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クレイマー、クレイマー(1979年・アメリカ) [2011年 レビュー]

原題:KRAMER VS. KRAMER 監督・脚本:ロバート・ベントン

 リアルタイムで観ている。当時16歳。
 第52回アカデミー賞で「地獄の黙示録」を差し置いて作品賞を受賞したことについて、高校生の僕は「今のアメリカは昔の戦争より、日常茶飯事になりつつある離婚問題を重視したのだと思う」と映画ノートに書いている。
 惜しい。
 「アカデミーはベトナム戦争より、家庭の戦争を重視した」
 と端的に書けたら、違った人生を歩めたかも知れないのに(笑)。

 子どもの頃に観た映画を、大人になって観直すのはいいことだと思う。少なくとも2つの視点でその映画を愉しむことが出来るし、より深く作品を理解することも出来る。
 当時の僕は登場人物の誰にも感情移入せず、まるで親戚の家で起きた出来事のように、他人事で観ていたと思う。それは僕がテッド(ダスティン・ホフマン)のような父親でもなければ、息子のビリー(ジャスティン・ヘンリー)のように幼い子どもでもなかったからだ。
 また僕と同じ年頃の登場人物がいなかったのも、感情移入を果たせなかった理由のひとつだと思う。僕は「悪いのはワーカホリックの夫か、それとも自我に目覚めた妻か」とかなり冷静に観ていたようだ。その証拠に当時の映画ノートには感傷的なことが一切書かれていなかった。

 しかし、さすがに今回は僕自身をテッド(ダスティン・ホフマン)に重ねた。仕事優先の彼は間違いなく僕の一部だったからだ。
 今、僕の妻が娘を置いて家を出ることは考え難い。けれど僕に不満はあるかもしれない。それはあるシーンで気がついた。
 夕食のテーブルで父に反抗したビリーは、ベッドで泣き疲れて眠っている。様子を見に来たテッド。気付いたビリーが謝ると2人は仲直りし、テッドは母親が出て行った理由を語り始める。

 「ママもパパを幸せにしようとずいぶん努力したし、うまくいかない時はパパと話し合おうとした。でもパパは仕事が忙しくて、ママの話を聞こうとしなかった。パパが幸せならママも幸せだと思ってたんだ。だからママはとても寂しかったろう」

 いま聴くと平凡なセリフだが、当時は妙な胸騒ぎを覚えた男性客が沢山いたんじゃないだろうか。少なくとも僕は、僕自身の振る舞いに不安を感じた。
 一方でこのシーンは観かたを変えると「テッドがビリーの人権を認めた」シーンでもある。息子に対する父の愛情も厚く表現されていて、このシーンなしに本作のアカデミー賞受賞は無かったと断言したい。

 今回観て改めて気がついた点もある。それはテンポと切れ味の良さ。
 すべてのカットに贅肉がまったく無く、あと1秒短ければとか、あと1秒長ければというカットが1カットも無い。トータル的に見ても、中盤以降は法廷劇となる脚本で上映時間がわずか105分とは驚異である。しかも、そのだらだらと長くないカットの中で、ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープは絶妙の緩急を使う。時に切れ味鋭い芝居で観客の注意を引き、時にカットの尺より長いんじゃないかと思わせる間合いで観客の息まで止める。
 時代を経ても全く劣化しない、素晴らしいドラマである。
 確かに「地獄の黙示録」よりアカデミー作品賞に相応しいと思った。憂いに満ちたメリル・ストリープの美しい表情も見もの。そしてヴィヴァルディの「マンドリン協奏曲ハ長調R425/第一楽章」はやっぱり耳に心地良い。選曲のセンスもナイス。

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コメント 10

satoco

名画に数えられていい作品だと個人的には思っています。こんなに無駄のない映画はめったにないです。ホームドラマ的でありながらシーンによっては非常に迫力もあり、緩急の果てにたどりつくエンディングの味わいも素晴らしいです。

by satoco (2011-04-06 10:07) 

Sho

ああ、この映画今観ようと思います。上映されたのは、確か高校生のときでした。何度も「観よう観よう」と思いましたが、多分タイミングとしては今がベストな気がします。
by Sho (2011-04-06 22:44) 

ken

>satocoさん
 本当にまったく無駄の無い、見事な作品でした。
 ところでエンディングのエレベーターのシーン。
 劇場版とwowow版とでは、訳が違いましたね。
 当時は「今日の私、キレイ?」だった気がします。今思うとイマイチだけど。
 nice!ありがとうございます。

>Shoさん
 未見なんですね。今がベストかどうかは分かりませんが、
 きっとベターであると思います。nice!ありがとうございます。
by ken (2011-04-07 03:19) 

カオリ

そういえば、ワタシも10代の頃に観ましたが、確かに表面的にストーリーだけを追ったような記憶があります。「今」の自分がどう感じるか、そう思うとまた観てみたい作品ってたくさんあります。
by カオリ (2011-04-07 11:22) 

ken

父親か母親に感情移入出来る年齢になって観ると、
まったく見え方が変わると思います。その変化を愉しんでください。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-04-07 11:47) 

coco030705

こんばんは。ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。
ほんとうに日本は大変なことになりましたね。日本全体でこれからのことを考えなければなりませんね。私も自分の活動の中で、仲間達といっしょに
考えて行きます。

話は変って、この映画のことですが、これは何度もTVで観ていて
そのたびに面白いなと思っていた一作です。
kenさんのレビューを読んで、そうなんや!と思いました。それで
面白いんですね。ぜひもう一度観なおしてみようと思います。
by coco030705 (2011-04-10 22:12) 

spika

このレビューを見てダスティー・ホフマンの相手役が
メリル・ストリープと知って初めて観ました

2004年のTVドラマ『僕と彼女と彼女の生きる道』はそっくりなんですね。その差25年です

この映画で一番良かったのはラスト。

人間関係の色んな可能性を秘めてエレベーターのドアが閉まるのと同時にジ・エンドになる。

これはもう衝撃でしたね

by spika (2011-04-11 16:26) 

ken

>coco030705さん
 僕自身、改めて観てみておもしろさを「再発見」した映画でした。
 ムダのないカットと、緩急の効いた芝居を、今一度愉しんでください。
 nice!ありがとうございます。

>spikaさん
 ラストシーンの潔さは昨今のハリウッドと日本映画に見習って欲しいです。
 映画史に残るラストシーンでしたよね。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2011-04-13 00:17) 

うつぼ

小学生の頃、劇場で見ました。
そのときは、なんてひどい母ちゃんなんだ、と思っていましたが
大人になってからテレビでみたときは、こんな父ちゃんじゃなー
どちらの側から見るかで全然違うと思いました。
kenさんの記事をみたら改めて鑑賞したくなりました!
by うつぼ (2011-04-16 10:21) 

ken

小学生が観るにはシブイ映画ですねw
いま観たら、うつぼさんの目にはどう映るのでしょうか?楽しみです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-04-16 11:53) 

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