もののけ姫 [2009年 レビュー]
「もののけ姫」(1997年・日本) 監督・脚本:宮崎駿
恥かきついでにコイツも初見。
さて「ラピュタ」に比べるとずいぶん偏差値の高い作品だ。
「天空の城 ラピュタ」(1986)のあと宮崎監督は「となりのトトロ」(1988)、「魔女の宅急便」(1989)、「紅の豚」(1992)と次々に長編を手がけるが、ここから「もののけ姫」までは5年も開いている。
「ラピュタ」から一足飛びに「もののけ姫」を観ると、映像のクオリティが格段に進歩している点にまずは目が行く。正しくは「進歩」ではなく「人海戦術」と思われるが、とにかく細部に至るまで丁寧に書き込まれていて、そのレベルは尋常ならざるものがある。
特に背景は美術監督の山本二三や、のちに個展を開くまでになる男鹿和雄らの筆致が凄まじい。
アニメとはそもそも絵画と同じ省略(あるいは割愛)が許される芸術である。例えばセザンヌ以降、「あえて描かない」ことで高い評価を得た絵画も挙げればキリがない。なのに、なぜ「もののけ姫」は細部にまでこだわって描いたのか。これには大きく2つの理由があると思う。
第一は、本作の“裏”主人公が「森」であるということ。
「人間も所詮は森に寄生する生物である」とは植物生態学者・宮脇昭氏の言葉だが、そもそも日本は世界有数の「森林大国」である。
国土面積に占める森林面積を表わした「森林率」は68.2%で、これは先進国の中ではフィンランドの73.9%に次いで世界第2位(FAO調べ)。ちなみにブラジル57.2%、ロシア47.9%、アメリカ33.1%、中国21.2%という数字を見ると、われわれ日本人がいかに森の近くで暮らして来たかが分かるだろう。つまり日本人の歴史は「森との共存」の歴史であり、日本人のDNAには“健全な森の記憶”が刷り込まれていると言っても過言ではないのだ。
もちろん刷り込まれている森の記憶はイメージである。
実はこのイメージというヤツが厄介で、そこに100人いれば100通りのイメージがある。しかし宮崎駿はそれらすべてを超える必要があった。でなければ映画の“裏”主人公である「森」が、観客の期待に応えられない魅力に欠けたキャラクターに成り下がる可能性があったからだ。
森の清清しさ、猛々しさ、懐の深さ。日本人のイメージを満足させるためには「リアリティに満ちた理想の森」が必要不可欠だったのだ。
第二は、本作が「海外を見据えた作品」であったこと。
過去エンタテインメントの分野で海外進出を目論んだ人たちの中には、「欧米に負けない作品を作ることが成功の近道」と信じている人がいた。これが正しいかどうかはイチローと松井秀喜を見れば分かる。ニッポン最強の1番打者と4番打者。その看板を下ろすことなくメジャーで通用しているのはどちらか。
あるいは「浮世絵」であったり「黒澤映画」であったり、欧米で認められたほとんどの作品は「日本らしさ」を満々と湛えていたと思う。そんな中にあってアニメーションは今や“ニッポンの武器”とも言うべき重要なコンテンツである。世界中が日本製のアニメーションに注目する中、海外での劇場公開を目論む長編作品は、欧米が求める「日本らしさ」に応えられなければ成功は見込めないと宮崎監督も気付いていたのだろう。
ではその日本らしさとは何か。「森林大国」ニッポンの美しい風景を徹底的に描くことである。
一方で気になったのが、冒頭にも書いた脚本の偏差値の高さだ。
想像するにこれも海外での公開を視野に入れた結果だろう。ディズニーからの出資を受け、どの段階で世界配給が決まったかは知らないが、「日本のアニメーションは大人の視聴に耐えうるモノであることを、今こそ世界中の人々に知らしめる好機」と踏んだに違いない。結果、宮崎駿は「となりのトトロ」で獲得したC層(Child,Kids)の客を切り捨て、日本製アニメーションの世界的地位向上のために、大人向けの作品に仕上げたのだと思う。
実はこの判断が日本でも大きな効果を生む。それが歴代興行記録の更新である。
ベストセラーは「普段、本を読まない人まで買う」からベストセラーとなる。
映画も同じ。普段、劇場で映画を観ない人まで観るから興行記録が生まれる。「もののけ姫」が193億円を記録するまで、歴代1位は「E.T.」の135億円だった。
この社会現象は世界に通用するアニメーション映画の誕生に、まず日本人が驚いたからこそ発生したのだと思う。脚本はともかく、キャラクターの滑らかな動きも、背景の美しさも、絵に命を吹き込んだ俳優たちの芝居も、そして世界観を補完する音楽も、すべてがかつてないレベルに達していたことが大きい。
宮崎監督はこの4年後に発表する「千と千尋の神隠し」でアカデミー賞長編アニメーション賞を獲得するが、その布石となったのは間違いなく「もののけ姫」だ。ただアメリカ人には若干伝わり難い脚本が、大きな賞を獲らせるまでには至らなかった理由だろう。
ただ映画史レベルで言えば、「もののけ姫」こそ日本アニメのステージを飛躍的に上げた重要な1本として記録されるべきだと思う。素晴らしい作品だ。
最後に映画の感想を一言だけ。
「アカシシのヤックルがチョー可愛かった!」
恥かきついでにコイツも初見。
さて「ラピュタ」に比べるとずいぶん偏差値の高い作品だ。
「天空の城 ラピュタ」(1986)のあと宮崎監督は「となりのトトロ」(1988)、「魔女の宅急便」(1989)、「紅の豚」(1992)と次々に長編を手がけるが、ここから「もののけ姫」までは5年も開いている。
「ラピュタ」から一足飛びに「もののけ姫」を観ると、映像のクオリティが格段に進歩している点にまずは目が行く。正しくは「進歩」ではなく「人海戦術」と思われるが、とにかく細部に至るまで丁寧に書き込まれていて、そのレベルは尋常ならざるものがある。
特に背景は美術監督の山本二三や、のちに個展を開くまでになる男鹿和雄らの筆致が凄まじい。
アニメとはそもそも絵画と同じ省略(あるいは割愛)が許される芸術である。例えばセザンヌ以降、「あえて描かない」ことで高い評価を得た絵画も挙げればキリがない。なのに、なぜ「もののけ姫」は細部にまでこだわって描いたのか。これには大きく2つの理由があると思う。
第一は、本作の“裏”主人公が「森」であるということ。
「人間も所詮は森に寄生する生物である」とは植物生態学者・宮脇昭氏の言葉だが、そもそも日本は世界有数の「森林大国」である。
国土面積に占める森林面積を表わした「森林率」は68.2%で、これは先進国の中ではフィンランドの73.9%に次いで世界第2位(FAO調べ)。ちなみにブラジル57.2%、ロシア47.9%、アメリカ33.1%、中国21.2%という数字を見ると、われわれ日本人がいかに森の近くで暮らして来たかが分かるだろう。つまり日本人の歴史は「森との共存」の歴史であり、日本人のDNAには“健全な森の記憶”が刷り込まれていると言っても過言ではないのだ。
もちろん刷り込まれている森の記憶はイメージである。
実はこのイメージというヤツが厄介で、そこに100人いれば100通りのイメージがある。しかし宮崎駿はそれらすべてを超える必要があった。でなければ映画の“裏”主人公である「森」が、観客の期待に応えられない魅力に欠けたキャラクターに成り下がる可能性があったからだ。
森の清清しさ、猛々しさ、懐の深さ。日本人のイメージを満足させるためには「リアリティに満ちた理想の森」が必要不可欠だったのだ。
第二は、本作が「海外を見据えた作品」であったこと。
過去エンタテインメントの分野で海外進出を目論んだ人たちの中には、「欧米に負けない作品を作ることが成功の近道」と信じている人がいた。これが正しいかどうかはイチローと松井秀喜を見れば分かる。ニッポン最強の1番打者と4番打者。その看板を下ろすことなくメジャーで通用しているのはどちらか。
あるいは「浮世絵」であったり「黒澤映画」であったり、欧米で認められたほとんどの作品は「日本らしさ」を満々と湛えていたと思う。そんな中にあってアニメーションは今や“ニッポンの武器”とも言うべき重要なコンテンツである。世界中が日本製のアニメーションに注目する中、海外での劇場公開を目論む長編作品は、欧米が求める「日本らしさ」に応えられなければ成功は見込めないと宮崎監督も気付いていたのだろう。
ではその日本らしさとは何か。「森林大国」ニッポンの美しい風景を徹底的に描くことである。
一方で気になったのが、冒頭にも書いた脚本の偏差値の高さだ。
想像するにこれも海外での公開を視野に入れた結果だろう。ディズニーからの出資を受け、どの段階で世界配給が決まったかは知らないが、「日本のアニメーションは大人の視聴に耐えうるモノであることを、今こそ世界中の人々に知らしめる好機」と踏んだに違いない。結果、宮崎駿は「となりのトトロ」で獲得したC層(Child,Kids)の客を切り捨て、日本製アニメーションの世界的地位向上のために、大人向けの作品に仕上げたのだと思う。
実はこの判断が日本でも大きな効果を生む。それが歴代興行記録の更新である。
ベストセラーは「普段、本を読まない人まで買う」からベストセラーとなる。
映画も同じ。普段、劇場で映画を観ない人まで観るから興行記録が生まれる。「もののけ姫」が193億円を記録するまで、歴代1位は「E.T.」の135億円だった。
この社会現象は世界に通用するアニメーション映画の誕生に、まず日本人が驚いたからこそ発生したのだと思う。脚本はともかく、キャラクターの滑らかな動きも、背景の美しさも、絵に命を吹き込んだ俳優たちの芝居も、そして世界観を補完する音楽も、すべてがかつてないレベルに達していたことが大きい。
宮崎監督はこの4年後に発表する「千と千尋の神隠し」でアカデミー賞長編アニメーション賞を獲得するが、その布石となったのは間違いなく「もののけ姫」だ。ただアメリカ人には若干伝わり難い脚本が、大きな賞を獲らせるまでには至らなかった理由だろう。
ただ映画史レベルで言えば、「もののけ姫」こそ日本アニメのステージを飛躍的に上げた重要な1本として記録されるべきだと思う。素晴らしい作品だ。
最後に映画の感想を一言だけ。
「アカシシのヤックルがチョー可愛かった!」
自然への畏怖心はある意味日本独特の部分もあるので、それを自然神のようなキャラクタを使ったりしてわかりやすく表現したあたり実に欧米の観客を想定した作品だと思いました。
大人の鑑賞に堪えるという言葉はアニメを褒めるときによく使われますが、私が大人のはしくれとして本作に満足しているのは脚本の部分が大きいです。絵の方は公開当時話題になりすぎてそのあとのジブリの足かせになった気もします。おかげでシンプルな方への欲求が生まれ、それがポニョにつながったわけですが。
それと個人的に松田洋治の大ファンなのですが、アシタカはジブリ作品の中でも一番人気の高いキャラクタなのに松田洋治の注目度が低いのが少々不満であります。
by satoco (2009-06-13 01:23)
本作は宮崎監督のアニメ作家としての中締め的要素が強い作品と聞いたことがあります。脚本は実によく練られていると思いますが、映画を観た人すべてに監督の真意が伝わったかどうかは分かりませんね。
また本作から始まったリアルシリーズが、ポニョで原点回帰を果たす要因になったのは分かる気がします。
松田洋治クン、残念ですね。最近役者としても見かけないけど、何をしているんでしょうか?nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-13 01:44)
確かにこの脚本はすごいかも。
ハリウッド映画の大半は宮崎作品と比べるとヒネリがないっていうか。
by きさ (2009-06-13 07:56)
そうですね。
ハリウッドはニーズに合わせる脚本ですからね。
by ken (2009-06-13 09:16)
森林率が世界2位なんですね。
この映画の森は素晴らしいですよね。
モデルは白神山地と屋久島でしたっけ?
ほっとくとすぐ雑草が生えるという日本の自然は、
世界に誇れるものだと思います。
by rosemary (2009-06-13 21:00)
森林率は世界第2位でも、それが本物の森かと言うと
これはまた別問題なんですよ。
古来の本物の森をもっともっと増やさなければ、人間はもっと痛い目に遭います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-13 21:38)
こんばんは。
本当に宮崎監督らしい素晴らしい作品でした。
森を開こうとする意志と守ろうとする意志の戦い。
森の存在感も圧倒的で、森の精が倒れてしまった時は切なかったです(T_T)
by non_0101 (2009-06-14 01:42)
サンとアシタカが共に暮らせないのは、人間と自然の共存が難しいことを
暗示していたように思います。志の高い作品でしたね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-14 10:38)
ワタシは「もののけ姫」を観る前、「ナウシカ」と「魔女の宅急便」くらいしか観たことがなかったので、ほんとに心底作品のレベルの高さに驚き感動したものの、「子供はこの作品のメッセージを理解できるんだろうか?」と大きな疑問を抱いたことをもう10年経ちますが覚えています。
この作品を観て以来、北東北に行くと森の息吹のようなものを意識するようになりました。
by カオリ (2009-06-15 22:33)
宮崎監督にはもしや
「子どもには、大きくなってからもう一度観てもらえればいい」
という思いがあったんじゃないか、と思うようになりました。
それくらいのインパクトがありますよね。アメリカじゃPG13だったワケだし。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-17 01:56)
この作品は大好きです
この作品の舞台になったと言われている屋久島にも行きました
映像が鮮明に蘇り、美しいの一言では言い表せないくらいの風景でした
この作品を通して伝えたかったものも分かったような気がしました
「エコエコ」言っても何の解決にもならないのが現状で、1人1人がしっかり意識することが肝心なのでしょうね
って、だいぶコメントもずれちゃいましたね
でも、とにもかくにもこの作品は大好きです
by mirai (2009-06-20 07:42)
一本の映画が人に与える影響は計り知れません。
だからmiraiさんの“思い”も決してずれてなんかいないと思います。
「好き」に理由も何もありませんからね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-20 09:06)
まじで!!♪☆!!
by **feeling** (2009-06-23 00:21)
うわー。「まじで」が何に掛かってるのかワカランw
nice!ありがとうございます。ワカランけど。
by ken (2009-06-23 02:36)