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奇跡(2011年・日本) [2011年 レビュー]

監督・脚本・編集:是枝裕和

 日本にとっては敗戦以来の国難となった2011年。その最後を締めくくる作品は、しばらく前からこれと決めていた。地震はともかく、起きて欲しくなかった“事故”が起きた今年。叶うことなら起きて欲しい“奇跡”。

 本作のことを語る前に、今年観たもう1本の是枝作品について少し触れておきたい。
 それは震災前の2月16日にリリースされたAKB48のシングル「桜の木になろう」のPV(DVD収録完全バージョン)。是枝監督が撮ったこのショートフィルムを観て、僕は不覚にも号泣してしまった。
 ストーリーは亡くなった友人の何度目かの命日を迎え、かつての友が故人を偲ぶというもの。早世した少女を松井珠理奈が、遺された友を前田敦子、大島優子、高橋みなみ、小嶋陽菜、板野友美の5人が演じている。
 泣けた理由は単純。僕もこれまでに何人かの友を亡くしているからだが、それにしてもどうしてこんなに泣けたのかと冷静に考えたら、過去の是枝作品に共通する“あるワザ”が使われていることに気が付いた。

 それは「役者の演技に依存することなく観客の心を揺さぶるワザ」である。
 断っておくが、AKBメンバーの演技が下手だと言っているワケではない。当て書きしただろう脚本の巧さはあるにせよ、彼女たちの自然な表情には彼女たちの理解力の高さが表れていたと思う。
 とまれ是枝演出の真髄は「役者がただ立っているだけでも、観客が感情移入できるよう仕向けるリードの仕方にある」と気付いたのだ。
 僕が「桜の木になろう」で心を揺さぶられたのは、亡くなった珠理奈が「自分のことを想い続けている人たちのことを、逆に見守り続けている」という設定だ。それはドラマの中盤で明かされ、5人の視点で描かれていたドラマは一転、松井珠理奈視点で描かれる。この瞬間から観客は「遺された人間が想う以上に、逝った人間が遺された人間を想っている」というメッセージを受け取るのである。本作にはこれ以上の芝居もセリフも存在しない。「役者の演技に依存しない」とはこういう意味である。

 「過剰な演出を避けて、明確なメッセージをタイミング良く投下し、観客に物語を補完させる」

 これはドキュメンタリー演出を手がけた是枝監督ならではのワザと言っていいと思う。
 振り返ってみても、「誰も知らない」では観客を“共犯者”に仕立て上げ、事件そのものを再考させ、「花よりもなほ」では時代劇の定番プロット「仇討ち」を否定して、実は身近な暴力を無意識のうちに許していないかと観客に問いかけ、「歩いても歩いても」では知らず知らずのウチに家族の誰かを傷つけたかも知れないエピソードを観客に思い出させて、「空気人形」では観客自身が“ココロを失った登場人物のひとり”になっていないか客観視させたのだ。
 被写体にすべてを語らせない。それがドキュメンタリーの基本。
 そして「奇跡」である。
 小学生兄弟漫才コンビ「まえだまえだ」を起用したと聞いたときは、さすがにどうかと思っていた。けれど「桜の木になろう」のPVを観て、僕はすっかり安心した。理由は先に挙げた通りである。

 両親の離婚によって福岡と鹿児島で離ればなれに暮らす航一(前田航基)と龍之介(前田旺志郎)。航一はある日「九州新幹線の一番列車がすれ違う瞬間、その場で願い事を唱えると夢が叶う」というウワサを耳にする。大阪から鹿児島に引っ越し、なかなか馴染めなかった航一は、また家族4人で一緒に暮らしたいと密かに行動を起こすのだが…。

 航一が登場するファーストカットからして「さすが」と思ったのだけれど、とにかくフツー。とにかく気取りがない。本当にドキュメンタリーのようにさりげない風景からテイクオフしている。そもそも役者が市井の人を演じていること事態非日常なのだから、それをありがちな景色として切り取れるのは相当なセンスだと思う。
 ところが時間が経過するに従い、作品の風味がいささか「ぼんやり」して来る。進展もスピーディとは言えず、明確なメッセージもなかなか投下されない。「樹木希林」という保険は掛けてあるから、飽きることなく観ていられるのだけれど、さて一体どうしたもんかと思っていたら、終盤へ向う途中での“さりげない仕掛け”に気付いて、僕はなるほどと膝を打った。
 
 これは大人向けの映画ではなく、是枝監督が子どもたちのために撮った「児童映画」だ。

 “さりげない仕掛け”とは航一の友だち、真の飼っていた犬の死である。
 真は九州新幹線のすれ違いを目撃する旅に、亡骸となった愛犬を抱えてやって来る。そして「イチローのようなプロ野球選手になりたい」という願い事を取り消し、愛犬を生き返らせたいと言うのだ。
 この瞬間、大人はもとより子どもですら「その奇跡は起きない」と思う。
 それでも真は、起きない奇跡を起こすため、航一とともに旅に出る。
 真の行動は「努力を怠った瞬間、奇跡が起きる可能性はゼロになる」ことを教えてくれるのだ。
 これほどまでにピュアなメッセージは今さら大人には伝わるまい。しかし子どもには分かって欲しいし、子どもになら伝わると思う。だから僕はこの作品を児童文学ならぬ「児童映画」だと思ったのだ。

 もうひとつ印象的なシーンがある。
 かつて和菓子職人だった航一の祖父・周吉(橋爪功)が、昔取った杵柄で「かるかん」を作り始める。材料となる山芋を周吉と航一が並んでおろしているシーンで、ゴシゴシと縦に山芋をおろす航一を見て、周吉は「丸ぅ、回さんか」と注意する。丸く回すのはきめを細かくするためである。しかし時間はかかる。子どもは与えられた仕事を早く済ませたい一心である。
 「経験値の差」とよく言う。
 これは結果(あるいはゴール)をイメージ出来ているか否かの差だと思う。結果がイメージ出来ていれば、そのための努力は苦にならない。目的が明確だからである。しかし結果がイメージ出来なければ、当然目的も理解出来ず、求められる努力は苦痛になる。僕はこのシーンを観て、オトナになると言うことは「結果を急いて求めずともいられる」、つまり「ガマン出来る」ことだと思った。
 これは今すぐ理解出来るかどうかは別にして、小学4年生以上のすべての子どもに見せていい作品だと思う。小学生にとってはかなりリアルな現実が描かれていると思うし、親と一緒に見て感想を共有するには絶好のテーマである。

 2012年にはいくつの奇跡が起きるだろう。
 そのためには僕たち自身になすべきことがあると思う。
 だから「来年はいい年でありますように」と願をかけるのではなく、「来年はいい年に出来ますように」と自分にハッパをかけて、2011年を締めくくりたい。

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コメント 2

CORO

『桜の木になろう』のPVが是枝監督だったんですか。
ならばちゃんと見てみなくては^^
『奇跡』は瑞々しい作品でしたが、
たしかにちょっと物語の輪郭がぼやけてましたね。
子供に向けた映画というのに納得です。
by CORO (2012-01-07 23:17) 

ken

「桜の木になろう」PVはとてもよく出来た作品だと思います。
ぜひ完全版をご覧になって下さい。
そして「奇跡」は仰る通り、オトナにはちょっとぼやけてますよね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2012-01-07 23:48) 

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