狂った果実 [2007年 レビュー]
「狂った果実」(1956年・日本) 監督:中平康 原作・脚本:石原慎太郎
石原裕次郎の初主演作。
主役デビューすることになったいきさつは、石原慎太郎著の「弟」にやはり詳しい。
「太陽の季節」のヒットに気をよくした当時の日活は、まだ書いてもいない慎太郎の新作の映画化権を買い取るべく本人にアプローチした。そこで慎太郎は「弟を主演にするなら」という条件で映画化権を売ったのだという。
「狂った果実」は鎌倉の大邸宅に住む仲の良い兄弟が、やがて1人の女性を巡って対立する物語だ。「弟」に披露されたエピソードが面白いのでもう少し紹介しておこう。
兄の“夏久”役は日活と慎太郎の口約束どおり裕次郎で決まったが、弟の“春次”役がどうにも決まらない。
日活は裕次郎の知名度の無さを補うため、松竹の三国連太郎にオファーをしたが「年齢的に無理」と断られてしまう(実年齢で裕次郎の11歳上)。
そこで慎太郎は「どうせなら兄弟2人とも新人にしたら?」と日活に進言し、そうした手前慎太郎自身も弟役を探す羽目になる。
そんな折、銀座にあった日活ホテルで偶然見かけた少年に慎太郎は光明を見出す。調べてみたらその少年はなんと長門裕之の弟だった。日活の働きかけにより少年は春次役で映画に出演することになり、芸名を付けてくれと頼まれた慎太郎が「津川雅彦」と命名した。
映画を観ていると戦後わずか10年にして若者のブルジョアぶりに苛立ちを覚えなくも無い。
しかし「太陽の季節」が裕次郎の放蕩生活をモデルにした私小説だったのに対し、「狂った果実」は完全なるフィクションであり、慎太郎の伸びやかな発想と文学的センスが結実した、とても興味深い作品に仕上がっていると思う。当時は眩いばかりの裕次郎よりも津川雅彦の冷ややかな目線を記憶に留めて劇場をあとにした観客も多くいたことだろう。
またオープニングが暗示する作品の行方。このアイディアが慎太郎のものなのか監督のものなのかは分からないが、なかなかのセンスだと思う。
楽しいのは意外と遊び心に溢れた映画であること。
春次のセリフの中に「兄貴たちみたいなのを太陽族って言うんだぜ」と入れてみたり、長門裕之と石原慎太郎がそれぞれ相手を名乗ってカメオ出演したり、一番笑ったのが兄弟の所有するモーターボートの名前が「SUN-SEASON」となっていたことだ。
戦後10年を経て自由に映画を作れるようになった日々を楽しむスタッフの笑顔が見えるようだ。
慎太郎と裕次郎。それぞれの才能が見事に結実した1本。
この監督さんは、加賀まりこの「月曜日のユカ」も撮った方ですね。作品は見ていませんが、お嬢さんが作家になって、お父様のことを書かれているのを読みました。 そのイメージからすると、>遊び心、と言うのがとてもすんなりわかる気がします。 明るく豪放に見せながら、実はものすごく繊細な監督さんだった気がしました。いつか見たいと思っています。
by Sho (2007-08-17 21:48)
なるほど、そんな本があるんですね。
石原慎太郎氏も、才能はあったが埋もれていた、という表現をしていました。
by ken (2007-08-18 14:41)