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嫌われ松子の一生 [2006年 ベスト20]

嫌われ松子の一生」(2006年・日本) 脚本・監督:中島哲也

 1978年に「初恋編」(監督:実相寺昭夫、主演:薬師丸ひろ子)という作品がカンヌで金賞を受賞していることを知る人は意外と少ない。
 しかし知らないのも当然のハナシで、この作品は映画ではなくコマーシャルフィルムであり、“カンヌ”とは「カンヌ国際広告祭」のことだからだ。
 事情を説明すると、この作品はもともとカンヌの「賞獲り」を目指して作られた資生堂の180秒CFで、出品条件を満たすために(テレビコマーシャル部門に出品する以上、テレビで放映された作品でなければならない)ただ一度だけ放映された“幻のCF”な
のだ。
 僕が「初恋編」を見たのはカンヌの金賞受賞から3年後。当時通っていた映像関係の学校の「CM概論」という授業でこの作品が取り上げられたときだった。そのとき
講師がこんな話をしていた記憶がある。

 『CFの監督はほとんどの人間が30秒のCFしか作ったことがない。だからせいぜい頑張っても60秒を作るのが精一杯で、それを越える長編CMの場合は映画監督を起用するケースが多い。
 2時間の作品を作れる者は30秒の作品も作れるが、30秒の作品を作る者は1分以上の作品を作る“スタミナ”がないからだ』
 
 講師の言う“スタミナ”とは体力的なことではなく、構成力という意味である。
 マラソン選手にとって100メートルは通過点だが、短距離選手にとって42.195キロは力配分さえ分からない未知の領域とも例えた。
 そう聞いて当時ズブの素人だった僕は「そんなバカな話があるか」と思っていた。
 「30秒も3分
も大して変わらないじゃないか」
 しかし実際に作り手側に回ってみると、講師の言葉は事実だった。
 例えば15秒で完結する作品をメインに作ると、同作品の30秒タイプは間延びして気が抜けたような作品になった。その逆で30秒タイプをメインに作ると、15秒タイプの作品もなかなかの出来栄えになった。不思議に思えるかも知れないがこれは事実なのだ。こうして「映画監督にCMは作れても、CMディレクターに映画は作れない」は僕の中で定説になった。

 それから20年。
 確かに30秒の世界の人と、120分の世界の人とでは作るものが違う。
 「しかしそれはそれでいいのだ」
 僕は「嫌われ松子の一生」を観ながらそう思った。
 だってこの作品は120分の世界で生きてきた人には撮れないと思う(もしやれたとしたら鈴木清順監督くらいだろうか?ちきしょうだったら「オペレッタ狸御殿」見ておけば良かった)。それくらい特殊な世界を構築しているのだ。
 ストーリーは特に驚くような話じゃない。
 中学校の教師だった松子(中谷美紀)がひょんなことから転落していく人生を描いただけの話だ。ただそれだけなのにこの作品が圧倒的におもしろいのは、“人の不幸は蜜の味”であるのと、その不幸を彩るポップな映像が優れたCMのようにインパクトがあり、かつ美しく、それらをCMディレクターならではの絶妙の“間”で繋いでいるからだ。
 これから観ようという人は中島監督のプロフィールを確認したあとで観るといい。
 山崎努と豊川悦司が卓球やバーベキューで対決した「サッポロ黒ラベル」。まるでミュージカル映画のワンシーンだったキムタク主演の「JRA」。SMAPがガッチャマンに扮した「NTT東日本」。
 それぞれタイプの異なるCMだけど、「嫌われ松子の一生」を観るとそれが同一人物の手によって作られた作品であることが何となく分かる。別に分からなくてもいいけど(笑)。僕はそこに中島哲也監督のすごさを感じる。それは監督が“自分を信じて作品を作っている”からだ。だから譲れるところと譲れないところが明確で中谷美紀とも対立し続けていたのだと思う。
 その中谷美紀。
 彼女は本当に素晴らしい。
 「嫌われ松子の一生」は確実に中島哲也監督の私物だけれど、中谷美紀にだけ「アンタ一人の物じゃない」と言う権利がある。
 もちろん中谷美紀がいなくたってこの映画は完成したと思う。なんなら監督は柴咲コウに「松子」をやらせたかったかも知れない。でも中谷美紀で正解なのだ。何度も書くけど、柴咲コウは何をやらせても柴咲コウだし、絶対に「松子」にはなれなかったと思うからだ。いま思い返しても中谷美紀は中谷美紀じゃなかった。そこにいたのはホンモノの「松子」だった。
 130分間を飽きさせなかった要因はその他のキャスティングにもある。
 次から次へと現れる意外な顔ぶれ。そう言えば僕は先の学校で「演出の9割はキャスティングで決まる」とも教わった。この言葉にも偽りは無かった。

 普段テレビを主戦場にしている中島監督は、だからこそ映画では劇場のスクリーンで観たときのことを考えた絵作りをしているなと思いました。
 観るならぜひ劇場で。細部をチェックするといろんなモノを発見してなかなか面白いです。
 映画というよりも「娯楽アート」と呼びたくなる快作。

嫌われ松子の一生 通常版

嫌われ松子の一生 通常版

  • 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
  • 発売日: 2006/11/17
  • メディア: DVD

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コメント 9

瑠璃子

ううむ。PV出身の監督がダメなのはやっぱり120分の力量がないからでしょうかね…。私も見ましたんでTBしますです。いやあ混んでましたよ渋谷。私の座った列は私を含めてみな泣いてました。
しかしこれ柴咲コウと濱田マリと中谷美紀っていう布陣はやっぱりある種の憧憬をあらわしている(弟は出て行った姉をどこかで慕ったからこそ妻は濱田マリで、母濱田マリをおもって息子は柴咲コウ)からなんでしょうかねー。
by 瑠璃子 (2006-06-17 12:39) 

youko

私は本の方も読みましたので、映画も是非見たいと思ってます。
下妻も好きだし。
by youko (2006-06-17 13:32) 

Sho

うーん。kenさんのレヴューは、ホントに「プロ」っていう感じですね・・(もちろん僭越ですが褒め言葉です) その冷静で客観的な分析に舌を巻く思いです。
この映画、とても良かったです。レヴューを拝読しながら、「なるほどねえ」と思い返していました。
ちなみに資生堂のCMですが、たしか三部作になってましたよね?
薬師丸ひろ子のは、デッサン用の石造に口紅を塗るんじゃなかったでしたっけ? あと、檀ふみが香道をしているのと、もう一つあったような気がしますが・・ 懐かしかったです。(違ったかな?)
by Sho (2006-06-17 14:02) 

keiko-nari

見たいの。
見たいの。
一日が24時間ってあんまりだ!!
引越し先に大きな映画館があるのに、歩いていけるのに
ぜんぜん私の中では未だに活躍していないの。
見たいの。松子
by keiko-nari (2006-06-17 14:25) 

ken

>瑠璃子さん
 この映画を見て「泣いた」という瑠璃子さんにnice!です。
 いや~清々しいハナシだ(笑)。
 PV監督がダメなのはどうしてなんでしょうね。
 ヤツラが作る普段作る映像にはテーマがないからでしょうね。
 だってテーマ=歌だし、その歌を作っているのは別人ですからねえ。
 ヤツラは背骨の無い無脊椎生物と一緒ですよ。
 nice!ありがとうございます。

>youさん
 「下妻物語」もおもしろかったですけど、こちらも面白いですよ。
 ぜひ劇場へ行って下さい^^

>Shoさん
 三部作でしたっけ?さすがにそこまでの記憶はありませんでした(笑)。
 そう言えば、市川昆さんや大林宣彦さんも長編CMを作ってましたね。

>keikoさん
 お、無事引越し終わりましたか。
 keikoさんもこの映画を観たら泣くかなあ。興味あるなあ。
 早く行ってこーい。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2006-06-17 14:31) 

魚河岸おじさん

なるほど!そうだったのか!
「30秒の世界の人と、120分の世界の人」深いです・・・・
オジサンはただ、ただ、泣いていました(笑)
これからも御教授宜しくお願いします。
by 魚河岸おじさん (2006-06-17 16:10) 

ken

魚河岸おじさんからコメントを頂くたび、そろそろ一杯…なんて思いますが
ホントにそろそろ行かないとダメですね(笑)。
ブログには書けない、細かくてビミョーでどうでもいい話を沢山しましょう!
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-06-18 01:16) 

kotori

勉強になります。
下妻好きなので、これも見たいなあと思ってます。
スカパラの谷中さんも出てるらしいし。
結構キャストが豪華なんですよね。
by kotori (2006-06-18 21:58) 

ken

谷中さんもいい味だしてましたよ~。しかも超カッコイイ!
劇場で楽しんできてください^^ nice!ありがとうございます。
by ken (2006-06-19 00:15) 

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