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母べえ [2009年 レビュー]

母べえ」(2007年・日本) 監督・脚本:山田洋次 脚本:平松恵美子

 山田洋次監督の作品を悪く言いたくはないが、このタイトルはどうだ。もしも「観たくない映画タイトルランキング」があったら、僕の中では「カンフーくん」をぶっちぎってダントツの1位だ。

 反戦を訴えるヒューマンドラマである。一方で吉永小百合のための映画でもある。
 このときすでに還暦を過ぎていた吉永小百合が、おそらく30代半ばと思われる役年齢を無理なくこなしているのは驚きだが、治安維持法によって夫を逮捕された不遇の妻、という役を演じながら、「吉永小百合」と言う名前があまりにも大き過ぎて、所詮は「吉永小百合が演じる誰か」でしかないのは女優として致命的だ。そこへ持ってきて「母べえ」というタイトルで、「是が非でも観たい」と思った観客がはたしてどれほどいただろう。それでも映画人は吉永小百合を世に出したがる。この大女優については作り手と観客の温度差があり過ぎはしないだろうか。

 観ようか観まいか随分悩んだ末に観ることにした理由は、山田洋次監督の仕事を確認するためである。「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」、「武士の一分」と続いた藤沢周平時代劇3部作以来の、久しぶりに撮った「家族の物語」と聞いたら、妙に観たくなった。
 結論から言うと、山田洋次監督ならではの「暖かさ」に満ちた映画だった。そして何をやらせても「吉永小百合」でしかない主役を、脇役たちが実にうまくカバーしていたと思う。
 一番は浅野忠信。かつての師、野上滋(坂東三津五郎)が逮捕されたと聞いて矢も盾もたまらず駆けつけ、のちのち野上家の精神的支柱となる青年“山ちゃん”を、気負うことなく自然に演じている。
 浅野忠信はこの映画の「裏の主人公」と言ってもいい。実は男性の観客が感情移入できるのは唯一このキャラクターだけで、しかも後半の展開で大きな鍵を握る役どころだからだ。僕はこの“山ちゃん”のエピソードが一番泣けた。

 義理の妹として登場する壇れいと、大阪の叔父という役で登場する笑福亭鶴瓶もいい。
 壇れいはスクリーンを彩る花。鶴瓶は停滞する空気を吹き飛ばす風だ。
 ドラマの展開で僕が一番気に入ったのは、原爆のエピソードのさりげない挿入の仕方だ。壇れい演じる久子は主をなくした野上家で娘たちの世話を焼いていたが、やがて広島に帰ることになる。観客にとっても欠かせない家族の一員になっていた美しい娘が、不幸な巡り会わせで原爆に遭い、原爆症で苦しみながら死んでしまう。生々しいシーンはまったく挿入されないが、観客にとっては大事な家族を原爆に奪われたような感覚を得る。僕は原爆の不条理を訴える方法として、こんな手法もあるのだな、と感心してしまった。
 鶴瓶さん(なぜか、さん付けで呼びたくなる)。
 「ディア・ドクター」のときもそうだったけれど、地に足の着かない役をやらせると、とびきり巧い。次回作の「おとうと」も楽しみだ。

 タイトルはイケてない。けれど「さすが山田洋次」と言わせる佳作。

母べえ 通常版 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 松竹
  • メディア: DVD

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