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飢餓海峡 [2009年 ベスト20]

飢餓海峡」(1965年・日本) 監督:内田吐夢 脚本:鈴木尚也 原作:水上勉

 昭和22年。大型台風が北海道を襲った日、北海道岩内で質屋一家3人が殺された。犯人は家に火を放って逃げ、その火は台風にあおられ町全体を焼き尽くしてしまう。
 同じ頃、台風の影響で青函連絡船が転覆し、多くの死者が出ていた。
 台風一過。上がった遺体は次々と引き取られていくが、なぜか2体だけ引き取り手が現れない。乗船名簿と照らし合わせてみると、乗客数よりも遺体が2体多いことが判明する。
 函館署の弓坂刑事は、身元不明の2つの遺体が、質屋の事件と関係があるのでは、と推測。捜査を開始するが…。

 予てから感じていたのだけれど、やっぱりこの時代の日本映画はあなどれない。特に戦後のどさくさを舞台にしたドラマは、今後この時代に撮られたものをきっと超えられないだろう。
 まずロケーション。
 時代設定から10余年しか違わぬ日本で、原作のイメージに近いロケーションはまだ至るところにあったはずだ。北海道、下北半島、東京、舞鶴。いずれも素晴らしいロケーションの下で撮影が行われ、モノクロであることも手伝って、そのリアリティを再現するのは不可能と断言する。今、この映画を撮ろうと思ったら、背景の大半にCGを施す必要があるだろう。唯一青函連絡船の転覆シーンだけが、CGによってオリジナルを超えた迫力ある映像になるかも知れないが。
 そして俳優の持つリアリティ。
 主演の三國連太郎は戦争経験者である。しかも大人しく出兵したわけではない。三國は召集令状を受け取りながら「戦争に行ったら殺されるかも知れない」と召集を拒否し、一度は逃亡をしている。そして中国へ逃げようとしていたところを、母親の密告によって現れた憲兵に捕まり、そのまま中国の前線に送り込まれている。三國の部隊は1,000人超だったが、戦後帰国出来たのは、2~30人だったという。こんな経験のある若手俳優は今、いない。
 細かい話だけれど、僕は三國連太郎ほど握り飯を頬張る芝居の巧い役者を観たことがない。これは飢えを経験しなければ出来ない芝居だと思う。そんなシーンが本編にも出てくる。
 最後にスタッフの執念。
 東京五輪とともに爆発的に普及したテレビのおかげで、この頃の映画産業は斜陽の一途をたどりつつあったが、映画人たちはテレビには出せないスケール感ある作品作りに燃えていたと思う。連絡船転覆によって騒然となる函館港の様子は、エキストラの数からしても、テレビには出来ない本物のドラマを作るんだ、というスタッフの凄まじいエネルギーを感じた。よく「風と共に去りぬ」を今、製作したら予算がいくらかかるか分からない、というが、本作にも同じことが言えると思う。画面の隅から隅まですべてが本物の映像という事実は、デジタル技術の普及した今、何物にも代え難い価値がある。

 水上勉の描く人間像も圧巻だ。
 生きるために怪しい男とつるむ必要のあった犬飼多吉(三國連太郎)。
 不意に大金を手にし、一旦は這い上がったかに見えた娼婦の杉戸八重(左幸子)。
 どさくさに紛れた犯罪を許すまじと、その生涯をかけた刑事の弓坂吉太郎(伴淳三郎)。
 そして、戦中戦後の苦労を知らない正義感あふれる若手刑事、味村時雄(高倉健)など、真面目に生きようとしながら、時代に翻弄された人間の悲哀が重厚な筆致で綴られている。
 183分をまったく飽きさせることなく見せた本作は、出来れば「傑作」と言いたいところだが、個人的には演出と脚本に1か所ずつ不満がある。
 演出について。
 連絡船転覆のどさくさに紛れて小さな舟を手に入れ、沖に出た犬飼多吉と、質屋を襲った木島と沼田の3人。その中で木島が奪った現金入りの布カバンをたすき掛けにして終始大事に抱えていたのだが、沼田を襲うためにその布カバンを一旦外すアクションがある。この動作があまりに不自然だった。僕が木島だったらゼッタイに布カバンは外さない。これはストーリーの展開上、舟の上に現金だけ残るように仕向ける必要があって、そのためのアクションでしかなかったと思う。ここは作品全体を通して、鍵となるシーンだっただけにとても残念だ。
 脚本について。
 犬飼多吉の足取りが消えてから10年後、八重は新聞で「樽見京一郎」と名乗る実業家の存在を知る。そこから別の悲劇が起るのだが、「犬飼多吉と樽見京一郎は同一人物である」という仮説に対する警察の裏付けが決定的に甘い。
 この2点さえなければ、本作は「傑作」という評価が相応しい。
 されど、戦後の日本映画を代表する1本であることは間違いなし。秀作。

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Sho

原作既読。この映画は観たい観たいと思いながら未見です。
私も、この時代を描いた作品を、今演じられる俳優はいないように思います。例えば「ゼロの焦点」にしても、「飢餓海峡」の人物にしても、そう生きざるを得なかった人の悲しみや葛藤は、どうしても今の俳優さんには表現できないきがします。
この時代の映画は、私もとても惹かれます。
by Sho (2009-11-13 07:26) 

ken

僕も「ゼロの焦点」はヒロスエじゃ無理、と思っています。
まずは野村芳太郎版を観てみようかなと。
原作をすでに読んでいらっしゃるなら、ぜひご覧になって下さい。
八重の生涯がどこまで書き込まれていたのか、気になります。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-11-13 09:14) 

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