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アレグリア2 ~あるいは、ほのかに暖かい晩秋の記憶~ [ショウより素敵な商売はない]

 「アレグリア」という単語は知っていた。
 けれどそれを観に行こうと思ったことは一度も無かった。
 そもそも僕の周りに「行ったほうがいい」とか「観ないと損する」なんて言う人が一人もいなかったし、一体何を見せてくれるショウなのかも知らない僕が、アレグリアに対して興味を抱くはずもなかった。だから、ときどきどこかで目にしたり耳にするアレグリアとは、僕の視界の外でいつの間にか始まって、いつの間にか終わるイベントのはずだった。

 11月に誕生日を迎える近しい人がいた。その人は僕がとてもお世話になった人なので、誕生日には何か贈り物をしようと考えていた。
 誕生日のプレゼントを考える作業はクリエイティブな仕事に似ている。自分なりにベストな選択(いい仕事)をしたと思っても、それが相手(クライアント)の心を打つかどうかは、フタを開けてみるまで分からない。
 ある日、僕はふと「モノより思い出」という某自動車メーカーのCMを思い出した。それはいい加減悩み過ぎて何も選べなくなっていた僕にとってホームラン級のひらめきだった。
 「そうだ。モノより思い出がいい」
 僕はこの機会にミュージカルを観てもらおうと思った。
 その人は以前、「アニー」を観て以来ミュージカルに興味はあったのだけれど、以降観に行くチャンスがなかった、と言っていたのを思い出したからだ。
 今観てもらうなら「キャッツ」「ライオンキング」「オペラ座の怪人」のいずれかがいい。どれも素晴らしく完成度の高いミュージカルだ。
 ところがいざ探してみると
良席がなかった。
 困った。やむなくミュージカルは諦めることにした。
 さてどうすべきか。僕はその人と交わしたこれまでの会話を思い出してみた。
 「ワルツ・フォー・デビーってよく聴くんですよ」

 『Waltz for Debby』
 ジャズピアニスト、ビル・エバンスがスコット・ラファロ(B)、ポール・モチアン(Dr)とトリオを組み、1961年6月25日、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」で録音した畢生のライブアルバム。名盤中の名盤である。
 その人の口から「ワルツ・フォー・デビー」という言葉が出たとき僕は軽い目眩を覚えた。僕自身すごく好きなアルバムだったし、それ以上に僕より11歳も年下の女性がこのアルバムのタイトルを口にするなんて思いもしなかったからだ。だからその言葉は僕の頭の中で大きな塊となって残っていた。
 「久しぶりにジャズもいい」
 僕はブルーノート東京のスケジュールをチェックした。
 ちょうど17周年記念ライブの最中で、フュージョン界の大物ピアニスト、ジョー・サンプルとジョージ・デュークによる“ピアノデュオ”というライブが行われていた。アーティストのことは知らなかったけれど、ピアノデュオという編成が面白かった。「ワルツ・フォー・デビー」(あるいはビル・エバンス)が好きなら、ピアノライブはきっと楽しめるはずだ。と、思ったのも束の間、詳細を確認したら悲しい現実が明らかになった。公演はその人の誕生日の前日に終了し、翌日は休業になっていたのだ。うーん。誕生日の前日にライブを楽しむという方法もあったけれど、残念ながら僕のスケジュールがそれを許さなかった。

 なにかいいイベントがないものか。
 「モノより思い出」を諦めきれず僕は「ぴあ」を調べてみた。そこで見つけたのが「アレグリア2」だった。しかもその日は最終公演日だった。
 よりによってその人の誕生日が千秋楽。
 「これも巡り合わせかも」と思ったら俄然観てみたくなった。確認の意味でその人にメールをしたら「友達が見に行って感動したらしく、『是非行ってみて』と薦められていました」と返事が来た。
 よし。これは行くしかない。こうして11月最後の日曜日は「アレグリア2」を観ることになった。
 
 その日、最寄り駅の原宿は信じられないくらいの人出だった。
 「これみんなアレグリアに行く人じゃないですよね」とその人は笑った。きっと違うはずだった。日曜日の原宿は何がなくてもこれくらい混雑しているのだろう。そう思わせるくらい原宿の街は平然としていた。数年ぶりに原宿駅で下車した僕はあまりの人ごみにうんざりしていた。けれど「アレグリア2」に対する期待がそれを打ち消して行く。
 僕たちは駅から5分とかからない場所に特別に設(しつら)えられた白いテントを目指した。
 晩秋の代々木公園。空は青く高かった。僕はその人と並んで歩いているうち、気持ちが高揚していることに気がついた。いったい何に対する高揚感なのかは分からなかったけれど。
 会場に入る。もぎりを抜けた先で僕たちは白い紙包みを受け取った。
 「コレ、なんなんですかね?」
 「大入袋じゃないですか?」
 紙包みの表には「祝・全466公演 全国114万人動員!ありがとうございました」と書いてある。大入り袋だと思ったその袋は太目のボールペンが入っているような膨らみがあった。ふと袋の裏側を見ると「お客様へのお願い」と書いてある。僕は何事かと思った。

 「お客様も本日の最終公演フィナーレ演出にご参加下さい。
 2幕終了時、場内係員がライトスティックを割って振りますので、それに合わせて、ライトスティックを割り発光させて振ってください。
 注意事項。出演者はこの事を知りません。フィナーレまでの上演中は、どちらかにしまっておいて下さい」

 袋の中をのぞくと確かに12センチ程度のライトスティックが1本入っていた。
 「あー、これをこうやって振るんですね」
 ライトスティックをひらひらさせながら僕はその人に説明した。しながら、これだけで「アレグリア2」を観に来た甲斐があった、と思った。本当にフィナーレなんだ。
 ロビーで待っているとやがて会場への誘導アナウンスが流れた。僕たちは人の波に乗って簡易客席の階段を上がった。するとあっという間に会場全体が見渡せた。ほの暗い照明が舞台特有の妖しい雰囲気を醸し出している。
 「そうか」
 僕は合点がいった。今日ここで見せられるもの。それはきっと誰もが一度はイメージしたことのある「夢の中の夢」だ。空想の世界でのみ存在していた白日夢がアレグリアによって具現化されるのだ。
 着座してそんなことをぼんやり考えていたら、僕たちの目の前に大きなトランクを引きずったクラウンが立っていた。「いつの間に?」と思って時計を見る。開演時間にはまだ間があった。けれど僕たちは確実に「アレグリア2」という夢の中に引きずり込まれ始めていた。

 客観的に「アレグリア2」とはどういうショウなのか?と聞かれたら、僕は「動物を使わないサーカス」と答える。少しシニカルに表現するなら「洗練された見世物小屋」と言ってもいい。
 しかし実際にはそんな言葉で表現できるような世界ではない。観た者にしか解らない“言葉を超越した夢の世界”が“現実”に目の前で展開しているのだ。

 第1幕。
 ステージ上に仕掛けられたトランポリンを使い、猛スピードで10数名が舞う「スーパー・パワー・トラック」。新体操とジャグリングをミックスした「マニピュレーション」。ファイアーダンスのデュエット、その名も「ファイヤー・デュオ」が素晴らしい。
 演目の合間をつなぐクラウンの寸劇も文句なく楽しく、しかも1幕最後を飾るクラウンの「スノー・ストーム」は圧巻。劇場内がすさまじい吹雪に見舞われるのだ。原理は簡単だけど演出の発想に僕は驚いた。そして感動で涙が滲んだ。
 吹雪が収まると第1幕が終了。文字通りあっという間の1時間だった。
 僕はこの1時間、「おー!」と「えー!」と「うひょー!」しか言っていなかった。その人は「気がついたらずーっと口が開いてました」と僕に笑った。

 第2幕。
 平均台とトランポリンをミックスしたユニークかつアクロバティクな「ニュー・ロシアン・バー」。我が目を疑うほど柔軟な肉体で魅せる「ニュー・コントローション(デュオ)」。サーカスの華でもある空中ブランコ「スーパー・エアリアル・ハイパー」にまたしても口があんぐりする。
 アレグリア2のクオリティを語るとき、歌手(ホワイト・シンガー&ブラック・シンガー)と楽団のパフォーマンスも外せない。合わせて音響効果もバツグンの出来だった。
 ホワイト・シンガーがステージ中央で「♪アレグリア~」と耳に馴染んだ曲を歌う。これがフィナーレの合図だった。「え、もう?」と急激に寂しい気持ちに襲われる。
 舞台下でライトスティックを手にした係員が立ち上がった。僕はスーツの内ポケットにしまっておいたライトスティックを取り出し、両手で軽く折って発光させ曲に合わせて振り始めた。客席で“ミニ”ライトセーバーが揺れている。あまりの美しさに「キレイだなあ」と言葉が出た。
 やがてスタンディングオベーションになった。
 カーテンコールを2度繰り返す間、大勢の人たちが拍手をし続けた。僕自身こんなに長く強く拍手をしたのは初めてかも知れない。それくらい感動的なショウだったのだ。

 終了のアナウンスが流れ劇場が明るくなる。
 僕は夢から醒めてしまった。
 それはまるでクリスマスが終わって12月26日になってしまったような言いようのない寂しさだった。
 ところが、客席の照明が上がって確認できた「その人」の表情が、夢の中では味わうことの出来ない悦びを僕に与えてくれた。その人は満面の笑顔だった。僕にはその笑顔が現実を照らす暖かい灯りに見えた。
 「どんなに感動しても、人に薦められないのが残念ですね」
 とその人は呟いた。そう、「アレグリア2」は今日で終わったのだ。
 でも、近い将来「3」が始まったなら僕はすべての人に薦めるだろう。
 
 すっかり暗くなった代々木公園に白いテントが光っていた。
 お腹を空かせた僕たちはクルマを拾って原宿をあとにした。


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gutta

素晴らしい誕生日プレゼントですね。羨ましいです。
by gutta (2005-12-03 22:21) 

youko

もし、3があるなら
今度は私も行ってみたいと思います。
by youko (2005-12-04 09:01) 

カオリ

ワタシも観てみたい、と思い始めて10年以上、未だ観たことありません。
次の来日のときには、と思わせられる記事でした。
by カオリ (2005-12-04 21:29) 

ken

>ぐったさん
 誰かの誕生日をお祝いすることも久し振りだったので気合が入りました^^
 nice!ありがとうございます。

>youさん
 2があるなら3もある、と言う気がしています(笑)。そのときは是非。

>カオリさん
 え!アレグリアは10年前にやってたんですか?!知らんかった~。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2005-12-05 00:50) 

keiko-nari

曲が頭からはなれなくなるのは、私だけ~?
by keiko-nari (2005-12-05 01:02) 

ken

ワッキーのネタでこの歌を唄いながらやるネタがあるんだよね~。
ホンマもん見ながら、何度かワッキーの顔が浮かんだ。困る。
keikoさんも観たんですか? nice!サンキュ。
by ken (2005-12-05 01:19) 

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