霧の旗 [2010年 ベスト20]
「霧の旗」(1965年・日本) 監督:山田洋次 脚本:橋本忍
元旦の深夜。欠伸が出始めると僕は亡き父のことを思い出す。
子供のころの正月。父と2人で何度かテレビの深夜映画を観た。観終わると父は必ず「面白かったか?」と聞いた。一緒に観ているのにどうして“問いかけ”なんだろうと思ったけれど、大抵僕は「面白かった」と答えた。父の返しはその時々で「そうか」だったり、「うん」だったりした。会話は大概それっきりで、父は「早く寝ろ」と続けてリビングを出て行った。映画の感想を語り合うことはなく、ただ「一緒に観た」だけ。なのにこの時期になると必ず思い出す。歳の離れた父子が共有した数少ない2人きりの時間だったからだろう。
そんな記憶が甦るから、正月の深夜は映画が観たくなる。今年は妻が寝たあと4時から観始めた。
昨年は松本清張生誕100周年だった。
wowowでも特集を組んでいるので、これを機会に観てみようと思う。旧い映画だと父と一緒に観ている気分にもなれるのもいい。
選んだのは山田洋次監督が倍賞千恵子を主演に撮ったモノクロ作品。松本清張作品を山田洋次監督が撮っていたとは驚きだった。タイミング的に言うと「男はつらいよ」第1作を撮る4年前の作品である。
さて、前フリが長くなったので結論から言おう。
この映画あまりに面白すぎて驚いた。
無実の罪で死刑を言い渡された兄を救うため、柳田桐子(倍賞千恵子)は熊本から上京。東京でも高名な弁護士、大塚欽三に弁護を依頼するが桐子は無下に断られる。しばらく後、兄は獄死。桐子は大塚弁護士に復讐することを誓う。
まずはストーリーが抜群に面白い。
全体は殺人事件の謎を解明するブロックと、桐子が大塚に復讐をするブロックに分かれているのだが、この趣の異なるドラマが二つ同居する構造がいい。観客は前半「謎解き」、後半「心理戦」を楽しめる。中でも後半の出来栄えは素晴らしい。
復讐を開始した桐子の行動があまりに謎めいているため、観客は全員大塚弁護士と同じ“疑問”を抱く。そしてしばらくは暗闇を歩くように手探り状態で進むのだが、大きく膨らんだ“疑問”はエンディングのワンシーンで、その全貌が明らかになる。凄まじい切れ味。まさに“驚愕のクライマックス”である。ちなみに僕は「あちゃー!」と声が出てしまった。それは僕が男だからだ。女性はどんなリアクションになるか、分からない。
原作はもちろんだが、橋本忍の脚本と若き山田洋次演出にも目を見張るものがある。
構成として見事だったのは、すべてのシーンが必要以上に長くないという点だ。優れていたのは、桐子も証人として出廷した兄の裁判のシーン。この件は往々にして説明要素が多いため、どうしても長くなってしまうケースなのだが、裁判そのものを回想シーンとしたことで、必要なポイントだけを振り返る構成にした点が見事。裁判のシークエンスは当然いくつかのシーンとカットバックされ、まったく飽きさせない作りになっている。
山田演出ではもう一点。
序盤、弁護を断られた桐子が車の往来の多い道路(おそらく日比谷通りの二重橋前あたりと思われる)を呆然と歩いているシーン。ここは桐子の靴音だけを入れて、車のノイズは一切カットする演出を施している。観客は一瞬「何事?」と思うが、こんなところにも演出家としての主張が表れていて面白い。ただし殺人事件の幕引きが巧く出来ていない点だけ、若干の不満が残った。
オススメのポイントをあと2つ。
この時代の東京の資料映像としても見応えがある。セットのシーンも多いが、先の日比谷通りのシーンや特に銀座界隈ではいくつものシーンが撮影されていて、背景を観るだけでも興味深い。
そして僕が一番心打たれたのは倍賞千恵子の可愛らしさだ。当時24歳。桐子と言う役に倍賞千恵子を当てたキャスティングも巧いと思う。倍賞千恵子だったからこそ、多くの観客は「騙された」と思ったことだろう。
海上でのラストシーンに松本清張作品の凄さも見せてもらった。
山田洋次、当時34歳にしてすでに完璧に近い作品。傑作。
元旦の深夜。欠伸が出始めると僕は亡き父のことを思い出す。
子供のころの正月。父と2人で何度かテレビの深夜映画を観た。観終わると父は必ず「面白かったか?」と聞いた。一緒に観ているのにどうして“問いかけ”なんだろうと思ったけれど、大抵僕は「面白かった」と答えた。父の返しはその時々で「そうか」だったり、「うん」だったりした。会話は大概それっきりで、父は「早く寝ろ」と続けてリビングを出て行った。映画の感想を語り合うことはなく、ただ「一緒に観た」だけ。なのにこの時期になると必ず思い出す。歳の離れた父子が共有した数少ない2人きりの時間だったからだろう。
そんな記憶が甦るから、正月の深夜は映画が観たくなる。今年は妻が寝たあと4時から観始めた。
昨年は松本清張生誕100周年だった。
wowowでも特集を組んでいるので、これを機会に観てみようと思う。旧い映画だと父と一緒に観ている気分にもなれるのもいい。
選んだのは山田洋次監督が倍賞千恵子を主演に撮ったモノクロ作品。松本清張作品を山田洋次監督が撮っていたとは驚きだった。タイミング的に言うと「男はつらいよ」第1作を撮る4年前の作品である。
さて、前フリが長くなったので結論から言おう。
この映画あまりに面白すぎて驚いた。
無実の罪で死刑を言い渡された兄を救うため、柳田桐子(倍賞千恵子)は熊本から上京。東京でも高名な弁護士、大塚欽三に弁護を依頼するが桐子は無下に断られる。しばらく後、兄は獄死。桐子は大塚弁護士に復讐することを誓う。
まずはストーリーが抜群に面白い。
全体は殺人事件の謎を解明するブロックと、桐子が大塚に復讐をするブロックに分かれているのだが、この趣の異なるドラマが二つ同居する構造がいい。観客は前半「謎解き」、後半「心理戦」を楽しめる。中でも後半の出来栄えは素晴らしい。
復讐を開始した桐子の行動があまりに謎めいているため、観客は全員大塚弁護士と同じ“疑問”を抱く。そしてしばらくは暗闇を歩くように手探り状態で進むのだが、大きく膨らんだ“疑問”はエンディングのワンシーンで、その全貌が明らかになる。凄まじい切れ味。まさに“驚愕のクライマックス”である。ちなみに僕は「あちゃー!」と声が出てしまった。それは僕が男だからだ。女性はどんなリアクションになるか、分からない。
原作はもちろんだが、橋本忍の脚本と若き山田洋次演出にも目を見張るものがある。
構成として見事だったのは、すべてのシーンが必要以上に長くないという点だ。優れていたのは、桐子も証人として出廷した兄の裁判のシーン。この件は往々にして説明要素が多いため、どうしても長くなってしまうケースなのだが、裁判そのものを回想シーンとしたことで、必要なポイントだけを振り返る構成にした点が見事。裁判のシークエンスは当然いくつかのシーンとカットバックされ、まったく飽きさせない作りになっている。
山田演出ではもう一点。
序盤、弁護を断られた桐子が車の往来の多い道路(おそらく日比谷通りの二重橋前あたりと思われる)を呆然と歩いているシーン。ここは桐子の靴音だけを入れて、車のノイズは一切カットする演出を施している。観客は一瞬「何事?」と思うが、こんなところにも演出家としての主張が表れていて面白い。ただし殺人事件の幕引きが巧く出来ていない点だけ、若干の不満が残った。
オススメのポイントをあと2つ。
この時代の東京の資料映像としても見応えがある。セットのシーンも多いが、先の日比谷通りのシーンや特に銀座界隈ではいくつものシーンが撮影されていて、背景を観るだけでも興味深い。
そして僕が一番心打たれたのは倍賞千恵子の可愛らしさだ。当時24歳。桐子と言う役に倍賞千恵子を当てたキャスティングも巧いと思う。倍賞千恵子だったからこそ、多くの観客は「騙された」と思ったことだろう。
海上でのラストシーンに松本清張作品の凄さも見せてもらった。
山田洋次、当時34歳にしてすでに完璧に近い作品。傑作。