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わが愛(1960年・日本) [2011年 レビュー]

監督:五所平之助 原作:井上靖 脚本:八住利雄

 時代に逆行した映画ばかり見ているせいで、当ブログの読者数は目減りし、記事の閲覧数も伸びなくなって来た。ま、そりゃそうだろう。でも僕は旧作邦画を観続けるのだ。なぜなら今の日本ではゼッタイに作られないだろう題材やテイストであったりするから。僕にとって「旧作邦画」は最早ひとつのジャンルなのだ。

 これはまず原作のタイトルに強く惹かれた。
 「通夜の客」
 通夜に足を運ぶのは故人を慕う近しい人たちである。それは漠とした関係ではなく、聞けば納得の間柄にある人たち。ではそんな中から井上靖はどんな客にフォーカスし、どんなドラマを書いたのか。想像してワクワクするのは僕だけだろうか。

 敗戦後4年の東京。元新聞記者、新津礼作(佐分利信)の通夜の席に美しい一人の女性が現れた。水島きよ(有馬稲子)と名乗ったその女性は、未亡人の由岐子(丹阿弥谷津子)の目を盗んで新津の死に顔を覗き込むと、そそくさと帰って行った。通夜の席にいた誰も知らなかったきよと新津の関係とは…。

 きよは新津の愛人である。
 その説明はしばらく無いが、冒頭きよの喪服姿を観た観客全員がそう確信したと思う。それほどきよの立ち振る舞いは穏やかではなかったし、そうと分かる有馬稲子の絶妙な演技も素晴らしかった。結果、観客は新津の家を出て行くきよを思わず追い掛けたくなるのだから、これほど巧妙な「つかみ」もないと思う。

 「通夜の客
」という客観タイトルが、映画化によって「わが愛」という主観タイトルに改められたのは、本編の大部分がきよの回想によるものだからだろう。
 きよは17歳のとき、新津から「大きくなったら浮気をしようね」と言われた言葉が忘れられず、やがて自ら進んで新津の愛人になるという、まこと男に都合の良いメロドラマになっている。
 新津からモーションをかけたのは「大きくなったら浮気をしようね」の一言だけ。あとはすべてきよからアクションを起こして、2人の関係が進展して行くのだ。
 この、あまりに「ご都合主義」な展開はさすがにいかがなものかと思ったのだが、実は「通夜の客」は井上靖の私小説で、自身の愛人問題を筆に託したとも言われているらしい。劇中きよの行動心理は理解に苦しむ点があるけれど、それもこれも井上靖の「切なる願い」が映画になったと思えば納得出来る。要するにこれは「井上靖の妄想映画」なのだ。
 ただ一方で「こんな女性も世の中にはいるかも」と思わせる有馬稲子の芝居も素晴らしい。
 ドラマの引っぱりは、新津の亡骸と対面したきよは、新津の顔が一瞬動いたのを見て、「私に何か言いたかったに違いない」と考える。その“言葉”を探るというものである。
 この結論はクライマックスで出るのだが、これこそが井上靖最大の願望だったと見た。
 
 善し悪しを量る意味で原作も読みたくなった。

井上靖短篇集 (第1巻) 猟銃 闘牛 漆胡樽 他

井上靖短篇集 (第1巻) 猟銃 闘牛 漆胡樽 他

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1998/12/15
  • メディア: 単行本

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コメント 2

Sho

実におもしろそうだ、と思いました。
こんど中谷美紀が、井上靖原作の「猟銃」で一人三役演じるというので、
先日原作を読みましたが、その斬新さに驚いていたところです。
kenさんのレビューを詠みながら、いったいどうなるのだろう?と、わくわくしました。
1960年当時の有馬稲子は、可愛く美しかったでしょうね。
観たいと思います。
by Sho (2011-10-02 10:12) 

ken

「もず」の有馬稲子の芝居はちょっと固かったんですけど、
ここでの彼女はなかなかだったと思います。
息の長い女優さんなので、年を重ねるごとにどう変わったのか
見てみたい気もします。
nice!ありがとうございます。
by ken (2011-10-02 10:35) 

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