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いつか眠りにつく前に [2008年 レビュー]

いつか眠りにつく前に」(2007年・アメリカ/ドイツ) 監督:ラホス・コルタイ

 「ゆる会」のお題に選んだ映画は、タイトルから想像できる通りミドルエイジ向けの作品だった。
 そこには人生を折り返した人間でなければ分からない、後悔と無念が横たわっていた。

 本編は設定もエピソードも特殊ではあるけれど、テーマは極めて普遍的です。
 映画のあとの飲み会で、魚河岸おじさんが皆に聞いたこの質問が、その証でしょう。
 「墓場まで持っていかなきゃいけない秘密ってあります?」
 恋愛のことで、と限定はしなかったけれど、この映画を観れば誰もがそのことだと思う。
 僕は「ある」と答えながら桑田佳祐の「祭りのあと」のワンフレーズを思い出した。

 「底なしの海に 沈めた愛もある」

 しかしこの映画は、深く沈めたはずの記憶が、死の床で蘇る物語だ。
 映画会社もこんなキャッチコピーを打った。
 「あなたが最期に呼ぶのは、誰の名前ですか?」
 このコピーを見て、僕はある人のことを思い出した。

 今から17年前。
 当時僕が所属していた会社に、Kという人物が副社長として入って来た。
 Kさんは大手化粧品メーカーのクリエイティブディレクターを永年務めた人で、上から「そろそろ現場を離れたら?」と言われたのをきっかけに退職し、僕がいた会社にやって来ることになった。
 年齢は60歳に近かったが、この人がとにかく女性にモテた。
 社長からは「いつも連れてる女が違うから、一緒になったら気をつけろ」と忠告された。
 それから1年も経たなかったある日。
 僕と社長が銀座セゾン劇場で芝居を観ていたら、旧知の支配人が僕たちの席まで現れ、「Kさんが倒れた。東海大付属病院に運ばれたらしい」と囁いた。
 驚いた僕たちは芝居も半ばに病院へ向かったが、ベッドに横たわるKさんに意識は無かった。
 ただ、うわごとのように女性の名前を呼んでいる。
 一体どこまで女好きなんだ、とその名前の正体を社長に質したら、一言。
 「奥さんの名前だ」

 日比谷の居酒屋で芋焼酎を飲みながら僕は、あの頃はまだ小僧だったな、と自分を思った。
 いつか眠りにつく前に。
 無意識の中で、誰の名前を呼ぶことになるのか、意識がある中で考えてもその答えは出ない。

 さて、具体的な映画のハナシ。
 シーンは現在と過去を頻繁に行き来する割には、その時代を象徴するワンカットがまず配置されていて、混乱はまったく無かった。
 気になったのは脚本の方で、重要な登場人物であるバディ(ヒュー・ダンシー)の恋愛感情が一体どこへ向いていたのかが説明不足だった。
 「ゆる会」では一部だけ購入したパンフレットを全員で回し読みし、「えー!バディって○○だったの?」と驚く始末。
 着地点についても賛否両論。
 納得感が低い、という声もあったけれど、僕自身は「過ちは人生を豊かにする」という途中のセリフを聞けただけでも満足したところはある。
 エンディングでは、ユダヤ教の聖典タムルードにあるエピソードを思い出した。
 少し長くなるけれど引用する。

 ---------------------------------------------------------------------------
 荷物を満載した船が二隻港に浮かんでいる。
 一つは出港しようとしており、一つはちょうど入港したところだった。
 人々は多くの場合、船が出ていくときには盛大に見送るが
 入ってくるときにはあまり迎えない。
 タムルードによれば、これは非常におろかな習慣である。
 出て行く船の未来はわからない。嵐にあって船は沈むかもしれないし。
 それをなぜ盛大に見送るのだろうか。
 長い航海を終えて船が無事に戻ってきたときにこそ
 大きな喜びがあるのだ。それは一つのつとめを果たし終えたときだからである。
 人生についても同じことがいえる。子供が生まれたときにはみんなが祝福する。
 これは子供がちょうど人生という大海に船出したようなもので、
 その未来に何があるかわからない。
 病気で死ぬかもしれないし、その子が恐ろしい殺人犯人になるかもしれない。
 しかし人が永遠の眠りにつくとき、その人生で何をやってきたかということが
 みんなにわかっているのだから、このときこそ人々は祝福すべきなのである。
 ---------------------------------------------------------------------------

 僕はこのエピソードを読んでいたから、父の死も乗り越えられた。
 そして、この映画のエンディングにも「なるほどな」と思うところがあった。

 無念と後悔が横たわる本作のエンディングで、自分が何を感じるのか試してみるのも悪くない。
 もしも、深く感じ入るものが無かったら。
 あなたはまだまだ若いということだ(笑)。

いつか眠りにつく前に

いつか眠りにつく前に

  • 出版社/メーカー: ショウゲート
  • メディア: DVD

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コメント 10

rosemary

>無意識の中で、誰の名前を呼ぶことになるのか、
>意識がある中で考えてもその答えは出ない。

いやだーー、怖いー、怖すぎる~~!
後で目が覚めれば釈明もできようが・・・。
by rosemary (2008-02-28 09:26) 

ken

ずっと目が覚めなかったら、こっちのもんです(笑)。
by ken (2008-02-28 10:29) 

Betty

ますます観たい映画になりました。
週末、都合がついたら劇場へ行こうと思います。

by Betty (2008-02-28 17:12) 

ken

ぜひぜひ行って来て下さい!
意外と年配の人たちばかりでビックリするかも知れませんw
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-02-28 21:50) 

non_0101

こんばんは。
ゆる会には行けませんでしたが、早速観てきました!
かなり好きな作品の1本になりました~
特に次女に向けた笑顔と言葉には、かなり感動でした(^^)
by non_0101 (2008-02-29 23:16) 

ken

最期の行で仰っているのはエンディングですね。
僕はラストに期待をし過ぎてしまったので、ちょっとがっかりでしたが
とてもまとまりのあるエンディングだったと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-03-01 23:41) 

クリス

自身のことというよりは、歳をとった父のことを思い出さずにはいられないストーリーでしたが、「過ちは人生を豊かにする」というフレーズには、共鳴するものがありました。少しだけ、過去の後悔を救ってくれた気がします。
by クリス (2008-03-02 11:27) 

ken

正しい行動も、過ちも、すべてがあって
今の自分を作っているんだと再認識しました。
それだけで充分だったかも。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-03-02 14:01) 

ミック

映画を見ながら、最後に呼ぶ名前は一人しかいないと、確信してました。
が、魚河岸おじさんから
「墓場まで持っていかなきゃいけない秘密ってあります?」
と、聞かれたところで、眠りにつく前、混沌とした中で
どうでもいい事をベラベラとしゃべってしまうのが私だろうなと思いました。
「過ちは人生を豊かにする」
間違いなく、許された気持ちにさせられました。
と、この映画を見て、
いろいろと感じてしまう私はもう若くないという事です(笑)

by ミック (2008-03-09 12:23) 

ken

その通りでございますね(爆)
この作品を観て、心が穏やかになるのは、まちがいなくロートルです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-03-09 15:54) 

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