ジョイ・ラック・クラブ [2010年 レビュー]
「ジョイ・ラック・クラブ」(1993年・アメリカ) 監督:ウェイン・ワン
子どもが出来たら観ようと思っていた映画が何本かある。これはその1本。
今回観るのは3度目で、過去2回とも深い感動を覚えた作品だったけれど、娘が産まれてから観た今回は今まで以上に心に染みた。
中国からサンフランシスコへ渡ってきた4人の中国人女性。スーユアン、リンド、アンメイ、インイン。
彼女たちが麻雀卓を囲み、お茶とおしゃべりに興じつつ、“喜び”と“運”を分かち合う集まりが「ジョイ・ラック・クラブ」。彼女たちにはそれぞれ同世代の娘もいる。母親の過去や中国のことを知ることなくアメリカ人として育った娘たち。母と娘の間にはそれぞれ深くて大きな溝があった…。
「あなたは母親の半分しか知らない」
という秀逸なコピーがこの映画を観ようとしたきっかけだったと思う。
ここで言う“半分”とは娘が見てきた母の半生のこと。僕もそうだったけれど、子どもは親の独身時代がどんなだったかなんて、なかなか想像しないものだ。そこには自分が生まれるきっかけが確実にあるのだけれど、大抵の子どもは興味を示さない。残りの半生に興味を抱くのは親を失ってからだったりするから、僕も含めて後悔する人は少なくないだろう。
本作で展開される母親たちの半生は、大戦前後を背景に描かれている。また、そのエピソードは中国ならではの習慣や経済状態などが大きく関係していて一種独特に映るものの、根底に流れているのは有史以来「女性だけが味わってきた苦悩」という至極普遍的なテーマであるから、観客はすんなり受け入れることが出来ると思う。
特筆すべきはそれぞれの母娘が、ちゃんと同じDNAを持った者同士に見えること。原作はあるが実話ではないので、原作者のエィミ・タンはキャラクターの背景の作り込みに相当の時間をかけたのだろう。まさに「この母にしてこの娘あり」という言葉を思い出させるほどだった。
エィミ・タンが本作の脚本も手掛けたのも大きかった。キャラクターの行動やセリフにまったくブレがなかったのは原作者自ら脚本を手がけたおかげだ。
僕は妻と娘のことを思いながら観た。
そして、すべてのエピソードに妻と娘を当てはめてみると、登場人物たちの想いがいちいち心に痛かった。娘が産まれる前は気付かなかったけれど、母親が娘に対して時折見せる“理解し難い言動”は、娘を思えばこそと腑に落ちた。ただ、その思いが万人に理解されるかどうかは別として。
母と娘の愛を描いた本作は、父と息子の愛を描いた「ゴッドファーザー」と比べても遜色ない名作だと思った。途中、これが4組の母娘のオムニバスであることに気付くと、一瞬リズムとテンポが単調になるのでは?と警戒するが、そんな心配を吹き飛ばすエィミ・タンの構成力が素晴らしい。
「命の連鎖」とは「奇跡」でしかないことに気付かされるクライマックスは号泣必至。
すべての女子、中でも娘を持つ母親は必見。
子どもが出来たら観ようと思っていた映画が何本かある。これはその1本。
今回観るのは3度目で、過去2回とも深い感動を覚えた作品だったけれど、娘が産まれてから観た今回は今まで以上に心に染みた。
中国からサンフランシスコへ渡ってきた4人の中国人女性。スーユアン、リンド、アンメイ、インイン。
彼女たちが麻雀卓を囲み、お茶とおしゃべりに興じつつ、“喜び”と“運”を分かち合う集まりが「ジョイ・ラック・クラブ」。彼女たちにはそれぞれ同世代の娘もいる。母親の過去や中国のことを知ることなくアメリカ人として育った娘たち。母と娘の間にはそれぞれ深くて大きな溝があった…。
「あなたは母親の半分しか知らない」
という秀逸なコピーがこの映画を観ようとしたきっかけだったと思う。
ここで言う“半分”とは娘が見てきた母の半生のこと。僕もそうだったけれど、子どもは親の独身時代がどんなだったかなんて、なかなか想像しないものだ。そこには自分が生まれるきっかけが確実にあるのだけれど、大抵の子どもは興味を示さない。残りの半生に興味を抱くのは親を失ってからだったりするから、僕も含めて後悔する人は少なくないだろう。
本作で展開される母親たちの半生は、大戦前後を背景に描かれている。また、そのエピソードは中国ならではの習慣や経済状態などが大きく関係していて一種独特に映るものの、根底に流れているのは有史以来「女性だけが味わってきた苦悩」という至極普遍的なテーマであるから、観客はすんなり受け入れることが出来ると思う。
特筆すべきはそれぞれの母娘が、ちゃんと同じDNAを持った者同士に見えること。原作はあるが実話ではないので、原作者のエィミ・タンはキャラクターの背景の作り込みに相当の時間をかけたのだろう。まさに「この母にしてこの娘あり」という言葉を思い出させるほどだった。
エィミ・タンが本作の脚本も手掛けたのも大きかった。キャラクターの行動やセリフにまったくブレがなかったのは原作者自ら脚本を手がけたおかげだ。
僕は妻と娘のことを思いながら観た。
そして、すべてのエピソードに妻と娘を当てはめてみると、登場人物たちの想いがいちいち心に痛かった。娘が産まれる前は気付かなかったけれど、母親が娘に対して時折見せる“理解し難い言動”は、娘を思えばこそと腑に落ちた。ただ、その思いが万人に理解されるかどうかは別として。
母と娘の愛を描いた本作は、父と息子の愛を描いた「ゴッドファーザー」と比べても遜色ない名作だと思った。途中、これが4組の母娘のオムニバスであることに気付くと、一瞬リズムとテンポが単調になるのでは?と警戒するが、そんな心配を吹き飛ばすエィミ・タンの構成力が素晴らしい。
「命の連鎖」とは「奇跡」でしかないことに気付かされるクライマックスは号泣必至。
すべての女子、中でも娘を持つ母親は必見。
この作品は今まで観た映画の中で一番泣けたかも知れません。
当時はあまりにも胸が痛くなったので、その後観るのが怖くなったほどでした。
女性の物語だけに、男性はやはり結婚や子供を持つことで
理解度が変わってくる作品ですよね。
私もそろそろもう一度観てみてもいい頃かな(^^ゞ
by non_0101 (2010-10-09 23:34)
僕は終わりが近づいても意外と冷静に観ていたので
「もう泣けなくなったかな?」
と思っていたんですけど、船を下りてまもなく号泣してしまいましたw
non_0101さんの感想が聞きたいです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-10-10 02:03)