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ミリオンダラー・ベイビー [2005年 ベスト20]

ミリオンダラー・ベイビー」(2004年・アメリカ) 監督:クリント・イーストウッド 脚本:ポール・ハギス

 映画を観終えて一番感心したのはパブリシティにおける「情報制限」の巧みさだった。
 その最たる例は予告編だが、改めて観てもその巧さが光っている。公開まもなく本編を観た客たちは一様に驚いたことだろう。
 
まさかそんな展開になるなんて…」
 
 断言しておく。
 僕はアカデミー作品賞を獲った「許されざる者」(1992)も「ミスティック・リバー」(2003)も大嫌いだ。その理由はただひとつ。「救いが無い」からである。
 そんな個人的な事情で、イーストウッドの新作がアカデミー4冠(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞)を獲ろうとも別段観ようとは思わなかった。そもそも「許されざる者」も4冠(作品・監督・助演男優・編集)だったのだ。ことイーストウッド作品に関してはアカデミー賞をいくつ獲ろうと僕には何の意味もない。

 しかし。
 「ミリオンダラー・ベイビー」は面白かった。
 …いくつか整理してみよう。
 
 ボクシング映画に必要不可欠なもの。それは「敗戦」だ。主役が負けないボクシング映画は無いと断言してもいい(あったら教えて)。ところがこの作品は「もしや主役が負けない映画なのか?」と思わせる展開をする。「もしも負けない映画だったらすごいことだ」と僕は思った。その矢先に事故が起きる。ここからがいわゆる「情報公開制限」の引かれた箇所に当たるわけだが、
ここから先はボクシング映画ではない。実に単純な愛の物語である。そう言いながら過去を振り返ってみれば、ボクシングを題材にした映画はすべてが「愛の物語」であったような気もするが。
 いずれにしてもこの先の師弟関係を超えた展開は「遠くの親戚より近くの他人」という言葉を思い出させる。そう、人は独りでは生きていけないのだ。
 
 悔いの残る点も少なくない。
 老トレーナー、フランキー(クリント・イーストウッド)が、31歳のボクサー、マギー(ヒラリー・スワンク)に心を開いていく過程は描写が甘すぎる。「それくらい言わなくても分かれよ」と言うイーストウッドの声が聞こえてきそうだが言葉が足りないのは事実。観客に行間を読ませる作業はこのあとにとっておくべきなので、ここは映像的にも雄弁になるべきだった。その逆でこの2人が初対面するシーンはフランキーが無意味に雄弁過ぎたと思う。このシーンは脚本家の驕りだった。フランキーはそれ以降ウィットに富んだセリフを一言だって発していないのだから。
 

 最も感動的なのはフランキーがマギーのガウンに刺繍したゲール語、「モ・クシュラ」の意味を教えるシーンだ。
 「試合に勝てば教えてやる」というセリフの伏線も効いていて、マギーにとっての人生は「勝ち」だったのか「負け」だったのかを観客にジャッジさせる絶妙なシーンに仕上がっている。また言葉の意味を聞かされたときのヒラリー・スワンクが最高の演技をするのだ。僕はこのワンシーンの演技だけでアカデミー主演女優賞に相応しいと心から思った。

 僕にとっては「救いのない」映画を撮ってきたクリント・イーストウッドが、「自分の行為は救われないと知りつつ、愛する者を救うために罪を被る」というテーマを撮ったことについては評価する。しかし2004年・第77回のアカデミー賞が、作品賞に「ミリオンダラー・ベイビー」を、外国語映画賞に「海を飛ぶ夢」を選んでいる意味がよく分からない。どちらもまったく似たようなテーマを扱っていて、しかも人間の尊厳については「海を飛ぶ夢」のほうが深く掘り下げられているのだ。どうしてこんな選出をするのか聞けるものなら聞いてみたいと思った。それとも今のアカデミー会員はこういった問題を抱えている人間が多いのだろうか?

 モ・クシュラ。
 「愛する者よ、お前は私の血だ」
 
 僕はこのシーンがもう一度観たくてDVDを買いました。
 そして「生きる意味」を自問したいと思います。


ミリオンダラー・ベイビー

ミリオンダラー・ベイビー

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2005/10/28
  • メディア: DVD
 

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コメント 18

po-net

予告を観た時に、きっと救いのない映画なのだろうと感じました。
いつか観ようと思うけど、なかなか手が出ない。またミスティックリバー
のようだったらどうしようと。。でもその感動的なシーン、観たいなぁ。
近々借りてみることにします。
by po-net (2005-11-12 01:17) 

最初あんまり興味なかったんですけど、観たら感動している自分がいました。。
友達に電話したら「今ね、クリント・イーストウッドの息子と飲んでる」って言われたので、知らないのに代わってもらって、この感動を切々と語ってしまいました。。彼よりも私の方が酔っ払いみたいでした…。。
by (2005-11-12 08:36) 

youko

私は、映画館で見ました。
二人が勝ち進んでいるときに、悪いことが起こりそうで不安で不安でしかたなかったです。そうしたら、あんなことがあって、やっぱりこういう事が起きるんだって胸が痛みました。
by youko (2005-11-12 17:58) 

んー!いいレビューです。劇場で見逃してしまったので 早くみたいです。こういう映画、好きなんですよね。でも時間がなくて今月はお預けです。
by (2005-11-12 19:31) 

snorita

私はだめだった、生理的に受け付けなかったです。どうも、’うそ臭い’と思ってしまって。
アメリカ人こんなので感動しちゃうんだと、・・・クリントイーストウッドがいい役者だとおもうのは
彼らの幻想だと思ってしまったんですけど・・・・すいません。もう一度、みてみるかな。
by snorita (2005-11-12 19:48) 

魚河岸おじさん

こんばんは
偶然にも今見終わりまして、ブログ書き終えたところです。
kenさんは彼の作品をあまり評価していなかったので
この作品は見るのかなーなんて思いながら見始めていました。
この偶然にTBさせていただきます。
by 魚河岸おじさん (2005-11-12 22:36) 

kobekko

観ました、感動して涙も出ました。
しかも、このブログを開設したその日に観ました。
DVDは必ず買います!!!
by kobekko (2005-11-13 01:30) 

ken

>po-netさん
 ネタバレ記事を読ませてしまって申し訳ありません!
 でもこの作品は観てもいいと思います。
 「ミスティックリバー」にはヘコみましたよねえ(笑)。
 nice!ありがとうございます。

>aikaさん
 クリント・イーストウッドの息子と電話で話すって展開が
 「ゴイス~(業界用語的「すごい」の意)」です。nice!ありがとうございます。

>youさん
 僕はわりとのんきに観ちゃうほうなんですね(笑)。
 心配性になる気持ちもよく分かります。

>replicalove*さん
 nice!ありがとうございます。相変わらずお忙しそうですね。
 この作品は気持ちにゆとりのあるとき、ゆっくりとした気分で観て下さい。

>snoritaさん
 貴重なコメントありがとうございます。
 クリント・イーストウッドがいい役者だとは僕も思いませんけど、
 過去に何度も彼が撮ってきた、
 「非情な現実に追い詰められた人間がとる究極の行動」
 の中では、一番まともな作品だったと思います。

>魚河岸おじさん
 そう言えば鮨屋でクリント・イーストウッドのことをボロクソに言ってましたよね
 僕(笑)。でもこの映画でちょっと見直しました。nice!ありがとうございます。

>ボニピンさん
 通常のレンタル版に特典映像がなかったのも購入した理由です。
 買ったといってもAmazonでオーダーしただけなんですけど。
 そういやここ2年くらいAmazonに落とす金がすごい金額になってます(笑)。
by ken (2005-11-13 04:58) 

カオリ

封切り日に観て、愕然とした観客のひとりです。
1度劇場で観たきりですが、もの悲しいギターが奏でるテーマ曲が時々頭をよぎります。
by カオリ (2005-11-14 00:48) 

ken

封切り日に観たカオリさんがnice!です。
イーストウッドって作曲もするのね。いがい~。
by ken (2005-11-14 19:22) 

カオリ

そういえば、kenさんにこの映画の記事にnice!をいただいたことを思い出しました。
今更ですけど、TBさせていただきますね〜。
by カオリ (2005-11-15 01:09) 

ken

おお、そうでしたね。お母さんと一緒に行ったのね。
by ken (2005-11-15 14:26) 

satoco

ダンがマギーに心を開く描写が甘い、そのとおりですね。イーストウッド的にはそれは省略の美なんでしょうけど、あれは観る側が「きっと最後にはこのコに心を開くんだろう」と思ってるから成り立っているだけであり、描写はお粗末だと私も感じました。

監督としてのイーストウッドって自分のやりたい手法がまずあって(今回は絶対陰影に富んだ映像をふんだんに使いたかったに違いない)ストーリィは自分が好きなものを持ってきて...ってやってる気がします。私の感覚では北野武監督と結構近い印象です。どっちも大好きではないけど好きなところがあり、嫌いなところもあり、です。
by satoco (2006-03-16 15:39) 

ken

なるほど、北野監督との類似性は確実にありますね。素晴らしい発見です。
ただし暴力も辞せずのスタンスはどちらも好きじゃありません。
satocoさんの分析力は見事です。nice!ありがとうございます。
by ken (2006-03-16 23:32) 

green

素晴らしいレビューですね。
でもネタバレしているので、観る前に読んだらダメですね(笑)
地上波で観たので、今度は字幕版を観てみたいです。
モーガン・フリーマンのナレーションや、
kenさんの好きなシーンをオリジナル音声で聴きたい!
by green (2007-01-11 20:27) 

ken

greenさん。
確かに完全ネタバレ記事です(笑)。オリジナル音声はグッと来ますよ!
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-01-11 23:02) 

てくてく

こんばんは^^
色んな意見が充実しているコメント欄を読ませて頂き、
kenさんの記事とも併せて
“なるほどな~”と感じ入りました。
私はとてもいい映画だと感動した一人です^^
でも、映画館で公開時に観た時より
数年経った今回の方が、よりズンっと来たような気がします。
(ハイビジョン放送を録画、私もこれを“保存版”にするつもりです^^)
by てくてく (2010-05-24 23:19) 

ken

きっと歳を重ねるごとに味わいが深くなるように思います。
久しぶりに観てみたくなりました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-05-28 00:14) 

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