サラの鍵 [2010年 ベスト20]
第23回東京国際映画祭コンペティション作品。
公式サイトの作品解説に惹かれて観ることにした。全文引用。
「ユダヤ人迫害の動きが過激化する1942年のパリ。幼い弟を納戸に隠したサラは、その鍵を手にしたまま収容所へ送られてしまう…。過去と現代が交差し、歴史が封印していた悲痛な記憶が掘り起こされる感動のベストセラーの映画化」
ユダヤ人の迫害と聞くと、ドイツ国内でのホロコーストかと思いがちだが、実は第2次大戦中、ナチスの占領下にあったヨーロッパ全土で起きていたことを、まず認知しておく必要がある。恥ずかしながら僕は詳しく知らなかった。
そして1942年のパリ。ナチスによるユダヤ人一斉検挙が始まるが、実際にユダヤ人を捕まえに来たのはフランス警察だったという事実。これがサラの悲劇を生むことになる。
時は流れ現代のパリ。ジャーナリストのジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)は1942年に起きたユダヤ人迫害事件を取材するうち、いまはジュリアが住んでいる家でかつて起こったユダヤ人一家の悲劇にたどり着いてしまう。その家族の長女の名をサラと言った…。
歴史的背景を把握しておかなければ、理解に時間を要する箇所がところどころある。しかし、それを差し引いてもこれは素晴らしく良く出来た作品だと思う。ときどき「より理解を深めるために原作を読みたい」と思わせる映画があるけれど、これはまさにそんな一品だ。
終戦から65年を迎えた今年。今を生きる僕たちと先の大戦の関係性は限りなく希薄になりつつある。けれど想像力をまともに働かせれば戦争の傷跡を見つけることは容易で、例えば人の記憶にしても、ただそこにフタがされていたり、何かが上塗りされているだけだということを、この映画は教えてくれるだろう。
本編の序盤は戦時中のサラと、現代のジュリアをカットバックさせて進行して行く。
中盤過ぎ、ジュリアの1人称でドラマが転がり始めると、観客と戦争との距離は近くなっていく。それは今を生きるジュリアが一歩一歩時間を遡りながらユダヤ人迫害の歴史に歩み寄って行くからだ。
そして後半、サラの息子の登場によってドラマは大きく舵を切っていく。日本人にはなかなか理解し難い、「ユダヤ人とは一体何者なのか」に迫る展開だが、最終的には人種の壁を乗り越える結末に多くの観客は心を打たれるだろう。僕はドラマに没入し過ぎて、自分が泣いていることすら一瞬気付かずにいた。パリに行って間もないせいもあって、あの美しい街で起きた悲劇が胸に痛かった。
さっそく原作をAmazonで購入。
読み終えた頃にもう一度観たいので、ぜひ日本で劇場公開して欲しい。
【11月30日追記】
400頁超の大作読了。
原作を読んで2つ分かったことがある。ひとつは作品の深み。もうひとつは脚本の巧さ。
サラとジュリアが置かれた環境、状況、心境は当然原作が詳しい。しかし劇的なクライマックスは、原作よりも脚本の方がキレがいい。映像の力も大きいだろう。ここのカット割りは微妙な伏線からして見事だった。
一方、映画でもそのまま流用された、過去と現代を交差させる構成は原作のままで、特にサラとジュリアの人生が60年というときを隔ててシンクロする中盤のクライマックスは圧巻。徐々に“運命の糸”がたぐり寄せられる様は、より丁寧な筆致で描かれている原作で堪能することを勧める。
最後に「サラの鍵」が書かれるきっかけとなった出来事を書き残しておきたい。
1995年7月16日。シラク大統領(当時)は、450名のフランス人警官が、13,152名(うち子ども4,115名)のユダヤ人一斉検挙を行い、彼らを無残な死に追いやったことを国家として認め、謝罪したのだという。この演説を聴いて“フランスの犯した罪”を知った人たちが多数いたそうだ。原作者のタチアナ・ド・ロネもそう。
奇しくも僕は、先週サイパンで太平洋戦争の取材をしている最中に、この原作の3分の1を読んだ。フランスとサイパンで起きたことはまるで違うけれど、僕たちが戦争のことを知らなさ過ぎるという点は同じだと思った。
この作品にもぜひ触れて、知ってもらえると嬉しい。
傑作。
大変興味を持ちました。
観てみたい、と思いました。
by Sho (2010-11-03 06:39)
ことしの東京国際映画祭のコンペ作品は、
以前に比べて全体的にクオリティが高かったのでは…?
と思っています。
2作品しかコンペからは観ていないけれど、
kenさんともかぶってなさそうだけどw
たいへんたのしみました。
by クリス (2010-11-03 08:32)
>Shoさん
日本での公開を願いましょう。
>クリスさん
グランプリ作品は僕にはイマイチだったんですけどね。
僕ももっとコンペ作品、観たかったです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-11-03 11:39)
こんにちは。
パリにこんな歴史があったことを初めて知りました。
メリュシーヌ・マイヤンスちゃんの演技に飲み込まれました。
そして、あのラストにはやられました(T_T)
今年観た映画祭の作品で一番印象に残った作品です☆
by non_0101 (2010-11-14 10:02)
あのラストはフェイントも効いてましたね。
いま原作を読んでいますが、さらに面白くてページをめくる事に感動します。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-11-14 16:04)
とても興味深いです。
丁寧に作ってある作品のような気がしました。
原作も面白いのですね。
ぜひ日本で公開してほしい一本だと思いました!
by movielover (2010-11-15 00:16)
僕も心待ちにしています。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-11-15 13:07)
観てきました。原作も買ってあります。
そうとう深くて狭くて暗い穴に落とし込まれた気分です
(あぁこれはきっと深層心理で、サラの弟の気持ちでもあり、
鍵を開けるまでのサラの気持ちともリンクしているのでしょう)、
ま、最後は少し救われましたけれど。
人間には未来があって、立ち直っていけるものなんだと。
ただ悲惨な出来事があった、というだけじゃなくて、それが良かった。
でも、サラは。。。うーん。
あんなこともこんなことも書きたいですが、
ネタバレになるので、あまり詳しくは書けないところがツライですね。
原作にとっかかります。読み終わったら、またコメントします。
by midori (2012-02-01 22:04)
原作が猛烈に読みたくなる映画でしたよね。
ネタバレ会話をしたい気持ち、よく分かりますw
読後にまたお越し下さい!
nice!ありがとうございます。
by ken (2012-02-02 02:37)
読みました。
私は訳本が苦手で、海外の本はあまり手に取りませんが、
これはとても読みやすく(内容と、翻訳の力ですね)、
400ページが一気に読めてしまいました。
映画で時々感じた「?」なところが、よくわかりました。
映画はよく出来ていました。でも。原作を読み終えてしまうと、
テーマがテーマだけに、3時間くらいあってもよいから、
原作の細かい襞をもう少し綴って欲しかった気もします、個人的には。
(「大河」が好きなもので。3時間というと客離れもあるでしょうけども)
あと女としてもね。
これは小説ですが、納戸に隠したというようなことは実際にあったでしょう。
サラのような、ああいう体験をしてしまったら、
どんな人生でも砂を噛むように虚しいものだったでしょう。
やり直すことも、引き返すことも、前を向くことも、心から笑うことも、
どんなにあがいても結局は不可能だった人生。
大戦が終わって、70年経っていません。
過酷な体験をした人たちが、心に深い傷を負ったまま、今も少なからず生きています。
正確には「生き残って」います。そのことこそが、罪の無い彼らを苦しめている。
この本が欧米でロングセラーになり、
映画化され映画祭に採り上げられて話題になったことで、
あの悲劇はまだ終わっていない、風化させてはならない、
という一つの共通意識が改めて生まれたと思います。
主人公のジャーナリストを突き動かしたのも、そこでしたもんね。
「知らなかったことが恥ずかしくて。忘れないということを伝えたくて」
by midori (2012-02-12 17:32)
そうですね。僕も3時間超あっても良かったと思いました。
映画は原作を上手くまとめたと思いますが、もっともっと深く攻めても良かった。
ただmidoriさんが仰るように、この本や映画が世に出た意味はあったと思います。
だから多くの人に触れて欲しい。そんな1冊と1本でした。
興味を持って頂いて、本当にありがとうございました。
by ken (2012-02-12 22:15)