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東京湾(1962年・日本) [2011年 レビュー]

「東京湾」 監督:野村芳太郎 脚本:松山善三、多賀祥介 

 「東京人」という雑誌で以前「映画の中の東京」という特集(2009年11月号)があった。
 それは僕の大好きな映画の見方のひとつ。東京のかつての風景を旧作映画の中に見つけるというもの。中では成瀬巳喜男の「秋立ちぬ」、山田洋次の「下町の太陽」、川島雄三の「銀座二十四帖」など多くの映画が題材として取り上げられ、映画評論家の川本三郎氏やミュージシャンの大瀧詠一氏らによって、“失われた東京の風景”を発見する愉しさが語られていた。
 「東京湾」もそのひとつ。掲載された一枚のスチルのキャプションにはこうあった。

 『昭和37年。すでに大都会となった東京を舞台に展開する、松本清張原作の社会派サスペンス。事件は、麻薬の密売組織の摘発に始まり、そこに狙撃者が登場する。自分を追う刑事(西村晃)が、かつての戦友だったと知った狙撃者(玉川伊佐男)は相手を荒川に呼び出すが撃つことができない。この場面で背景に見えるのが千住の「お化け煙突」』

 キャプションに「松本清張原作」とあるが、これは編集部の事実誤認。これは俳優・佐田啓二(中井貴一のお父さん)が企画をしたオリジナル脚本である。編集部は「張込み」(原作:松本清張、監督:野村芳太郎)と混同しているのだろう。しかし思わず混同してもおかしくないほど、この作品は面白かった。

 オープニングは空撮で、いきなり「映画の中の東京」を満喫できる。
 スタート地点は日比谷交差点。ここから都電が走る晴海通りを築地方向に向かって飛んで行き、日劇、数寄屋橋、森永の地球儀、和光ビル、そして築地四丁目交差点と確認できるのが嬉しい。この通りの両サイドは今と比べ物にならないくらいビルの密集度が低くて驚くが、オリンピックを2年後に控えた東京の活気は充分に伝わって来る。

 さて僕は木を見ることに集中し、森を見るつもりはなかったのだけど、脚本があまりによく出来ていてストーリーにどっぷり浸かってしまった。
 冒頭で一件の殺人事件が発生。捜査はまず被害者の身元の割り出しから始まるが、これが思いのほか難航する。やがて被害者の意外な身元が判明すると、続いて犯人探しと麻薬捜査がクロスし始め、後半は犯人と刑事との駆け引きが始まり、そして予想もしなかった結末にたどり着く…。
 僕は観終えた直後「リメイクしたらいいんじゃないか」と思った。展開も人物設定も見事で、それでいてたったの83分。織り込まれたテーマは「広まる麻薬売買/許されぬ恋愛/刑事の執念/戦争から還ってきた男たちのその後」と幅広く、見応えは充分である。
 リメイクをするといいと思った一番の理由は、捜査一課長が「狙撃手は左ききである」との結論を出したのが、あまりにあっけなく(なんとタイトル明け6分半後)、しかもあまりに説明不足だったからだ。これを丁寧に謎解きとして成立させ、「許されぬ恋愛」ももっとエピソードを積み重ねれば、かなりの大作になる気がした。
 ただリメイクはやはり難しいか。
 リメイク版「ゼロの焦点」を観たときに思ったのだけれど、“戦後のドサクサ”を題材にドラマを転がすには、観客の世代交代が進み過ぎた感がある。きっと製作者の意図は思うように伝わらないだろう。本作の場合、狙撃者の妻が軽度の知的障害者という設定も胸に痛かったがが、これを今やるとするとエクスキューズも必要になるだろう。だから本作はオリジナルで観るに限る。ほとんどが野外ロケで、とにかく絵が強い。
 東京人は一見の価値あり。特に下町の皆さん。

東京人 2009年 11月号 [雑誌]

東京人 2009年 11月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 都市出版
  • 発売日: 2009/10/03
  • メディア: 雑誌
東京湾 [VHS]

東京湾 [VHS]

  • 出版社/メーカー: 松竹ホームビデオ
  • メディア: VHS

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コメント 2

Sho

自分が生まれてからの「世相」を見たい!!!という衝動にしばしば駆られますが、まさに当時の映画に勝るものは無いですね。
昭和37年というと自分と自分の歴史とまさに重なりますが、その時代は
まだ「戦後」もしくは「戦争」の中に在ったのだと再認識しました。
当時の町並み見たいです!
しかし松本清張氏の作品は、映画の題材としてもとても良いものが多いですね。
by Sho (2011-05-15 11:01) 

ken

自分が物心つくまでの街の様子は見ていてとても興味深いです。
この作品は今、レンタルで見る術が無いようですが、
こういった作品がもっとたくさん見られるようになるといいですね。
個人的には成瀬巳喜男の「秋立ちぬ」が見られないのが残念です。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-05-15 12:07) 

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