていなかったことが分かる。
客に媚びるでなく、海外マーケットを意識するわけでもなく、映画を愛する作り手たちが素直に良いと思った脚本を実に丁寧に、かつ効率よく撮った感がある。
シンプル・イズ・ベスト。
欲にまみれた映画とそうでないものの違いは確実に観客に伝わるのだ(翌年、主演の2人が再び共演する「カル」と比べると良く分かる)。だからこの作品は高く評価されたのだと思う。
ストーリーもシンプル。
「余命幾許もない青年の最期の恋の物語」
これ以上の説明は何も要らない。
そもそも人の記憶なんてあやふやなものだ。どんなに感動した映画でも時が経ってその内容を説明しようとすると言葉に詰まるときがある。だからシンプルな映画ほど人の心に残るのだろう。
ストーリーと感動の記憶が対になる映画。これこそが名作となる条件かもしれない。
写真店を営む主人公のジョンウォン(ハン・ソッキュ)は寡黙な青年という設定である。そのため余計な台詞がほとんどなく、初見の観客の中には物足りなさを覚える人もいるだろう。しかし回を重ねて観てみると、無言で佇むジョンウォンの心の声を必死で聞こうとしている自分がいることに気付く。“映画の行間を読む面白さ”とはこういうことだ。結末を知って尚見せる力を持っていることも名作の条件と言えるだろう。これは充分な間をとった編集とハン・ソッキュの演技力の賜物でもある。
この作品に限らず不朽の恋愛映画を語るとき、主演女優の評価は避けて通れない。
「カサブランカ」のイングリット・バーグマン、「小さな恋のメロディ」のトレイシー・ハイド、「ある愛の詩」のアリ・マッグロー、「男と女」のアヌーク・エーメ、「初恋のきた道」のチャン・ツィイー。挙げればきりがないが、いかようにも成り得る恋愛映画というパズルを見事完成させるため、欠くことのできない唯一にして最大のピースは、その形を決定的なものにする主演女優の存在である。
交通警官のタリムを演じたシム・ウナ。
この作品はホ・ジノの頭の中でのみ存在していた漠としたイメージが、シム・ウナの存在によって輪郭が明らかになり、やがて人の目にも触れられる実体のあるものになったのだ。
この作品におけるシム・ウナの功績はあまりにも大きい。僕はこの先何年経っても、愛らしい彼女の表情を(特に台詞のないシーンでの彼女を)決して忘れないだろう。
個人的に大好きなのは、この映画の中に風が吹いているところだ。
ジョンウォンとタリムが生活する街の息吹を感じるシーン。映画を観ながら思わず深呼吸してしまうような安心感がなんとも言えず心地良い。
シンプルな映画は作り手の五感がすべてだ。このバランス感覚は僕も失いたくないと思った。
ふと仕事に疲れて何もしたくなくなったときにぜひ。
この作品の空気感はなんとも言えず良いですよね、
シム・ウナの美しさも忘れられません、
by 魚河岸おじさん (2006-02-11 15:08)
韓国映画に欠かせない雨のシーンもちゃんとあって、それがまた普通の雨の
シーンなんですよね。作られた雨のシーン(もちろん降らせてるだろうけど)じゃ
ないところに共感を覚えます。シム・ウナは最高です。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-02-13 13:37)