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沈まぬ太陽(2009年・日本) [2011年 レビュー]

監督:若松節朗 脚本:西岡琢也

 2011年最初の1本は、元日深夜に相応しい長尺(3時間22分)の作品を選んでみた。
 言わずと知れた山崎豊子原作のヒューマン・ドラマ。
 
 これだけの長尺になると大抵はどこかで中だるみするものだが、僕は劇場公開時に設けられた休憩時間も無しに最後まで一気に観た。文句なく見応えのあるドラマだった。
 これは原作が優れているのはもちろんだが、「アフリカ篇」、「御巣鷹山篇」、「会長室篇」の3部構成をうまくミックスした脚本とツボを押さえた王道の演出によるところが大きい。もちろん日航ジャンボ機墜落という事故そのものが、あれから四半世紀を経た今でも我々の脳裏に忌まわしい記憶としてこびりついていることも大きな理由のひとつだろう。

 1962年。国民航空の労働組合委員長を務める恩地元(渡辺謙)は、過酷な労働条件と低賃金の改善を訴え、経営陣と激しく対立していた。一向に歩み寄らない経営陣に対し恩地は、総理大臣のフライト日にストをぶつけるという強硬手段に出て会社側の譲歩を取り付けるが、結果恩地は報復人事にあい、カラチ、テヘラン、ナイロビと社内規定を大幅に超える約10年の海外僻地勤務を命じられる。
 一方労働組合の副委員長を務めていた行天四郎(三浦友和)は、重要ポストと引き換えに会社側に寝返り、出世街道を登り始めていた。共に闘った2人は時を経て大きく立場を変え、やがて運命の日を迎える…。

 ドラマの重要な核は御巣鷹山の事故である。
 事故前は、「航空機事故の大半はヒューマンエラーが原因」という事実に基づき、事故ゼロにするためには職場環境の改善がマスト、という視点で綴られる。対する事故後は遺族に対する対応をきっかけに、腐敗した巨大企業の体質を詳らかにし、国の息がかかった航空会社の社会倫理を訴えていく。
 原作も映画もフィクションであることを強調しているから、某航空会社のハナシを持ち出すべきではないが、現在に続く経営再建問題にも直結しているため、やはり意味深長な映画である。複数の労働組合と過剰な要求がこの会社の経営を圧迫したとの説もあるが、ここではその問題に触れる気はない。これはフィクションである。山崎豊子が全3部を通して描かんとした「人間の尊厳」とは何かを突き詰めるべきだろう。

 僕は個人的に胸のつかえが取れた気がした。
 恩地は長く辛い仕事を終えて、社会での肩書きなど何の足しにもならない場所へ還って行く。
 僕は17年前に見たアフリカの太陽を思い出していた。それはどこで見ようと変わらないはずなの太陽なのに、アフリカで見るそれはあきらかに日本で見るものと違っていた。その違いを見た目だけで説明するなら「異様に大きくて赤い」。僕はその違いが今日の今日まで分からなかったのだけれど、「沈まぬ太陽」を観てようやく分かった気がした。
 アフリカでいろんな事件に遭遇し、無力感を覚えていた僕は、アフリカの太陽をほかの動物と変わらず一個の動物として見ていたように思う。昇る朝日に対しては「今日も新しい日を迎えられて良かった」。沈む夕日に対しては「今日も1日を終えられて良かった」。それは「何物にも支配されること無く、流されること無く、自分らしく今日を精一杯生きないと、絶対に後悔するぞ」と教える太陽だったのだ。
 僕は自分が抱えた悩みを「取るに足らない小さなこと」と思い直した。もちろんそれですぐに気が晴れるわけではなかったけれど、追い詰められていた袋小路で、小さな“逃げ道”を見つけた気分にはなれた。
 確かに恩地は海外僻地勤務と、東京での閑職で20年を失ったかも知れない。しかし人間の価値を表すものが「肩書き」ではないことに気付いただけでも良かったと思う。
 人間の価値を決めるのは「人間力」に他ならない。
 仕事上でのいざこざに一喜一憂する自分はまだまだ人間力が弱すぎると猛省させられた。つまり本作は恩地が20年かけて知ったことを、わずか202分で教えてくれるありがたい作品なのである。

 渡辺謙の“耐える”演技が全編で効いている。観客の感情を一身で引き受ける大看板らしい立ち振る舞いは、作品のグレードまでも上げていたと思う。
 しかし渡辺謙は三浦友和によって引き立てられたことを忘れてはならない。彼が引き受けた役は「沈まぬ太陽」における恩地元に等しい。2人とも素晴らしい演技を見せてくれたが、僕は三浦友和に大きな賞を上げたい。そして恩地を追い込む何人もの悪役にも拍手。主役はやはり名脇役がいてこそ輝くのだ。

 最後に改めて。
 僕は17年前にアフリカで見た太陽を忘れていたのが悔しかった。
 そして、今はインターネットで世界中と繋がっていると思い込んでいたけれど、僕たちはネットが届いていないところに気持ちが行き渡っていないような気がした。ネットがないところは世界じゃない、という誤った考え方ではなく、存在そのものを忘れ去っていないかということ。
 便利な生活は人間に考えることを放棄させ、肩書きが優先される世界は人間に胡坐をかかせる。
 そんなことを思わせる映画だった。

 大ヒットした原作であるだけに、観る人それぞれ幾許かの不満はあるだろう。確かに登場人物の何人かは説明不足が気になったが、そもそもあれだけの分量のものを、3時間半弱に落としこめただけで良しとすべき。
 日本映画史に残る大作。

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Sho

いずれ観ようと思っていましたが、「ああ、絶対観なきゃ駄目だな・・!」と思いました。
あの原作が映像化されたことだけでも奇跡だと思います。

by Sho (2011-01-03 07:45) 

ken

最初はすごく観るのを躊躇したんですが、観て正解でした。
こんなに面白いとは思いませんでした。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-01-03 22:07) 

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