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母なる証明 [2009年 レビュー]

母なる証明」(2009年・韓国) 監督:ポン・ジュノ 脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ

 「殺人の追憶」「グエムル-漢江の怪物-」のポン・ジュノ監督の新作。
 ユナイテッド・シネマ豊洲では掛かっていなかったので、新宿バルト9まで遠征する。週末の天候は曇り。劇場はかなり混雑していた。チケット売り場は長蛇の列。
 「母なる証明」はシアター4。席数は僅か80席だが僕が観た回はチケットが完売していた。
 ちなみにバルト9で最大のシアター9(429席)は「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を。次いで大きいシアター6(405席)では、「沈まぬ太陽」と「なくもんか」と「ゼロの焦点」を時間差上映していた。確か前作「グエムル」のときも、ポン・ジュノの作品は大きな小屋で掛かりにくいと聞いたが、バルト9では「剣岳 点の記」のメイキングである「剣岳 撮影の記」よりも小さな箱とは、何とも嘆かわしい。

 殺人事件の容疑者となった息子の無実を信じ、自ら真犯人探しに乗り出す母の物語である。決して目新しいテーマではない。しかし、少なくとも「殺人の追憶」を観た者はポン・ジュノに期待を寄せる。

 「すでに多くの人が使った“食材”を持ち出して、ポン・ジュノはどんな料理に仕立てたか」
 今回彼は考えた挙句に「知的障害」という素材を加えることにした(注:劇中や公式サイトで「知的障害」とは明言していない。あくまでも僕個人の認識による)。これは賛否分かれる点だと思うが、詳しくは後述する。
 映画が始まって間もなく、異様な緊張感が劇場を支配する。
 薄暗い漢方薬局で顔にしわを湛えた女が、乾燥させた薬草を裁断機でざくざくと切っている。女は外の様子をうかがいながら、それでも薬草を切る手を休めない。映画の文法で言えば確実に何かが起きる展開である。ポン・ジュノはそれを利用して観客の緊張を高めておき、続いて観客の予想を裏切る別の“仕掛け”を打つ。見事としか言いようのないテクニック。そして心理コントロール。「始まったが最後、観客の興味は絶対にそらさない」という確固たる信念を感じたシーンだった。映画作りに関して、今この人の作品ほど勉強になるものもないと思う。
 もうひとつ例を挙げる。
 容疑者の母が真犯人と思しき男を突き止め、その住まいへと急ぐシーン。母は歩を進めるにつれ足の運びが速くなる。流れる音楽にもつられて「いよいよ真相が明らかになる」と観客の心拍数が上がりきった瞬間、母の足がぬかるみに取られ、流れが停まる。
 緩急。
 急いたままで続くシークエンスは描き難い。そのための一旦停止。絶妙なワンカット。ポン・ジュノの才能に嫉妬する。

 随所に見せ場はあるが、肝心のストーリーをどう受け止めるかは個々で変わると思う。
 多くの絶賛の声も聞いた。さすがポン・ジュノだと。過去、最高傑作とも言われている。しかし僕は「知的障害」を扱ったばかりにポン・ジュノは袋小路にハマったと思った。僕にとって本事件の顛末は、僕の想像を超えてこなかったのだ。ネタバレにつながるので明言は避けるが、知的障害となれば「そこにしか行けない」ところで着地したように思う。
 ただし、それはポン・ジュノも承知の上だったのだろう。これは刑事や探偵が主役の推理ドラマではなく、母親という存在の大きさを知るためのヒューマンドラマであるからだ。
 クライマックス近く。母はある少年に「両親はいるか?」と聞く。少年は「どちらもいない」と答えると、母はさめざめと泣きはじめる。子どもの身を案ずる母親がいないがために、とある少年は不遇の生涯を歩むことになるのだ。
 さらに、ファーストカットへと繋がるエンディング。素晴らしい「伏線の妙」である。

 どうしても推理劇として観てしまう中盤に、何らかの手立ては無かったかと思わなくもないが、映画を観終えてからじわじわと湧きだすポン・ジュノからのメッセージは味わう価値あり。
 129分で充実のフルコースを味わった気分。

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コメント 9

ジジョ

こんにちは☆
さすがkenさん!プロの視点ですね〜。
私はあの断裁機が出てくるだけで、
なにかありそうでドキドキしてしまいました。
まんまと心理コントロールされてます、、(^-^;
by ジジョ (2009-11-17 16:55) 

ecco

突然すいません。
ブログで仲良しのokkoさんにkenさんのブログを紹介しました。
okkoさんの記事のコメント欄に、
『THIS IS IT』のURLを貼り付けしてあります。
事後承諾で申し訳ありませんがよろしいでしょうか?

とってもステキなスーパーおばあちゃまです。
マイケルの大ファンでもあります^^
by ecco (2009-11-17 19:36) 

ken

>ジジョさん
 冒頭の裁断機のシーンは、ポン・ジュノからの挑戦状でもあったかと思います。
 「この先も何が起きるか分かりませんよ」と。
 ウチの奥さんもあのシーンで、目を覆う準備してましたからw 
 nice!ありがとうございます。

>eccoさん
 どこにどうご紹介いただいたのかさっぱり分かりませんがw
 ありがとうございます。お知らせ頂くだけでも充分です。
by ken (2009-11-17 23:28) 

Sho

kenさんレビュー上手いなあ・・・ と、関心して拝読しておりました(笑)。
「殺人の追憶」の監督ですか。
母が息子のために尽力する話は多くあると思いますが、この映画は観てみたくなりました。

by Sho (2009-11-17 23:33) 

noel

お母さん役のキム・ヘジャさんが気になっていました。ちょっと持っている個性だと思うのですがかわいらしいんです。
盛岡ではまだ、公開されていませんが時間を作りたいと思っています。
by noel (2009-11-18 09:35) 

ecco

okkoさんはこちらです
http://popycyann.blog.so-net.ne.jp/
よろしかったらご訪問ください。

by ecco (2009-11-18 19:47) 

ken

>Shoさん
 ちょっと聞くと「ありがち」なハナシだと思いますよね。
 確かにその通りなんですが、その見せ方はさすがだと思いました。
 そして今回はポン・ジュノが書かせたレビューでした。
 nice!ありがとうございます。

>noelさん
 キム・ヘジャの芝居は見ものですよ!ぜひ。

>eccoさん
 お知らせありがとうございます!
by ken (2009-11-18 22:50) 

てくてく

そうそう、裁断機。
神経がピリピリしましたもん^^;
あ~、って思ってたら、きゃぁぁって。
それで、もう引き付けられてました。
ほんとに上手いんですね、
kenさんの記事を読んで、改めて感じました。

by てくてく (2009-12-29 04:18) 

ken

映画の文法を利用した演出は本当に巧いです。
悔しいくらいに。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-12-29 08:36) 

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