ユリョン(1999年・韓国) [2011年 レビュー]
原題:유령/PHANTOM THE SUBMARINE 監督:ミン・ビョンチョン
「幽霊」というタイトルの本作は韓国産の潜水艦映画である。
潜水艦映画は、①見えない敵との頭脳戦、②閉ざされた特殊な環境下での軋轢、③艦長と副長(あるいはエリートと叩き上げ)の対立、が伝統的なプロットになっていて、与えられた任務の違いだけが作品の個性という極めて特殊なジャンルである。故に興行的には難しいジャンルだと思う。僕も本作は観ようか観まいか一瞬悩んだ。それでも観ることにしたのは、これが1999年の作品だと気付いたからだ。
韓国映画の歴史を少し振り返ってみる。
韓国には98年まで、映画の検閲を行う「映画公社」という国の機関が存在していた。
公社では自国で制作する映画の検閲を(脚本段階と完成時の2度)行っていて、国策に反するものは片っ端から排除していた。中でも最大のタブーとされたのが「北朝鮮」である。
当時北朝鮮を好意的に描くことは絶対に許されず、北朝鮮をモチーフにした映画は絶対に「反共」でなければならなかった。韓国は“善”、北朝鮮は“悪”という図式以外許されなかったのである。そんな暗い時代が長く続き、観客は検閲によって骨抜きにされた国産映画にそっぽを向いた。
ところが98年。新たに就任した金大中大統領の公約によって「映画公社」は民間に引き渡され、検閲は廃止されることになった。作品のテーマや表現に一切の制限がなくなったのである。
そして翌99年、韓国映画の歴史を大きく変える1本の映画が誕生する。それが「シュリ」だった。
韓国の諜報部員の恋人が、実は北朝鮮の工作員だったというショッキングな設定に、悲恋の要素を加味したこの作品は、観客動員数621万人と当時の記録を樹立し、韓国国内で国産映画が年間ランキング1位を獲得した初めての作品になった。
この「シュリ」の成功が「韓国映画でも成功することが出来る」と韓国映画人に自信を与え、のちの「JSA」、「シルミド」、「ブラザーフッド」を誕生させるのである。
「シュリ」と同じ99年に公開された潜水艦映画「ユリョン」は、検閲が無くなった韓国で作られた初の潜水艦映画である。だから観る気になった。そして僕が興味を持ったのは、「ユリョン」がどんな“任務”を負っていたのかの一点だ。
韓国政府はロシアから極秘裏に原子力潜水艦を入手していた。その乗組員たちは記録上「死んだことになっている」男たち。少佐として乗り込んだイ・チャンソク(チョン・ウソン)も、上官を殺害した罪で銃殺刑になるはずだった。
艦はやがて政府の極秘任務を受け、日本海を目指す。その任務とは日本の主要都市に核ミサイルを撃ち込み、日本を崩壊させることだった…。
「ユリョン」に与えられた任務は、積年の恨みを晴らさんとする韓国人の潜在的願望である。しかしドラマはそれを阻止せんとイ・チャンソクが孤軍奮闘するものである。
僕はこの作品も「シュリ」と同じく、検閲の呪縛から解放された韓国映画人のチャレンジ精神あふれる1本だと思った。観ようによっては反日映画と取れなくもないが、僕は「韓国映画人がはじめて核と正しく向き合った作品」と評価したい。
潜水艦映画の研究もきちんとしていたと見えて、伝統的プロットを採用した脚本もまずまず。ただし「全員が死んだ男ことになっている男たち」という設定が消化しきれていないのは残念だった。
99年の韓国映画。他にもあったら観てみたい。
端役でソル・ギョングが出ているので、ファンは一見の価値あり。
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