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F1グランプリ/栄光の男たち [2009年 レビュー]

F1グランプリ/栄光の男たち」(1975年・アメリカ) 監督:クロード・デュポック

 子どもの頃の何気ない出会いが、のちの人生に大きな影響を与えることがある。
 1978年、15歳の夏。僕は叔父の友人の引っ越しを手伝いに行った。
 本当はその人が古くなったステレオコンポを1万円で譲ってくれるというので、それが目当てだったのだけれど、「ちゃんと使えるかどうか聴いてみるか?」と親切に言ってくれたその人が、ターンテーブルに乗せたアルバムが僕にとっての運命の1枚だった。
 針を乗せた音が「ジッ」と鳴ったあと、ギター、ベースとドラムがカットインして
8ビートを刻み、歌い始めた外国人がやがて奇妙な声を出した。「カカカカ…」と。
 ビリー・ジョエルの出世作「The Stranger」の1曲目、「Movin' Out」だった。

 僕はそのアルバムも込みでステレオを譲ってもらい、以来ビリーのファンとなって、その4年後。生まれて初めての武道館で生のビリーを聴く。

 話が少し逸れた。
 実はこの引っ越しのとき、ビリー・ジョエルよりも先に僕が衝撃を受けたのは、その人の部屋に飾ってあった1枚のレーシングカーのパネル。
 黒い車体にゴールドのライン。ヘルメットは黒地に赤のアクセント。あまりの美しさに僕をフリーズさせたその正体は、エマーソン・フィッティパルディが駆るロータス72Dだった。
 僕は「F1グランプリ」という言葉すら知らなかった。
 「F1って言うクルマで世界中をレースして回るねん」
 叔父の友人は僕にそう教えてくれて、「欲しかったらやろか?」と僕が見上げたパネルを壁から外してくれた。以来僕はF1の虜となり、そのパネルは10年以上、実家の僕の部屋にあった。

 当時、日本でF1にまつわる情報はほとんど手に入らなかった。
 今のようなテレビ中継は論外で、TBSが深夜にダイジェスト版を放送する程度(しかも短時間だったと記憶している)。レースの様子は雑誌「AUTO SPORTS」が一番詳しかったと思う。
 1978年はマリオ・アンドレッティとロニー・ピーターソンが、ロータス79という最強マシンで連戦連勝を重ねていた。紙面から伝わるその快進撃をなんとか動画で観ることが出来ないものかと、子供ながらに歯がゆい思いをしていたが、そんな折に公開されたのが映画「ポール・ポジション」だった。
 ところがこの映画は、世界最高峰レースの醍醐味をアピールするものではなく、観客の見世物的好奇心に応えるモンド映画の要素が強かった。特に1980年に公開される続編「ポール・ポジション2」はさらに劣悪でクラッシュシーンのオンパレード。大好きだったロニー・ピーターソンのクラッシュシーンも興味本位で取り上げられているような気がして、とても不愉快だった。

 F1グランプリが本当の意味で日本に広まったのは、やはりフジテレビが全戦中継を始めた1987年だと思う。この年にようやく日本人が好奇心からではなく、純粋にレースを観る環境が整ったのだ。
 もちろん僕も全レースを観戦していた。しかしアイルトン・セナが事故死した翌年から、僕の気持ちは急速に冷めて行った。セナがいないからじゃない。スピード抑止策のためのレギュレーションがマシンデザインを画一的にしてしまったからだ。
 F1の世界では「速い車こそ美しい」と言う。
 確かにそうだった。しかし21世紀に入ったあたりから、テクノロジーの進化によって美しくないクルマも速くなってきた。僕はそんなF1に興味を失くしたのだ。
 僕の原点はロータス72Dである。
 「速い。しかも、美しい」
 本来、F1とはそういうものだ。

 本作「F1グランプリ/栄光の男たち」はそのロータス72Dの貴重な走りが確認できるドキュメント映画である。しかしモンド映画の要素が無いわけではない。73年シーズンは大きな事故が3つ発生していて、そのうちの2つが本編にも収録されている。
 ひとつは南アフリカGPの予選中に発生したクレイ・レガッツォーニ(BRM)の事故。もうひとつはオランダGPのレース中に発生したロジャー・ウィリアムソン(マーチ)の事故。いずれもマシンは大炎上し、勇敢な同僚ドライバーが救出を試みるが、ウィリアムソンはマーシャルの不手際もあり焼死している。
 さらにエンディングでは、本編でインタビューに応える2人のドライバーが撮影後事故死し、1人が再起不能になったことを明らかにする。
 これは不愉快だった。裏を返せば「レースで死亡したドライバーだからこそインタビューを採用した」ということになるからだ。
 確かに当時のドライバーは安全面の配慮に欠けた環境下でレースを行っていた。しかしそんな彼らを、まるで命綱を持たない無謀な冒険家のように扱うのはいかがなものか。
 またレースの模様を、監督の趣向で奇妙なオプチカル処理している辺りも、F1グランプリの本質を伝えるにはほど遠く、製作陣のレベルの低さに気が滅入る。

 「時代の産物」と割り切る以外に不満の処理が出来ないエセドキュメント。

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コメント 11

江戸うっどスキー

F1ってヨーロッパのモノって気がします。
本当にF1を愛する人に撮って欲しいですね。私は俄かファンでしたが^^;
by 江戸うっどスキー (2009-06-19 00:59) 

ken

F1はヨーロッパ文化の一端を担っているイベントですね。
日本はいつまでたってもお客さんであり続けている気がします。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-19 10:31) 

spika

先日、三沢が死んで凄いショックを受けてる最中です。
セナ・・この時は本当に、あの事故はもう絶対に思い出したくもない。
セナの笑顔と『アラターキ』の音楽だけが今でも耳に残っています。
by spika (2009-06-19 10:32) 

ken

あの日の夜。
フジテレビの中継を見ながら信じたくない気持ちでいっぱいだったことを
今でも鮮明に思い出します。
三沢さんも残念です。
まだまだやってもらわなきゃいけないことが沢山あったのに…。合掌。
by ken (2009-06-19 12:30) 

snorita

その後数週間、自分で運転しながら、涙出てたもん。ほんと、F1やっぱりちょっとつまんなくなってますよね?
by snorita (2009-06-19 14:44) 

kotori

kenさんと、F1の出会い、なんかステキw
何かと出会って、好きになる瞬間、いいですね。
記事を読みながら、、、ピザ食べながら観戦するkenさんの姿が、
見てもないのに、想像で浮かんできてしまいました(笑)
by kotori (2009-06-19 23:40) 

ken

>snoritaさん
 つまらなくなってますね。
 来シーズンは分裂するかも、なんて言ってますが、どうなるんでしょう。

>kotoriさん
 ピザとビールを両手にF1を観ていたフェニックスの夏。懐かしいですw
 僕もまだ20代だったしなあ。nice!ありがとうございます。
by ken (2009-06-20 02:04) 

トロ

お久しぶりです。
ボクはセナファンで2度ほど鈴鹿に足を運びました。今ではそれが自慢だったりしますw
今のF1はホントつまらなくなりましたね・・・。

セナ以前のドライバーで知ってるのはニキラウダかマリオ・アンドレッティ位でこの作品ちょっと観てみたいです。


by トロ (2009-06-22 23:36) 

ken

僕はセナの身体に触ったことがあるのが自慢ですw
昨日のイギリスGPも一応観ましたが、きっと今宮純さんと川井ちゃんが
地上波放送から切られたのも、大きいと思いましたね。
あの2人の解説は、やっぱり熱かったし、それに影響を受けてたんですよ。
視聴者も。
by ken (2009-06-23 02:39) 

脳外科医

JPSカラーのロータス72Dは格好良かったですねえ。
当時田宮のプラモデル(1/12)を作ったことが懐かしいです。
by 脳外科医 (2009-06-23 11:44) 

ken

確かロータス72Dは1/12しか無かった記憶があります。
だから高くて買えなかったw
僕は1/20シリーズのロータス78、タイレル6輪、、ブラバムBT-46、
フェラーリ312T4などを作りました。懐かしいですねえ。
nice!ありがとうございます。

by ken (2009-06-23 12:19) 

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