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ぐるりのこと。 [2008年 ベスト20]

ぐるりのこと。」(2008年・日本) 監督・脚本・原作・編集:橋口亮輔

 生まれたばかりの子を失い、やがて心の病を患う妻と、感情表現に乏しい不器用な夫の10年におよぶ物語。
 いい映画でした。
 これは現在日本に1,000万人いるとされるうつ病患者の、ほんの一端を垣間見る映画ですが、うつになってしまった人と、その周囲にいる人の両方に向けた映画になっています。もちろん多くの人は後者の立場で観るわけですが、転ばぬ先の杖と言いますか、この映画は観ておいてまったく損はないと思います。
 
 僕の周りにもうつになってしまった人が少なくとも2人いました。
 1人目(仮にA君とします)のときは対処法が分からず、お互いにずいぶん苦しみました。「このままじゃきっと自殺してしまう」ところまで追いつめられたA君は自らそう言って病院に飛び込みます。彼は子供が生まれて間もない頃で、そのおかげで踏みとどまれた、と言っていました。今は奥さんの実家に身を寄せ、農業に励んでいます。
 2人目(B君)のときは、A君のときの経験があって穏やかな対処が出来たと思います。B君もしばらく通院しましたが、早くに自立し今はあるお寺で修業生活を送っています。つい先日届いた葉書に「みんないい人ばかりです」とあったのが印象的でした。
 実は2人とも僕の会社のスタッフでした。そして、うつを知らずにうつの人と接することがどれくらい危険なことか、僕はB君と対峙したときに知りました。そしてつくづくA君には悪いことをしたな、と思ったのです。
 うつになる人は生真面目な人が多いとよく聞きます。
 お医者さんから、「あなたは1か月くらい休んだほうがいいですね」と言われて、「やったー」と喜ぶような人はうつにならないそうです。逆に「そんなに休んだら大変なことになる」と言って頭(かぶり)を振る人がうつ予備軍なんだそうです。
 
 幼い子供を亡くしてしまった翔子(木村多江)は几帳面な性格が災いして心の病に侵されて行きます。対する夫のカナオ(リリー・フランキー)はのほほんとした性格で、妻の状況を理解できません。これは世のダンナ衆すべてに通じることだと思いますが、機嫌を損ねた妻の扱いも分からない夫に、うつになってしまった妻の扱いなど分かるはずもありません。
 そんな人たちのためにこの映画はとても大事なことを教えてくれます。
 それは、うつになった人と向き合うときに考えるべきことは、「相手に何を施すか」ではなく、まず「相手のために自分がどうあるべきか」だということです。論外ですけど逃げたら終わりです。
 
 口数が少なく、感情をなかなか露にしないカナオをリリーさんが自然体で演じています。
 きっとカナオはリリーさん本人なのでしょう。カナオは「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の中の“ボク”にそっくりでした。そんなこともあって僕は、原作にはあって映画にはなかったリリーさんのある文章を思い出しました。オトンがボクに「女には言うてやらんといけんぞ」と教えるシーン。まさにこの映画に通じる一言だったなと思います。
 翔子を演じた木村多江も本当に良かった。
 特に、いろんなことがあった末、ある晴れた日の台所できれいに炊けたご飯を覗き込む翔子の表情が素晴らしく、なんでもないシーンなのに思わず泣けてしまいました。

 カナオを法廷画家という職業にした設定も見事。
 90年代に社会を揺るがした事件を織り込みながら、人間がいかに弱く壊れやすい生き物であるか、カナオの目を通して間接的に見せた手法は特筆に価すると思います。
 それにしても、A君もB君も翔子も、結局人間は誰かに支えられて活きているんだな、と思った1本でした。
 佳作。

ぐるりのこと。 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: VAP,INC(VAP)(D)
  • メディア: DVD

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コメント 10

Sho

これ、私絶対観ると思います。
ほどよく力が抜けてる感じが伝わってきて、いいです。
その人にとって、辛いなあとか、嫌だなあとか思っていることやものが、
実はその人を支えたり引っ張ったりしていることが、あるように思います。
by Sho (2008-07-01 21:34) 

ken

そうですね。仰るとおりだと思います。
人間は楽な方へ流れて行く生き物ですが、一方で困難に立ち向かう気持ちも
持ち合わせているのですよね。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-07-02 00:47) 

魚河岸おじさん

語りたいことがタクサンある作品です
kenさんが劇場で見た事で
近いうちに飲む口実が出来ました
連絡します(笑)

by 魚河岸おじさん (2008-07-02 16:21) 

ken

カナオはかつての僕です。なので、思いきり反省しました。
ちなみに劇場では観ていません。試写用のDVDで見ました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-07-02 16:32) 

びっけ

こんにちは。
先ほどは、ご訪問いただきありがとうございました。
この映画、ken さんのこの記事を読まなければ、きっと観ないで終わっていたと思います。
この記事を読んで、観てみたい!と思いました。
私は、一ヶ月の休暇に「やったー!やったー!ヤッターマン!!」と思うだろうお気楽人間なのですが、それでも、見ておきたいと思いました。
by びっけ (2008-07-04 21:59) 

ken

びっけさん、ようこそ。
僕もびっけさんと同類の人間なのですが、もし万が一妻がうつになったら
どうあるべきかを学んだ気がします。とても勉強になる1本でもありました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-07-05 00:23) 

Sho

見ました。
いい映画だなあ、と思ったのですが、正直物足りないところもありました。
リリー・フランキー演じる夫がなんだかすごくいい夫で、「現実はそんなに甘くないだろ・・」と、ちょっと感じてしまったのです。
翔子がキチキチに自分を縛っているところから、だんだんにそれを緩めて自分を許していくところはよく伝わってきました。
by Sho (2009-04-19 12:23) 

ken

ちょっと時間が経って期待し過ぎたのかも知れませんね。
リリーさん、僕はそんなにいい夫だと思いませんでしたけどw

by ken (2009-04-19 21:26) 

movielover

kenさんのご経験もあってか、深いレビューですね。

炊飯器のシーンの木村多江、確かにすごく良かったです!
色んな意味で、観て良かった、と思える映画でした。

by movielover (2010-10-27 01:35) 

ken

僕はこの映画を観ていたおかげで、産後うつの入口に立とうとしていた妻を
ぐいと引き戻せた気がします。本当に観ておいて良かったと思いました。
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-10-27 02:28) 

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