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一粒の麦 [2010年 レビュー]

「一粒の麦」(2010年・ルーマニア/セルビア/オーストリア) 監督:シニツァ・ドラギン

 第23回東京国際映画祭コンペティション作品。
 邦題の「一粒の麦」とは有名な聖書の言葉から。
 「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もしも死んだなら豊かな実を結ぶようになる」(ヨハネによる福音書12:24)
 これは十字架に向うキリストの覚悟を表した言葉で、「1人の犠牲によって多くの人が救われる」という教えなのだそうだ。
 聖書。多分僕は40代になって一度も読んでいないと思う。昔はキリスト教徒でもないのに持ち歩き、まるで文庫本のような気軽さでページを開いた。いま読むと一体どんな風だろう。

 僕がこの作品を観ようと決めたのは、公式サイトの作品解説に気になる一文があったから。
 「ルーマニア、セルビア、コソボ。混沌たる東欧地域で交差する、ふたりの父親の物語。息子と娘を探す旅に出るふたりの道程を繋ぐように現れる、200年前の教会の伝説…。旅路の果て、映像のみが表現できる至高のラストシーンに息が止まる」
 映像のみが表現できる至高のラストシーンとは、一体どんなシーンなのか。

 ふたりの父親の物語とはこうだ。
 ルーマニアで自動車事故を起こし遺体となった息子を探すセルビア人の父親。
 そして、コソボで売春を強いられている娘を探すルーマニア人の父親。
 2人はドナウ川で出会い、船頭から200年前の伝説を聞かされる。それは正教会の建設が禁止された時代に、古い木造の教会を移築しようとして失敗するルーマニア人の物語だった。

 ストーリーは重い。しかも東欧情勢に明るくないと、ところどころ捻りの効いた演出について行けない。中でもルーマニアの独裁者だったチャウシェスクと、ユーゴスラビアの終身大統領だったチトーがネタになっているシーンは、明らかに笑いを誘うシーンなのだが、その文脈が理解出来なくて悔しかった。と、こんなストーリーでありながら、旅の道程には少なからず笑いが散りばめられいる。これは「懸命に生きるということは時に滑稽ですらある」というメッセージかと思ったが、これはクライマックスへ向けての伏線だった。
 人生にはいくつもの辛い局面がある。
 その辛さは大きく二つに分けられる。あとで笑えるものと、一生笑えないもの。

 本作で最も衝撃的な展開は、売春宿に乗り込んだ父親が、組織のボスから「娘と姦通すれば返してやる」と言われるところだ。娘への愛情がどれほどのものか見せろ、と。虫唾が走る言い草である。娘を持つ身となった僕は、なんとか別の方法でこの窮地から脱出して欲しいと願った。しかしその願いは叶わなかった。
 父親の娘に対する愛情は、娘が思う愛情の在り方と決定的に乖離していたのだ。恐ろしい。僕はこの一連を生涯忘れないだろう。
 父親は組織から娘を取り返すが、娘は父の元には返らなかった。
 娘は自らドナウ川へ倒れこんで行く。その瞬間、流れが赤く染まる。僕は意表を突かれたこともあて、うかつにも「美しい」と思ってしまった。映像作家の“勝ち”だ。

 セルビア人の父親が探していた息子の遺体はドナウ川に流されていた。そうとは知らず土嚢の入った棺を運ぶ父親。長い旅の途中、その目的が“弔う”ことから“埋葬”することに変わっているのが可笑しくも哀しい。
 そして2つの遺体は伝説の教会で邂逅する。水に浮かぶ教会が神々しい美しさを放っている。
 「一粒の麦」が2つ。彼らの死は一体どれだけの人を救ったのだろう。
 少なくとも、もう一度以上観ないと、その答えは出ない気がする。ただし「二粒の麦」を取り巻く人々を見ていて、僕はこんな風に思った。
 
 人はみな良心を持っているが、その形はかなり歪である。

 秀作。
 世界史を勉強してからもう一度観たい。


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non_0101

こんにちは。
ちょっと気になりつつも見逃してしまいました。
かなり重い内容ですね。
私はかなり世界史に疎いので、しっかり勉強してから観たい作品かも。
いつかこういう作品もちゃんと観てみたいです☆
by non_0101 (2010-11-14 09:55) 

ken

僕も世界史がダメなので、来年は観る映画の製作国の歴史は
最低限勉強して行こうと思いました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-11-14 16:05) 

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