SSブログ

時の彼方へ [2009年 レビュー]

時の彼方へ」(2008年・フランス/イギリス/イタリア/ベルギー) 監督:エリア・スレイマン

 東京国際映画祭3本目。「アジアの風」部門作品。
 時間があったので六本木へ行き、なんだかWANDSの曲のタイトルみたいな映画を見つけたので観てみる。予備知識ゼロ。

 これはイスラエル建国から現在に至るまでを描いたスレイマン監督自身の自伝的作品で、パレスチナ史に明るくなければちょっと解読し難い作品だった。僕はこの「パレスチナ問題」が非常に苦手で、未だにこの問題の輪郭すら満足に理解出来ていない。僕は語るだけの知識を持ち合わせていないので、このレビューでパレスチナ問題については一切を割愛するが、本作の根底に流れているものは、今や世界中の国と地域で通じる「時代の移り変わりによって崩壊しつつあるアイデンティティ」というテーマだった。
  
 本編にはイスラエル・ナザレ出身の監督自身が主人公エリア・スレイマンとして登場する。が、まずは監督の父ファードの若かりし頃が描かれる。
 時は1948年。自らの信念の下に、命を省みず行動するファードはまさに男の中の男で、「義を見てせざるは勇なきなり」を地で行くような男だった。当時はこういった考え方をする男が多かったんじゃないかと思う。もちろんそれを当然と思った女たちもいたに違いない。
 ところが時は流れ、一定の平和が得られるようになると途端に緊張感と目標が失われ、生きる理由すらあやふやになる。 
 
先人たちはよく「何を成すために生まれてきたのか」を自問していたが、今に生きる我々の中で「この世のために何かを成そう」と考える者は極めて少ない。それは何故だろう。と、そんなことを考えさせる映画だった。

 これは何故そんな映画なのか。
 謎を探るためにスレイマン監督プロフィールを洗ったら、カンヌ映画祭60回記念プロジェクトである「それぞれのシネマ」に参加していたことがわかった。タイトルは「臆病」。改めて観てみると、ここでもスレイマン監督は自ら出演し、映画の中で立ち尽くしていた。一切の言葉を持たずに。その表情は本作の彼とも共通する。
 彼は偉大な父と、父が生きた時代に対して負い目を抱いているのかも知れない。
 イスラエルに生まれた者の宿命を知りつつ、なのに何も成し得ないジレンマ。アイデンティティ・クライシス(自己喪失)に陥りそうな自分を、繋ぎ止める唯一の手段が「映画」なのだろう。
 僕は常々「映画は観客のモノ」といいながら、最終的には「監督のモノ」だと思っている。仮に多くの人が1本の映画を愛したとしても、監督以上にその映画を愛した人はいないと思うからだ。だから本作も、スレイマン監督自身が自らと向き合うために撮った作品ということでいい。
 と言いつつ、実は素晴らしく計算された脚本なのだが、残念ながら僕には難し過ぎた。

 商業映画とは一線を画した作家性の強い作品に触れることが出来るのも国際映画祭の醍醐味である。作品の内容云々以前に、僕はこの作品の成り立ちを想像して愉しんだ。

それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~ [DVD]

それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~ [DVD]

  • 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
  • メディア: DVD

nice!(3)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 3

コメント 2

non_0101

こんばんは。
私もこの作品にチャレンジしてみましたが、歴史的知識はゼロのため
きっと分からなかったことも多いなあと感じました。
印象的だったのは「タイタニック」のあの曲をカラオケで歌うシーンと
何年過ぎても街中に戦車が走っていること。
変わって欲しいところは変わらないのに、変わって欲しくないところは
どんどん変わってしまうのだなあと感じました☆
by non_0101 (2009-11-01 01:35) 

ken

亀レスでスイマセン。
戦車の大砲が歩く人を狙って動くシーンは笑えましたね。
変わるべきところが変わらずに、変わる必要のないものが変わるとは
おっしゃる通りです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-11-04 15:58) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。