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歩いても歩いても [2009年 ベスト20]

歩いても 歩いても」(2007年・日本) 監督・脚本:是枝裕和

 戦後64年。今なお微かに残る日本の「家制度」を題材にした佳作。

 早世した長男の命日。今では引退した父と母の2人暮らしになった「家」に、長女と二男がそれぞれの家族を伴って帰って来た。「横山家」というひとつの家族だった親子は3つの家族となり、集った瞬間からそれぞれの“事情”が露呈していく。

 随分と時間をかけて熟成させたと思われる脚本の出来栄えに、観ている最中時折心が粟立つ。
 人の考え方や、態度や、物言いの基本はすべて「家」で作られたもの、という着眼と、その因果関係を小さな事例の積み重ねで見せていくテクニックは「名人技」と呼ぶに値する。言い換えるなら「手練」でもいい。
 是枝裕和は「家」と言う小さな空間の中に様々な“仕掛け”を張り、掛かった獲物(エピソード)を“回収”していくことで、登場人物の人となりを明らかにして行く。
 たとえば二男の良多(阿部寛)と父・恭平(原田芳雄)の折り合いが悪いのは何故か。長女のちなみ(YOU)と母・とし子(樹木希林)は似ても似つかない容姿なのに、実は似たもの同士なのは何故か。それらが母の立つキッチンでさりげなく仕掛けられ、父の座す食卓であからさまに回収されたりする。
 “仕掛け”は全編に渡っていた。そしてこれは「伏線」と呼ぶドラマのテクニックを越えていたと思う。
 これはおそらく「伏線」ではなく「しがらみ」と呼ぶべきものだろう。
 「しがらみ」はどこの家族にもある。そのしがらみを一旦解いてみたら、複雑な家族の思いが明らかになり、それを分かり易く紡ぎ直したらこうなった、という脚本のように思う。
 もうひとつ感心したのは、雄弁過ぎない、語り尽くさない描写である。
 たとえば向かいに住むおばあちゃん(加藤治子)と恭平の関係は本編ではまったく説明がない。ところがのちに恭平ととし子の若かりし頃のエピソードが語られるとき、ふと「もしや…」と想像をさせる。この「頭を使わせる」構造は撮り方や繋ぎも含めて「巧い」と思った。
 
 そんな本作。僕にとっては他人事とは思えない作品だった。
 それは僕自身が親と向き合わずに生きてきたからだ。
 「家」には今さら解決しようのない問題がいくつかあるものだ。その問題は直接的な利害関係に発展しない限り、大抵は「面倒くさい」と後回しにされることが多い。後回しにされた問題は「そうは言っても家族だから」と赦されることも多く、やがて当事者の誰かが逝き、問題は永遠に解決されないまま消滅してしまう。
 つまり家族とは、誰かが折れることで均衡を保っている最小にして最多のコミニュティであり、ここに描かれた横山家は「日本の家族とは何か」に迫るケーススタディなのである。
 しかし我々が学ぶべきは、問題の解決法ではない。
 最も注目すべきは、「人はいかに残酷な生き物であるか」の一点だと思う。我々はいかにして「無意識のうちに家族を傷つけているか」を大いに反省すべきだろう。

 それにしても。
 優れた家を建てるためには、緻密な設計図と良質の素材と、職人たちの腕がいる。
 これはその見本のような映画だった。
 タイトルの意味が本編中さりげなく明らかになる演出も好み。

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コメント 8

Sho

気になっていましたが、kenさんのこの記事で益々気になりました。
是非観てみます。
by Sho (2009-03-01 22:01) 

ken

日本の家族がそこにいます。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-01 22:20) 

江戸うっどスキー

良い映画でしたね~。しみじみ。
向田ドラマとダブってしまいましたが、人間ウォッチングが好きな私好みの作品でした。樹木さんのぞくっとする台詞、表情が忘れられません。
by 江戸うっどスキー (2009-03-02 01:27) 

ken

無意識の悪意が希林さんの表情に表れてましたね。
着物のシーンは怖かった~w
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-02 22:18) 

ももこ

樹木希林さんとYOUちゃんの台所のやりとりが印象に残っています。あの食卓に並んだゴハン、おいしそうだったですね。


by ももこ (2009-03-05 22:45) 

ken

枝豆と茗荷の混ぜ寿司があまりに美味しそうで、お腹がなりましたw
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-05 23:37) 

non_0101

こんばんは。
この作品の樹木希林さんのインパクトは凄かったです~
嫁にとって、姑ってただでさえ怖い存在なので
あのストレートな言葉にはドキドキしてしまいました(^^ゞ
でも、母の愛の強さも身に沁みるような素敵な作品でした☆
by non_0101 (2009-03-08 19:25) 

ken

フツーの女性なら、泣いちゃうかもしれないほど強烈でしたよねw
でもリアリティ溢れる映画だったと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2009-03-08 21:08) 

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