つぐみ(1990年・日本) [2011年 レビュー]
「つぐみ」 監督・脚本:市川準
この映画が公開されたとき僕は27歳で、当時3年間付き合っていた彼女と別れて間もない頃だった。2歳年上の彼女はつぐみと同じくらいの髪の長さで、つぐみと同じくらい気が強くて、つぐみと同じくらい思い込んだら一途な女性だった。
当時の僕は、週に2日は必ず徹夜と言うルーティンの仕事をしていて、やりがいのある仕事だったけれど、任された仕事の大きさも手伝って精神的には疲れていた。そんなときに彼女は出て行き、僕は心の拠りどころを失い、しばらくして「つぐみ」を観た。
映画の記憶とは、経年によって内容を忘れることはあっても、「面白かったか、あるいはそうでなかったか」という記憶は少なからず残っているものだ。例えばチャップリンの短編映画の内容をすらすら言える人は少ないけれど、「面白かった」という記憶を持つ人は大勢いる。だから「つぐみ」についても、「面白かったのか否か」の記憶くらい残っていていいはずなのに、なぜか僕の頭の中には“印象の欠片”すら残っていなかった。
iTunes storeに「つぐみ」を見つけたときは、押入れから旧い日記を見つけたような気分だった。読み返す必要など何もないのに、ページをめくらずにはいられない。そんな思いで僕は21年ぶりに「つぐみ」を観てみることにした。そして僕は“印象の欠片もない”理由を思い知るのだ。
本編は原作同様、つぐみの友人まりあ(中嶋朋子)のナレーションで始まる。
僕はその冒頭の一言で息が止まりそうになった。
「時折、眠れないほど海が恋しい」
21年前、僕はこの一言で平常心を失ったと思う。
そう、僕にとって彼女は「海」だったのだ。
気性は激しかった。だから時化のときはやり過ごすのが大変だったけれど、凪のときは驚くほど心地よかった。そして、そんな彼女が時折、眠れないほど恋しかったのだ。21年前の僕は、映画を観ているようで観ていなかったと思う。仕事がハードで落ち込む間もなかった僕に「つぐみ」は、「辛いと言っていいんだ」と教えてくれたカウンセラーのような映画だったのだろう。だから僕は自分に向き合うのに精一杯で、映画の印象を持てなかったのだと思う。
思い出話が過ぎた。
これは吉本ばななが25歳で書いた原作を、当時42歳だった市川準監督が映画化したものである。だから同性目線とは若干違い、まるで姪っ子の成長を見守る叔父のような温かさに満ちている。女性監督が撮っていたら、きっとこうはならなかっただろう。つぐみはもっと嫌な女の子として描かれ、もっと生々しいドラマになっていたかも知れない。そうならなくて良かった。
作品として感心したのは、これが見事に文学していた点だ。
まりあのナレーションに、喋り言葉としてはなかなか使わない「しかし」をあえて使ったのも、新たな「文学の映画化」に挑戦した証かと思う。そして、ここでのトライ(あるいは実験)が後の傑作、村上春樹原作の映画「トニー滝谷」(2004年)を生んだのだろう。
「非暴力」も訴えている点も個人的には気に入っている。
映画は暴力で溢れているが、だからこそ時に非暴力を掲げる映画があってもいい。
21年ぶりにしてようやく「つぐみ」を評価することが出来た。
これは吉本ばなな×市川準の「生きる」である。
もう、先ずはkenさんの文章にやられました。
この作品は、途切れ途切れに見た記憶があります。その記憶の中では
主人公「つぐみ」は嫌な子でした(笑)
ちゃんと全編見てみようと思います。
by Sho (2011-05-04 08:40)
つぐみ、素晴らしい青春映画です。
男子よりも、女子に観て欲しい映画でした。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-05-05 14:47)
牧瀬里穂と同世代の私は、原作が出版されてすぐに20回くらい読み、その後大学の課題の作品につぐみそっくりの性格の登場人物を何度も出してしまったくらい、影響を受けていました。すべてのシーンに自分なりのイメージがあり、それが映画では結構違う光景になっていたりして、それなのに裏切られたとは感じずこれが市川準の目に映ったつぐみなのか、と素直に思えた作品でした。kenさんがおっしゃるように同年代とは違う視点からの映像化だったからなのかもしれませんね。
少女の頃に見てちゃんと心に届く文学作品だったと思います。
by satoco (2011-05-08 18:31)
僕も原作との違いに違和感を感じつつ、
けれど素直に受け止めることが出来た作品でした。
原作では山本屋旅館とあったつぐみの宿が「梶寅」として出た瞬間に、「あ、これは映画なんだな」と理解したことを思い出します。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-05-09 00:57)
「つぐみ」ものすごく懐かしいです。映画を観た記憶がないので、おそらく原作のイメージが壊れるのが怖くて観なかったのだと思います。
kenさんのレビューを読んで、あの作品の舞台の夏の海のイメージがふっと鮮明に浮かびました。
by カオリ (2011-05-10 10:31)
そろそろ寛大な気持ちで、ご覧になってみてはいかがでしょうかw
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-05-10 17:03)