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老人と海 [2009年 レビュー]

老人と海」(1958年・アメリカ) 監督:ジョン・スタージェス 脚本:ピーター・ヴィアテル

 ヘミングウェイの原作は未読。と、書くのも若干恥ずかしいくらい有名なタイトルを初めて観てみる。50年以上前の映画だけに何も期待はしていなかったけれど、基本ナレーション押しというオーソドックスな作りにまずは驚き、さらに原作未読に救われて後半の意外な展開に驚き、思いのほか愉しめた。

 知らない人は多分いないと思うけど、これはカジキに挑む年老いた漁師の物語だ。
 「挑む」と言えば聞こえはいいが、実際は一月以上もカジキを上げることが出来ず、老人は食事にも困るほど貧乏な暮らしをしている。その生活を微力ながら支えるのが、老人を慕う一人の少年。以前は老人と共に海に出ていたが、あまりに水揚げが少ないため、別の漁師を手伝うよう両親に言われ、今は老人を陰ながら応援している、という設定だ。

 本編は87分。うち約70分は海の上での描写に費やされていたように思う。
 「一月以上も釣れない漁師」という設定から、結果的には必ず「釣れる」のだろうと思って観ていた。そして案の定、老人はかなりの大物を仕留めるのだが、この先の展開が原作未読の僕には意外中の意外で、とても興味深かった。原作が評価されるのはこの展開だからこそだろう。
 50年前の作品にネタバレも何もないと思うので、「釣れたあと」を明かしてしまう。
 あまりの大物が釣れたばかりに老人はカジキを船に揚げることが出来ず、船に縛り付けて帰港することになるが、その途中で飢えたサメの大群に襲われてしまう。老人は懸命にサメを追い払うが、苦労の甲斐なく港に辿り着いたとき、巨大なカジキは頭と骨しか残していなかった。
 意外な展開はさらに続く。
 帰港した老人に労いの声をかける者はなく、唯一老人を慕う少年だけが「もう一度一緒に行こう」と励ますだけだけで、映画はまもなく「尻すぼみ」と言っても言い過ぎではない終わり方をする。フィルムの半分以上を費やした老人とカジキの対決も、見ていない村人には関係ない、と言わんばかり。具体的なメッセージがあるわけでなし、観客はヘミングウェイの投げたボールをどう受け止めるか、自分で決めなければならない。
 
 僕は老人に「人間の無力さ」を見た。
 異常に発達した大脳のおかげで、肉体の進化を止めてしまったヒトは、素手のままでは多くの動物に力で劣る。確かにカジキは仕留めることが出来た。しかしサメの前では無力だった。仮にヒトがヒトのまま生態系の中に放り込まれたら、一体どの位置にいるのかを垣間見たように思う。苦労をして獲物を捕らえても、さらなる強者にそれを奪われる弱者。そしてヒトは百獣の王に憧れるのだ。僕は老人の見るライオンの夢をそう解釈した。
 気になるのは原作の文体。ヘミングウェイはどんな言葉でこの物語を紡いだのか。原作を読むと解釈もまた微妙に変わるだろうか。

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コメント 7

satoco

小学校の時、父からこの原作小説の存在を知らされると同時にオチまで全部聞かされました。それ以来どうにもやりきれなく思えて読めずに来たのですが..このレビューを読んで、やっと本を読んでみる気になれました。
by satoco (2009-10-11 16:00) 

ken

将来に夢も希望もある子どもがこの原作を読んだらどうなっていたのでしょう。
ちょっと気になります。それにしてもsatocoさんのお父様は何を思って、
すべてをお話したのでしょうね?w
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-10-11 19:08) 

ばくはつごろう

すでに読まれたかも知れませんが、原作は無駄な描写が
一切無いんですよ。

徹底して心理描写を省いた結果、
ただ黙々と食事をしているシーンを描いても、
それが結果として焦りの描写になっていたりと、
ハードボイルドな文体のルーツですわ。
by ばくはつごろう (2009-10-11 20:10) 

ken

なるほど、そうでしたか。その味は映画にも出ていたかも知れません。
読んでみようっと。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-10-11 20:49) 

あきこ黒澤

自然を前にして、人間って ほんとに無力ですね。
進化を止め、退化を加速し、あらゆる蛮行を繰り返す人間の愚かさ・
罪深さ・・・・弱いゆえの “犯行” とはいえ、悲しいことです。
「老人と海」は、かつて稀代の正義漢・熱血漢だったヘミングウェイの、
人間への絶望、深い諦観・厭世観が垣間見える作品ですね。 
「気になるのは原作の文体。ヘミングウェイは、どんな言葉で物語を
紡いだのか? 原作を読むと解釈も変わるだろうか」 とのことですが、
ぜひぜひ 原作もお読み下さいませ。 (原著のほうも ぜひ!)
生意気な言い方になりますが、“元祖ヘタウマ”的シンプルさ という
べき、ムダを削ぎ落とした見事な英語で書かれてますよ。
日本でも、椎名誠 「岳物語」 などを読むと、ヘミングウェイの影響を
強く感じさせるような そんな文体で書かれていて、思わず最後まで
読んでしまいました(^^)
by あきこ黒澤 (2009-10-22 13:49) 

あきこ黒澤

【追記】
(ちょっと迷いましたが) これだけの内容にふさわしくない誤りが
1ヵ所あるように思われましたので、(生意気ついでに) ご指摘
申し上げます。 2行目です。
(誤)「戦前の映画だけに」 → (正)「50年前の映画だけに」
※この映画は、戦後13年たって製作されました。
(読後は、すぐに削除してくださいませ)。
by あきこ黒澤 (2009-10-22 13:57) 

ken

あきこ黒澤さん。ご指摘ありがとうございます。
凡ミス訂正させていただきました。
さて原作について。
実は僕は椎名誠のファンでありまして、
「岳物語」も大好きな作品のひとつです。
なるほど彼の文体はヘミングウェイの影響を受けているのかも知れないのですね。
なんとなくヘミングウェイの文章が分かったような気がします。

by ken (2009-10-24 04:30) 

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